第89話「いにしえの墓所」
「――ねーフォレスト・アルラウネのオバサン、どこの田舎から出てきたの?」
レイファンと、その部下であるサンドアルラウネたちに導かれるがまま、無限に続くと思われた死の砂漠を進む、その最中のこと。
ツインテールのサンドアルラウネ――マミラが、いかにも挑発的な口調でアルラウネへ問いかけてくる。
ただでさえ灼熱の太陽と焼けた鉄のごとき砂の海に挟まれ、余裕のない状態だ。
アルラウネは彼女の「オバサン」発言で、あからさまに表情を強張らせたが――しかし、偉い。すんでのところで堪えた。
アルラウネは、引きつった笑みを浮かべながら答える。
「ごめんなさいおチビさん、砂漠訛りがきつくてなんて言ったのか聞き取れなかったわ、それに声が遠いの、小さいから」
「なっ……!」
……違った、全然堪えられていない。
アルラウネはわざとらしく腰を屈めて、怒りに震えるマミラへ顔を寄せ、
「それと私のことはアルラウネさんって呼んでもらっていいかしら、フォレスト・アルラウネでもオバサンでもなく」
「……聞こえてんじゃん、オバサン」
「ドチビ」
「殺す!」
一触即発。
二人が今まさに取っ組み合いになろうとしたその時、きゅーちゃんがアルラウネを。
ポニーテールのエリオとロングヘアのメロが、マミラを取り押さえた。
「あ。アイツ、アイツ殺すわっ!」
「ヤバイ! アル本気だ! 軍曹も止めるの手伝って」
「えー……もうオチが読めるんですけど、どーせ止めに入った途端、バチーンってやられて自分が粉々に」
言い終えるよりも早く、軍曹が粉々になった。
アルラウネではない。暴れるマミラに踏み潰されてしまったのだ。
「離してよエリオ! メロ! あの性悪女の花、むしりとってやる!」
「マミラちゃんは元気ねぇ」
「メロ! 笑ってないでちゃんと押さえろよ! マミラも落ち着け! 博士の前だぞ!」
「ちょっと思い知らせるだけじゃない! 私はあーいう歳を重ねることが偉いって勘違いしてるヤツが一番嫌いなの!」
「このっ、いい加減に……!」
耐えかねたエリオが拳を振り上げる、その時であった。
ギャリン! と耳障りな金属音が鳴り響き、サンドアルラウネたちは凍りついたように動きを止めてしまう。
そして彼女らは一斉に振り返り、見た。
鉤爪の異能“イコール・ゼロ”を構え、額に貼りつけられた札の下から不気味な微笑みを覗かせる、レイファンの姿を……
「……ン? どうかしたかね諸君、続けタマエよ。かつての同僚の前で、ワタシにこれ以上恥をかかせたいというのならね」
「っ……!」
普段はおちゃらけた態度の彼女だが、腐っても階層守護者である。
その凄まじい威圧感に、サンドアルラウネたちはもちろん俺の部下たちまで怯んでしまう。
灼熱の砂漠を、凍てついた空気が支配する。
ここにきて俺はようやく、荒い吐息とともに言葉を発した。
「そのへんにしておけレイファン、あれも彼女らなりの交流だ、それに……元気があるのはいいことだ……」
言った直後、砂漠の砂に足を取られ、俺は体勢を崩してしまう。
「ナルゴア!?」
咄嗟に駆け寄ってきたアルラウネが、すんでのところで俺の肩を支えた。
俺は気付けにぶるぶると首を振って、再び荒い息を吐き出す。
「ちょ、ちょっとナルゴア大丈夫!?」
「なんでもない、はぁ、少し疲れただけだ……」
アルラウネを心配させないよう、いつもの調子で答えようとしたのだが、どうしたって呼吸が乱れてしまった。
隠し通すのも、もう限界なのだ。
レイファンはそんな俺の顔を覗き込んで、尋ねる。
「オヤオヤ、元気イッパイの部下たちとは裏腹に、キミは随分と疲れた様子だね。どうしてそんなアリサマなんだい?」
「……神器“黄昏”を知っているか」
「ナルホド、刺されたか」
……さすがは世界の柱随一の天才、話が早い。
「対象を人為的に転生させる神器……千手があって良かったね。異能は魂に結び付く。コレがなければ、きっとキミは自分が何者であるか思い出すこともなかったろう。イヤハヤ興味深い……」
そう言って、彼女は俺の背後に控える千手をちらと見やった。
この時、彼女の瞳が妖しく輝いていたように見えたのは、きっと気のせいではない。
全く、天才というのは油断ならない連中だ……
「……人間の身体でよくもマァここまで来たものだ、積もる話はあるだろうが、とりあえずは歓迎しよう。――サテ着いたよ、ここがワタシたちの拠点だ」
レイファンが、くるりと身体を翻して言う。
俺は目の前に広がる光景に、眉をひそめた。
だって……
「……なにもないじゃないか」
眼前に広がるのは、依然変わらない砂の海。
視線を巡らせて見るも、やはりあるのは地平線の彼方まで続く、無限の砂漠だ。
アルラウネもきゅーちゃんも軍曹も、砂漠を睨みつけて、怪訝そうに顔をしかめている。
すると、そんな反応でかえって気を良くしたように、レイファンは「ナハハ」と笑いながら、
「――なにもない? イイヤそんなことはないとも! サァ着いてきたまえ!」
そう言うなり、レイファンは半ば無理やり俺の腕を引いて、前進する。
「あっ、ちょっと!?」
これに続いて、アルラウネ。
少し遅れてきゅーちゃんと軍曹が、後を追う。
そして――ソレは起こった。
「っ……!?」
まるで砂漠のど真ん中に見えない壁でもあるかのように。
ある場所を境に、薄い空気の膜を通り抜けたような、そんな奇妙な感覚が全身を包み込んだ。
しかし、そんな奇妙な感覚もすぐに忘れてしまうことになる。
先ほどまで単なる砂の海だったその場所に、突如として石造りの巨大な建造物が現れたとなれば――
「これは……!?」
「で、でかっ……!」
「す、すご---い!? な、なんでこんなものが今まで見つけられなかったの!?」
見上げる俺たちの驚愕の声が重なった。
レイファンはいかにも満足げに、にたりと口元を歪める。
「砂漠流のカモフラージュだよ。イイダンジョンのコツは、そもそも冒険者に見つけられないコトさ」
視線はすでに釘付けになっていた。
砂の海に鎮座する巨大な――果てしなく巨大な、三角錐の建造物。
話に聞いたことがある。これは俗に言うピラミッド――
レイファンは再び、芝居がかった所作でくるりと身体を翻し、高らかに宣言した。
「ヨウコソ! 攻略推奨レベル21〝いにしえの墓所〟――すなわち私のダンジョンへ!」
たいへんお待たせいたしました!
コミカライズ版連載開始にともない、中ボスさんレベル99、更新再開させていただきます!
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