第85話「レベルアップ」
小山のごときオアシスワームが、背中から巨大なサボテンを生やして完全に沈黙している。
不毛の大地より出でて、天まで衝かんと伸び上がったサボテンは、照り付ける太陽の光を返し、一種神々しささえ醸し出していた。
壮観、の一言である。
「……さすがだなアルラウネ、こんな場所でも咲かせられるのか」
「これぐらいできなきゃしじまの洞窟の中ボスなんかやってられないわよ」
アルラウネがふふふ、と冗談めかして笑う。
さらりと言っているが、彼女はきっと俺が転生するまでの百年の間に、想像もできないほどの努力を積み重ねてきたのだ。
植物妖魔は、基本的には低級モンスターというのが通説だ。
とりわけアルラウネの種族はレベル一桁台がいいところで。
植物を操るという能力も、普通はツタを伸ばしたり、植物の成長を少し早めたりが精々である。
だからこそ、今の彼女の強さは並大抵の努力では実現できない。
「まあ、さすがに結構魔力を使っちゃったけどね」
「ごめぇぇん……! アルごめんねぇぇぇっ……!」
「ああ、もういいっての! ほらきゅーちゃん泣かないで……ってあれ?」
「む?」
アルラウネが泣きじゃくるきゅーちゃんの涙を拭っていると、それは起きた。
おもむろに、アルラウネの全身が青白く発光を始めたのだ。
俺と軍曹は「おお!」と感嘆の声をあげる。
「珍しいっすね! レベルアップの瞬間っすよ!」
「久々に見たな……」
――レベルアップ。
それは全ての生物に起こりうる“器”の成長を示す現象である。
魔力を放出する際、体内にある魔力の器には一時的な破壊が起こるわけだが、再び外部から魔力を取り込む際に器は再生し、以前より強固なものとなる。
この体内外の魔力の循環による器の成長こそがレベルアップのカラクリだ。
レベルが上がれば必然、体内に内包できる魔力の絶対量は向上し、それに伴って身体能力や、魔力の運用効率も格段に上昇する。
すなわち、生物としての格が上がるのだ。
俺たちの見守る中、アルラウネの全身を覆う青白い光は徐々に収束していって、やがて消える。
アルラウネはソレを噛み締めるように、拳を握って、開いた。
「まさか慰安旅行中にレベルが上がるなんてね、また強くなっちゃったわ」
「アルラウネのレベルはすでに50を超えていたと記憶しているが」
「今のでレベル52ね」
「……ドラゴンだって倒せるな」
「それ二回目、まだまだ強くなるけどね」
「これ以上強くなったら初の植物妖魔での魔王さえありえるぞ」
「えっ!? アル魔王様になるの!? すごーーい! 大出世じゃん! 私まだレベル49だから頑張らなきゃ! ちなみに私が魔王様になったら魔族の健康の為に毎日のフルマラソンと特製岩苔ジュースの常飲を義務付ける!」
「暴君誕生の瞬間を見てしまったっす」
「軍曹何か言った?」
「すみません殺さないでください……」
「ふふ、おあいにくさま、悪いけど私に当分出世する予定はないわよ」
凶悪な笑顔を浮かべるきゅーちゃんと全身を震わせる軍曹はともかく、アルラウネはさらりと言った。
そのあまりにもきっぱりとした物言いに、俺たちは首を傾げる。
するとアルラウネは俺に向かって、優しげに微笑みかけて、
「――私にはしじまの洞窟があるの、あなたの託してくれたしじまの洞窟がね、あそこをどんな勇者だって攻略できない、そんな大迷宮にするまで、どこにも行くつもりはないわ」
「アルラウネ……」
遠巻きにこちらを眺めていたきゅーちゃんと軍曹が「ひゅーっ」と口笛を吹いた。
アルラウネも自分で言って恥ずかしくなったのか、すぐにかあっと頬を赤らめて、こちらから目を逸らしてしまう。
「と、とにかく、そういうことだから!」
「……」
耳の先まで赤く染まった彼女の横顔を見つめながら、俺はあることを考えていた。
彼女は――本気でしじまの洞窟を、自らの職場を愛している。
職場の為に自らを捧げるという覚悟が、彼女にはある。
レベル52という数値が、なによりの証明だ。
しかしそこで俺の頭をよぎるのは、いななきの霊山での一件である。
世界の柱の陥落、天使の襲撃、階層守護者の謀反、そして災厄。
そんな状況の中で一番に考えるのは、俺のかつての職場、しじまの洞窟のこと――
俺は踵を返した。
「……先に進むぞ皆」
「え? ちょっ……ちょっとナルゴアさん! もう行くんすか!?」
「ここで立ち往生をしていてはあっという間に干物だ」
「ナルゴアさん、早い……!」
「こんなところはさっさと抜けてしまおう、しじまの洞窟までの道のりはまだ……」
「――ナルゴア!」
アルラウネの一喝、俺は歩みを止めて彼女を見返した。
彼女の咎めるような眼差しが、砂漠の熱射よりも痛烈に刺さる。
「あのね、忘れてるようならもう一度言っておくけど、この中で一番危ないのはあなたなのよ、今のあなたがレベル3の子どもだってちゃんと理解してる?」
「それは……」言葉に詰まる。
「らしくないわね、あなたがそんなに焦るなんて」
「……すまなかった、どうやら俺も暑さで判断力が鈍っていたらしい」
ふう、と一つ大きく息を吐いて、彼女らに微笑みかける。
しかし、変わらずアルラウネの表情は険しい。
「そうと決まれば、どこかで日陰を見つけて一旦休憩だな、さあ……」
「――ナルゴア、あなた何か隠してるわね」
口をつぐむ。
……まったく、部下が優秀すぎるというのも考えものである。
俺が二の句を継げずにいると、アルラウネは若干苛立たしげに指先でくるくると髪を弄び始めた。
100年前から変わることのない彼女のクセだ。
「あのね、いい加減学習してよ、あなたの隠し事なんて私たちには全部お見通しなの」
「……しかし」
「私たちのために、なんでしょ? それも分かってる、いななきの霊山を出てからずっと、私たちのために何かを黙っててくれてることなんて、とっくに知ってるの」
俺はちらときゅーちゃんと軍曹へ目をやった。
彼女らはどこかばつの悪そうな、それでいて不安げな視線をこちらに向けている。
私たちには、全部お見通し……か、不甲斐ない限りだ。
再びアルラウネへ視線を戻す。
彼女もまた、どこか不安げな目でこちらを見つめていた。
「……ねえナルゴア、もっと私たちを頼ってよ、それがどんなことでも一緒に悩む、そして一緒に解決する、そうやってやってきたんじゃないの? 私たちは……」
「アルラウネ……」
彼女の切実な訴えに、胸がちくりと痛む。
……彼女の言う通りだ。
全部自分一人で抱え込んだ気になって、結局は彼女らに心配をかけてしまう。
そんな自分とは決別したつもりだったのに、少し油断すればこれだ。
「俺は……」
ゆっくりと口を開く。
胸の内に抱え込んだそれを、言葉に乗せようと。
――しかし、それは未遂に終わる。
何故ならばその瞬間、俺が明らかに異様な気配を感じ取ったからだ。
「っ! 何者だ!」
俺はすかさず身体を翻して、気配の下をたどる。
それは彼女らも同様だ。
「アル! ナルゴアさん! 誰かがこっち見てる!」
「三時の方角! 砂丘の上っす!」
俺たちは一斉に同じ方向へ視線を集中させ、そして――ソレの姿を認める。
「……」
小高い砂丘の上に佇み、こちらを見下ろすソレは、明らかに異様であった。
この照りつけるような熱射の下、全身を白銀の甲冑で纏った鎧姿の女性が静かにこちらを見下ろしている。
兜のせいで表情はうかがえないが、淡い神性の光を帯びる巨大な槍を見て、俺は確信した。
「――勇者だ!! 臨戦態勢――!」
俺が叫んだのと、勇者が動き出したのはほぼ同時だった。
白銀の甲冑を身に纏った彼女は人間離れした挙動で熱砂の上を滑るように移動し、凄まじい速度でこちらへ肉薄する。
それはこちらの意表を突いた、お手本のような奇襲。
構えをとる間もなく、勇者はその槍の切っ先を……
「えっ……?」
――アルラウネの胸に深々と突き立てた。
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