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第88話「叡智のレイファン」


「同僚……? って、オオっ!? これは千手じゃないかァ!」


 レイファンは、死体(・・)とは思えないほど大仰に驚いて、千手の一つに駆け寄った。

 興奮しきった彼女は両腕を突き出して、今にも千手へ抱き着かんと――


「――お、おいレイファン! 鉤爪(・・)を引っ込めろ! 千手を壊す気か!?」


「おおっと、これは失敬!」


 レイファンはそこでようやく思い出したように、両腕に取り付けられた鉤爪型の異能(・・)――“イコール・ゼロ”を格納した。

 彼女は実に呑気に「ナハハ」と笑いながら後ろ頭を掻いているが、もしも彼女の鉤爪が俺の千手に触れていたら、笑い話では済まなかったはずだ!

 何故ならば彼女の異能は――


「鉤爪で触れた物体を破壊(・・)する異能……改めて物騒だ、そんなのが千手に触れたら俺でもどうなるか分からんぞ」


「フーム、そそられるテーマじゃないか、触れた手だけが破壊されるのか? それとも千手全てに影響が及ぶのか……」


「興味はあるが、試すなよ絶対に」


「待てよ、千手の異能ということは……キミ、ナルゴアか! 久しぶりだなァ!」


「今気付いたのか……?」


 レイファンは何がおかしいのか、額に貼り付けられた札を揺らしながら「ナハハ」と笑った。

 相も変わらず、死体のくせにお喋りなヤツだ……


「な、ナルゴア、この人は……?」


 呆れ半分感心半分で彼女を眺めていると、アルラウネが尋ねかけてくる。

 それまで気付かなかったのだが、軍曹ときゅーちゃんもぽかんとしてこちらを眺めていた。

 ああそうだ、紹介が遅れてしまった。


「彼女はレイファン、ざっくり言えば俺がしじまの洞窟に着任する前の職場の同僚だ」


「ヨロシク、フォレストアルラウネのお嬢さん、せっかくだし握手でもしとくかい?」


「は、はあ……よろしく……」


 差し伸べられた青白い手。

 アルラウネは若干引き気味にこの手を握り――次の瞬間、レイファンの腕が肩から外れて、ぼろりと落ちた。


「ひっ!?」


 あまりにショッキングな光景に、アルラウネは思わずレイファンの腕を放り投げてしまう。

 砂漠の砂の上に横たわった青白い腕を、レイファンは「ナハハ」と笑いながら拾い上げ、元の場所へはめ込んだ。

 まるでおもちゃか何かのようである。


「ワハハ、引っかかったな、ワタシの鉄板ネタだ」


「っ……!」


「……あんまり俺の部下をからかうな」


「ナハハ、失敬」


 彼女は、睨みつけてくるアルラウネなどお構いなしに、お馴染みのナハハ笑いを続けている。

 このマイペースさも相変わらずだ。


 ……いや、それどころではない!


「積もる話はあとだ! 今はあの全身甲冑の勇者を――!」


「ああ、鎧の勇者のことかい? 問題ないさ、見てみなよ」


 レイファンがけらけら笑いながら“鎧の勇者”を指す。

 俺たちは弾かれたように振り返って、そして異変に気が付いた。

 それまで一切言葉を発さず、感情の欠片さえ見せようとしなかった鎧の勇者が、レイファンを見て明らかな怯えの色(・・・・)を覗かせていたのだ。


「ワタシの異能に怯えているのか……それとも純粋にワタシが嫌いなのかなァ? 興味は尽きないが、ともかくヤツはワタシを視認すると――」


 鎧の勇者は一度小さく呻くと、素早く身を翻し、凄まじい速度で砂上を滑走し始める。


「あ、おいこら待て!」


 サンドアルラウネの一人が声をあげるが、鎧の勇者は脇目もふらずに砂の上を滑って……

 そしてあっという間に見えなくなってしまった。

 死の砂漠に、再び静寂が帰ってくる。


「――ご覧の通り、一目散に逃げ出してしまうのだ、ナハハ」


「もう、何がなんだか……」


 彼女の“ナハハ笑い”のせいで、張り詰めた空気が一気に弛緩し、俺はその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

 それはきゅーちゃんや軍曹も同様のようで、深い溜息を吐き出して、その場にしゃがみこんでしまう。


 そこへサンドアルラウネたちが集まってきた。

 先陣を切るのはマミラだ。

 マミラは他のサンドアルラウネたちを置き去りに、いち早くレイファンの下へと駆け寄って、まくし立てる。


博士(・・)! 追撃の許可をください! 鎧の勇者は次こそ私が仕留めてみせます!」


「コラ」


「いたっ」


 レイファンの青白い拳骨がマミラの頭をこつんと叩く。


「独断専行、前も言っただろう? キミたちの役目はあくまでダンジョンへ攻め込んできた鎧の勇者の迎撃、砂漠の敵はなにも鎧の勇者だけじゃないんだ、大事な拠点をお留守にしてどォするんだい?」


「それは……! でも、鎧の勇者は仲間たちの仇で……!」


「ワタシは君たちの私怨を晴らす為に“スティンガー”を預けたわけじゃないよ、ダンジョンを守るためだ、分かるよね?」


「ご、ごめんなさい……」


 アルラウネに対してあれだけ尊大に振舞っていたマミラが、彼女の前ではまるで幼子のように肩を縮こめ、謝罪の言葉を口にした。

 見ると他のサンドアルラウネたちも同様に、レイファンへ向ける視線に敬意が見える。


「レイファン、彼女たちは一体……」


「ああ、そういえばこっちの紹介がだったねェ」


 厳しい顔を作ったのも束の間、レイファンはへにゃりと表情を崩して、五人のサンドアルラウネたちを指す。


「彼女らは私が開発した植物妖魔専用武装……名付けて“スティンガー”を装備した、武装サンドアルラウネ部隊――すなわちワタシの部下だ!」


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