第86話「鎧の勇者」
研ぎ澄まされた槍の穂先は、照り付ける太陽の下に一筋の光を走らせ、そして彼女の胸を穿った。
まるで自ら吸い込まれるような、そんな自然な動作に、俺たちはしばし状況が呑み込めなかったほどだ。
「えっ……?」
胸から伸びる白いソレを見下ろして、アルラウネはどこか呆けたような声をもらした。
これを合図に凍り付いたような静寂が急速に溶け出し、思考が再開する。
そして、俺たちはその時初めて、本当の意味で状況を理解した。
アルラウネが、やられた。
「――アルラウネぇっ!!」
俺が叫んだのと、爆音とともに見上げんばかりの砂柱が上がったのは、ほとんど同時だった。
きゅーちゃんが凄まじい脚力をもって地面を蹴り、女勇者に飛び掛かったのだ。
「アルから離れろぉっ!!」
稲妻のような飛び蹴りが、白銀の兜に叩き込まれる。
白銀の兜はぴしりと音を立ててひび割れ、女勇者が大きく後ろへ仰け反る。
それと同時に、勇者の握りしめた白い槍が一度赤く光を放ったかと思えば、ずるりと引き抜かれて、そのまま勇者もろとも砂上を滑るように吹っ飛んでいってしまった。
ぐらりと傾くアルラウネの身体を、俺はすぐさま呼び出した千手の一つで受け止める。
「な、ナルゴアさんっ! アル姐さん……アル姐さんが!」
「分かっている! ヒール!」
慌てふためく軍曹を宥めつつ、千手に命令を下す。
四つの千手をフル稼働させた今できる最高の回復魔法。
しかし胸元への、しかも神性を伴った武器での一撃だ。
間違いなく致命傷、普通なら即死、間に合うか……!?
千手が放つ眩い光に包まれながら、自らを激しく急き立てる。
しかし、そんな俺の焦燥とは裏腹に――
「あれ……? 私、今……」
アルラウネは、未だ自らを取り囲む状況が理解できていないかのように、目をぱちくりさせていた。
――生きている。
「アルラウネっ……! 無事だったか!!」
「う、うん……わっ、ちょっ!?」
アルラウネが答えるや否や、俺は思わず彼女の身体を強く抱きしめた。
良かった、生きている!
「やった! アル姐さん無事っす! きゅーちゃん! アル姐さん生きてるっす!」
「やったーーーーーっ!」
きゅーちゃんと軍曹のはしゃぐ声を聞きながら、俺は更に強くアルラウネを抱きしめた。
全身で感じる彼女の体温が、安堵となって俺に冷静さを取り戻させてくれる。
そこで、俺はあることに気付いた。
「アルラウネ……お前、傷は!?」
そう、彼女の身体を間近で見てようやく気付いたのだが、致命傷どころか、先ほど槍で穿たれた箇所に傷一つないのだ。
千手の回復魔法が作用したわけでは無い。
そもそも傷など初めからなかったとでも言わんばかりである。
これには当のアルラウネですら訝しんでいるようであった。
「私……さっき間違いなく槍で突かれて……あれ? なんで……」
「どういうことだ……あれだけ深々と刺さっていたのに傷一つないなど……いや、それよりもまずはあの勇者だ!」
この不可解な現象も気がかりだが、まずは例の全身甲冑の女勇者である。
見ると、きゅーちゃんに蹴り飛ばされた女勇者は、先ほどアルラウネに突き立てた槍を杖代わりにして、よろよろと立ち上がるところであった。
ダメージは通っているようだが、しかし……
「ナルゴアさん! あの兜めちゃくちゃ硬い! 壊せなかったよう!」
「鉄をも砕くきゅーちゃんの蹴りでヒビが入っただけとは……ただの装備じゃないぞ!」
「ナルゴアさん! 勇者が体勢を立て直しました!」
女勇者が起き上がり、再び槍を構えてこちらに狙いを定めた。
俺は千手を展開し、指示を飛ばす。
「――敵は正体不明の全身甲冑の女勇者! 鎧は固く、そして砂上を滑るように移動する! だが、決して倒せないレベルではない!」
俺は更にまくし立てる。
「きゅーちゃんの蹴りに全く反応できなかったところを見ると、あの勇者のレベルは高くても30前後といったところだ! だからこそ決して隙を見せるな! きゅーちゃん!」
「はあい!」
「次に勇者が接近してきたら即座に懐へ潜り込んで零距離の肉弾戦に持ち込め! あの大槍なら対応できん! 俺はアルラウネを守りながら千手で援護する!」
「おっけー!」
「そして軍曹!」
「分かってますよ! きゅーちゃんが足止めしてる間に飛び掛かってあの鎧を融かせばいいんすよね!?」
「話が早くて助かる! 来るぞ!」
女勇者が低く姿勢を落とす、再び刺突の構えだ。
先ほどは不意を突かれて先制を許してしまったが、もう二度とそんな愚は犯さない! 確実に仕留める!
俺たちは一本の槍のごとく、集中力を研ぎ澄ましてその時を待つ。
照り付ける灼熱の太陽が砂漠の砂を焼く音さえ聞こえそうな、張り詰めた静寂の中。
いよいよ女勇者は大きく踏み込んで――
――同時に、砂丘の向こうから五つの影が飛び出した。
「なっ!?」
「誰!?」
突然の闖入者に、俺たちは驚愕の声をあげた。
五つの影は女勇者と同じく砂上を滑るように移動しながら、きわめて統率のとれた動きでこちらへ接近してくる。
「なんすかなんすか!? 新手の勇者パーティ!?」
「チッ、次から次へと……! ……いや、あれは……!」
砂上を滑る影たちはこちらに目もくれず、砂上を滑りながら、女勇者の周りを旋回し始めたではないか。
「えっなに!? 敵!? 味方!? まとめて蹴り飛ばしちゃっていいの!?」
「きゅーちゃん待て! よく見ろ! あれはモンスターだ!」
軽くパニックになりかけるきゅーちゃんを制して、俺たちは目を凝らす。
そしてそこでようやく、彼女らの姿かたちを確かめることが叶った。
女性らしいしなやかな肢体、健康的な小麦色の肌、そして日光を照り返しながら風に踊る金の髪……まるで踊り子だ。
しかしそんな印象とは相反して、彼女らの手足にはなべて無骨な装備が取り付けられている。
その手に携えた大槍などはミスマッチの極みだが、これまたどうして、奇跡的な融合を果たしていた。
しかし、重要なのはそこではない。
着目すべきは、彼女らの側頭部で開く、桃色の花である。
「サンドアルラウネ……」
アルラウネがどこか夢見心地にその名を口にした。
サンドアルラウネ――聞いたことがある。
草花とともに生きる彼女らにとっては、あまりにも過酷すぎる環境下で暮らす、唯一の植物妖魔。
褐色肌に金の髪が特徴の、砂漠のアルラウネ。
それこそがサンドアルラウネである。
そんな時、周囲を旋回するサンドアルラウネの内の一人が、女勇者を取り囲む列の中から一人抜け出して、こちらへやってきた。
ひときわ小柄でツインテールの、いかにも気の強そうなサンドアルラウネだ。
彼女はぽかんと呆ける俺たちの顔を一つ一つ確かめると、最後にアルラウネの顔を覗き込んで「んん?」と眉を顰めた。
「……え、なに? フォレスト・アルラウネじゃん、こんな砂漠のど真ん中にめずらしー」
「あ、あなたは……?」
「旅行? 観光? どうでもいいから邪魔だけはしないでよねーオバサン、“鎧の勇者”はアタシたちの獲物だからさ、そこのスライムと、コウモリと……子ども? まぁいいけど、とりあえずよろしくー」
ツインテールのサンドアルラウネはこちらの質問に一切答えず、ぶっきらぼうな口調で言って、再び砂上を滑って鎧の勇者へと向かっていった。
取り残された俺たちが未だ状況を把握できず固まる中、アルラウネはたっぷりと時間をかけてから……
「――オバサン!?」
怒りと驚愕の混じった声をあげたのだった。
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