第7話 作業場
「ケイゴ これを持っとくれ 採れたマナハを入れる袋じゃ」
「オッケー」
散歩がてら、マナハ採集と水をセーブストーンに蓄積しに行くアバナ婆さんの手伝いをする事になった俺はアバナ婆さんから渡された袋を持ち、家を出た。外に出ると玄関の脇の外壁に立てかけた、釣竿が二本と魚籠が置いてある。家の裏側へ回り込むと井戸があった。恐らく、飲み水や料理に使っているのだろう。井戸の脇には石で出来た小さな建物があった。どうやら風呂のようで、表から火を焚いて沸かす釜風呂のようだ。
「先に風呂の水抜きしてから向かうとするかのう」
風呂場の扉を開け、中に入り窓を開ける。日差しで中が明るくなった。壁には家の壁にあった『フラッシュ』を設置する四角い箱が一つ。そのすぐ隣に壁用のロウソク立てかあった。ロウソクとフラッシュを使い分けしてるのか?
アバナ婆さんは再び、表に行き釜の口から、飛び出ている配水管の先にあるボルトのような物を専用の工具で挟み捻った。
ドボッドボッドボ
水が出てきた、どうやらストッパーのようだ。
「よし これでいいじゃろ 帰った頃には水も抜けておるじゃろ」
火で風呂を焚き、竈で料理をする。元の世界は、ある所にさえ行けば残っているだろうが、自分のこれまでの生活が、どれだけ贅沢だったのかが再認識させられる。
俺達は、家から少し小高い場所にある池を目指して歩き出した。何でも山の湧き水が流れてくる池らしい。以前は、井戸水を汲んで風呂に使っていたが井戸水も、永久に湧いてくる保障は何処にもない。セーブストーンが手に入るようになってからは、こうして水を蓄積して使っているという。
そんな話をしながら歩いていると、雑木林が周りを囲む青く澄んだ池が見えた。
「ほら見えた あそこが池じゃ綺麗じゃろ ん? あったわ マナハじゃ」
アバナ婆さんは急に立ち止まりしゃがみこんだ。
ブチッ ブチッ
次から次へと毟りながら話し出した。
「記憶が戻れば思い出すかも知れんが マナハは何処にでも生えてる雑草みたいなもんじゃ 葉の形を覚えればすぐにわかるからのう」
そう言うと摘んだマナハを俺によこした。丸く、子供の手のひらサイズで先が急に細く尖った形をしている。
「あたしは『ウォーター』をインストールしてるから ケイゴはこの辺でマナハを摘んでおくれ」
「ああ わかったよ」
俺はしゃがみ、マナハを毟りはじめる。アバナ婆さんは池の近くまで移動してインストールを開始した。
毟りはじめて十分も経つ頃、アバナ婆さんが帰ってきた。
「おお 採れとるのう もうそれくらいでいいじゃろ」
「そっちも終わったの?」
「うむ 『ウォーター』は一回のインストールで空風呂から水が溢れ出すほど蓄積されるんじゃ すぐ見せてあげるよ さあ戻るよ」
俺は、摘んだマナハが入った袋を握り、着た道を戻った。途中、アバナ婆さんが指を差し、息子のギルベルトの作業場を教えてくれた。家を出てこちらに向かった道とは逆方向だという。
(昼飯に帰ってくるだろうから午後は、ギルベルトに着いて作業場に行ってみるか)
家に着くと握っていたマナハの袋を、竈の脇にある調理台の上に置き風呂場へ向かった。アバナ婆さんは風呂掃除を終ると、インストールした『ウォーター』を取り出し紐のついた小さい万力で『ウォーター』を挟み風呂釜へ入れた。
風呂釜の中に手を翳し呪文を称えた。
「リベイション ウォーター」
ブワワワワワッ
セーブストーンの表面から勢い良く水が溢れてくる。とても不思議な光景だ。
「…なあアバナ婆さん 『フラッシュ』も使うときは 『リベイション』と言ってから続けてフラッシュ と称えるの?」
風呂釜に落とした『ウォーター』に挟んだ万力の紐を握ったまま答える。
「うむ そうじゃよ 他のセーブストーンも同んなじじゃ 『リベイション』を称えないとセーブストーンは発動せんのじゃ」
「なるほどな…やっぱ賢いなセーブストーン」
「確かに賢いのう あっはっはっ ケイゴ そっちに立てかけてあるタライなんかをここに持って来ておくれ バケツもみんなじゃ」
そう言うわれ、窓から中を覗いていた俺は風呂場の入り口に回った。入るとすぐ右側の奥に大小様々なタライやバケツが置いてあった。言われたとおりアバナ婆さんの前に運んだ。
「みんな並べればいい?」
「うむ ひろげておくれ 一番大きいタライは奥じゃ」
置き終わると紐に繋がった『ウォーター』を引っ張り上げた。水を出し続ける『ウォーター』を一番奥に設置したタライに入れる。見る見るタライに水が溜まる。
「洗濯や食器洗いに使うんじゃ もったいないからのう あっはっは ああ このバケツ二つは玄関に置いといてくれんかのう」
「オッケー 了解だ」
次に頼まれたのは芋洗いだった。ある程度、芋の土を落ちしてから一つ目のバケツの中で良く洗う、次に二つ目のバケツでさっと洗う。洗い終わったら、笊に入れておく。簡単なお仕事だ。昼飯は朝の残ったスープと、蒸かし芋らしい。
「おうー ケイゴ 具合はどうだ? だいぶいいのか?」
ギルベルトが坂道を上がってきた。
「ああ だいぶ良くなったよ 多少 痛みはあるけど問題ないさ」
「そうか それならよかった おっ 芋洗いしてるのか 昼は 蒸かし芋か」
そう言うと、玄関から中を覗き込み何かを確認して風呂場の方へ向かいすぐ戻ってきた。薪を取りに行ってたようだ、ギルベルトは手前の竈に薪をくべだした。少し後ずさりをし距離を取る。薪に向かって手のひらを向けると魔法陣が浮かび上がり呪文を称えた。
「ファイア」
すると、手のひら十五センチくらい先の場所から、細い炎が薪に向かって出ているのがわかる。薪の手前、五十センチくらいから炎が太くなっていた。
「すげぇ! 魔法か」
俺は思わず声に出して駆け寄った。ギルベルトはちょっとびっくりしたような顔をして言った。
「ああ 魔法だが …スキルの事も忘れちまってるんだっけか?」
「……あ ああ どうやら忘れているみたいだ…」
(しまった……つい食いついてしまった…気をつけねば 話題を変えよう)
「な なあギルベルトさん 午後から一緒に作業場へ行ってもいいかな?」
「ああ かまわんが身体は大丈夫なのか?まだ無理しないほうがいいんじゃないか?」
「…いや ほら…少しこの辺歩いたりしたら何か思い出すかもしれないと思ってさ」
「おお 言われてみれば確かにそうだな 何がきっかけで記憶を取り戻すかわからんしな よし午後から一緒に作業場まで行ってみるか」
「ありがとう 邪魔にならないようにしてるから頼むよ ギルベルトさん」
「おう! まかせとけ」
ギルベルトは真っ白な歯を見せニッコリした。
俺は午後からギルベルトの作業場へ向かう事になった。