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第84話「死の砂漠」


 俺たち四人の慰安旅行は、今日でちょうど20日目に差し掛かる。


 ガテル村から始まり、カナルの町からいななきの霊山へ。

 そこにはここで語り尽くせないほどドラマがあったが――目的地である俺たちの職場“しじまの洞窟”は未だ見えず。

 ひとまず現状の報告をさせてもらおう。


 カナルの町を発った俺たちは上級ダンジョン“火竜の巣”を迂回するべく、ティニア海岸沿いに大きく南下。

 人気のないのどかな田舎道をのんびり歩きながら


「潮風が気持ちいいな」

「せっかくだし少し泳いでいこーよー!」

「私植物だから塩水はパス」

「自分も浸透圧の関係で無理っす」


 などと言葉を交わしていた間が、なんだかんだ一番“慰安”らしい時間だったように思える。

 ……が、そんな時間も長くは続かなかった。

 間もなくして俺たちが、かの悪名高いタルカン砂漠へと突入したのである。


 タルカン砂漠――別名“死の砂漠”だ。

 どこまでも広がる岩と砂だけの荒涼たる大地。

 草木の類は極端に少なくなり、やたら刺々した植物が目立つようになる。

 それもこれも、極端に少ない降雨量と昼夜の激しい寒暖差によるものだ。


 陽の高い内は脳味噌の茹るような高温との戦いであり、一転して夜になれば凍死の危機と隣り合わせ。

 ……そして敵は、この寒暖差だけではない。


「……」


 肌を焦がすような熱射の下、俺たち四人は横一列に並んで立ち呆けていた。

 視線の先には――信じがたいことに水場がある。

 しかも更に信じがたいことに、水場には水着姿の女性が二人、いかにも楽しげにぱしゃぱしゃと水をかけあっているのだ。


 俺はからからに乾いて今にも張りつきそうな喉を開き、言った。


「……アレはどう思う、軍曹」


 軍曹――ポイズンスライムは、茹った鍋のようにぽこぽこと泡を立てながらこれに応える。


「どうって……そりゃあ……十中八九……」


「――オアシスだぁ~~~っ!」


 軍曹の言葉を遮って、吸血コウモリのきゅーちゃんが叫んだ。

 彼女は両目をきらきらと輝かせながら、脇目もふらず水場めがけて走り出そうとして……


「待ちなさい」


 近くに立っていたアルラウネに後襟を掴まれ、彼女の両足はむなしく空を掻いた。

 これにはきゅーちゃんも必死の形相で訴えかけてくる。


「なんで!? アルなんでぇ!? 私もう喉乾いたああああ! 水飲みたい泳ぎたい保湿したい~~~~っ!!!」


「私だって同じ気持ちよ、頭の花だって少ししおれてきちゃったし……」


「じゃあ飛び込もうよ! 私たちも水浴び混ぜてもらおうよおおおおっ!!」


「ちょっ……! なにも泣くことないでしょ!?」


 子どものようにわんわん泣きじゃくるきゅーちゃんと、それを宥めるアルラウネ。

 ……さすがに彼女の両目から貴重な水分がぼろぼろとこぼれ落ちるのをただ眺めているだけというわけにもいくまい。


「……きゅーちゃん、あれはオアシスワームだ」


「おあしす、わーむ……?」


 きょとんとした表情を晒すきゅーちゃん。

 軍曹とアルラウネはすでに承知していたようで、一度こくりと頷いた。

 ……ううむ、きゅーちゃんはモンスターとしての実力はかなりのものなのだが、知識面ではいささか不安が残るな……いずれ勉強会を開こう。

 俺はこほんと一つ咳払いをして続ける。


「サンドワームの亜種だな、レベルは25前後、砂漠に生息するモンスターでオアシス(・・・・)に擬態し、この暑さで判断力の低下した冒険者を食らう」


「オアシスに擬態……? どういうこと?」


「分かりやすく言えば……」


「――あの水場、ワームの口腔っすよ」


 軍曹が俺の言葉を引き継いで、きゅーちゃんは「ウソ!?」と目を剥いた。


「あ、あれがモンスターの口の中!? で、で、でも水浴びしてる人が! 水が!」


「人はサンドワームの触覚が変化した疑似餌、水は魔法による光の屈折が蜃気楼を作り出してそう見えてるだけっす、現実には存在しません」


「生命の神秘ね」


「そ、そんな……でも本当にオアシスって可能性も……!」


「諦めてください、こんな砂漠のど真ん中に水着の女が二人、どう考えても不自然っす」


「そういうことだ」


「ううっ……」


 がっくりと肩を落とすきゅーちゃん。

 その落胆具合とくれば見てるこっちが哀れになってくるほどである。

 慰めの言葉の一つでもかけてやろうと思って口を開きかけた、その時である。


「うぅ~~~っ! やっぱり我慢できない! 私は一筋の希望にかけるっ!」


「あ、ちょ! きゅーちゃん!?」


 あろうことか、きゅーちゃんがアルラウネの拘束を振り払って、水場めがけて一目散に駆け出してしまったではないか。


「ま、マズイっす! きゅーちゃんこの暑さで頭が!」


「くっ……! ワームに気付かれる前に止めるぞ!」


「駄目! 間に合わない!」


 きゅーちゃんはすでに水場の目と鼻の先まで迫っており、そしてそれは起こった。

 水場できゃあきゃあとはしゃいでいた水着姿の二人組がきゅーちゃんを見やってにたりと口元を歪める。

 そして直後、地鳴りとともにオアシスがせりあがり、ソレが地中から這い出してきたのだ。


「うぅ~~~~っ……!」


 ずるずると這い上がってくるソレを見上げて、きゅーちゃんはぼろぼろと悔し涙を流す。


 ――山のように巨大なワームが、全身から滝のように砂をこぼしながら、きゅーちゃんを見下ろしていた。

 ぽっかりと洞窟のように開いた口の中に、当然水は一滴たりともなく。

 代わりに口腔内ではきゅーちゃんを嘲笑うように二対の疑似餌が艶めかしく踊っている。


 ぶふううと生臭い息を吹きかけられて、きゅーちゃんはいよいよ泣き出してしまった。


「きゅーちゃん、砂漠嫌い!!」


 次の瞬間、口を大きく開いたオアシスワームが、きゅーちゃんを頭から丸呑みにしようと飛び掛かる。

 だが――


「ああもう! 仕方ないわね!」


 すでにアルラウネが攻撃の体勢に移っていた。

 彼女は突き出した掌を砂漠の砂にあてがい、そして高らかに唱える。


「――ブルーム!!」


 彼女の詠唱により砂中へ彼女の魔力が流し込まれ、植物の急成長が促される。

 足元の砂がぼこりと盛り上がり、そしてある植物が飛び出した。

 この不毛の大地でなおその生命を咲き誇らせる植物の名は――サボテン。


 樹齢数千年の樹木のごとく太く逞しいサボテンは、天をも衝かん勢いで伸び上がり、オアシスワームの口中へ侵入。

 そして――


「まったく……あんまり考え無しに動いちゃ駄目でしょ」


「うわああああん、アルごめええええん……!」


 子どものようにわんわんと泣くきゅーちゃんの頭上で、サボテンはその凄まじい質量でもってオアシスワームの身体をぶち抜き、その背中から飛び出した。


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