第83話「あの日の夢」
繰り返し、夢で見る光景がある。
「弊ダンジョンへの志望動機は?」
低級ダンジョン“しじまの洞窟”の面接は、ごみごみとした物置のような部屋で行われた。
後になって――具体的にはあの人が来てからようやく、そこが元々は作戦会議室として使われていたことを知る。
ともあれ私は、面接担当のポイズンスライムが投げかけてきた問いに対して、努めて明朗にこう答えた。
「自己の向上です!」
これを聞くと、彼はどこか引きつった笑みを浮かべて。
「……頑張ってくださいっす」
ところで面接というものは相手の目を見て話せば好印象を与えられるらしい。
しかし……何故だろうか、彼は一度もこちらと目を合わせてくれようとしなかった。
その理由が分かるまで、そう時間はかからなかった。
「……あの、すみません、私に何かできることはないでしょうか」
しじまの洞窟第二階層担当者――すなわち私の直属上司であるドリアードは、けだるげにこちらを振り向くと、口から白い煙を漏らしながら答えた。
「ないわよ、なあんにも」
漏れ出した煙が鼻をつく。
思わず顔をしかめそうになったが、そこは堪えた。
「なんにも……ですか? そんな、少しぐらいは」
「聞こえなかったかしら、なあんにもないの」
ドリアードはねばついた口調で言って、煙草をふかす。
吐き出された紫煙はダンジョンの外壁にぶつかって這うように広がり、地べたに寝転がっていたフェアリーがげほげほとむせた。
「ドリアードさん、その、ここは禁煙じゃ……」
「そうだったかしら」
彼女は濁った眼で虚空を見つめながら、さして興味もなさそうに言う。
そんな彼女の横顔を眺めていると私の中で暗い感情が顔を出したが、慌てて振り払い言った。
「じゃ、じゃあ私、ヒカリゴケを植えます!」
「……ヒカリゴケ?」
「ええ! ダンジョンの壁や天井でヒカリゴケを繁殖させれば階層全体が明るくなり、今より格段に過ごしやすくなります! それにフェアリーたちも活力を取り戻すかと……!」
第二階層は植物妖魔とフェアリーの担当する区画だ。
これは画期的なアイデアだと思った。
しかし……
「ふうん、で、それは誰が管理するの?」
ドリアードから返ってきたのはそんな冷たい反応であった。
「え……誰、って……」
「当然分かってると思うけど私はやらないわよ、あなたが一人でやるの?」
「ふ、フェアリーたちに……」
「駄目よ! 彼女らにも仕事があるんだから」
「え、でも、ああして一日中寝転がってるだけじゃ……」
そこまで言いかけたところで、彼女がずいと顔を寄せてきた。
この時の彼女の表情を、私はおそらく一生忘れることがないだろう。
「あのね、伝わらなかったみたいだから分かりやすく言ってあげる」
紫煙が視界を覆い尽くす。
あまりの息苦しさで気を失いそうになる私に、彼女ははっきりとこう言った。
「何もしないで、アタシたちには昔ながらのやり方があるの」
……それからのことは正直よく覚えていない。
しかし、確かな事実として私はこの時に悟ったのだ。
働くとはそういうことなのだと。
それからの私は、努めて何もしなかった。
日々の業務を極めて事務的に処理し、時間を浪費する毎日。
時間に労力、変化をもたらそうとする要素は徹底的に排除してきた。
その結果、やがてドリアードが退職して、次の第二階層担当者としてのポストに私がついた。
先輩の背中を見て、正しく上司となった私が。
「……なんのために働いてるんだろう、私」
薄暗く、じめじめとしたしじまの洞窟第二階層に、私の独り言がむなしく響く。
すっかり活力を失ってしまったフェアリーたちは時折寝返りを打つぐらいで、これに応えない。
あれから幾度となく中ボスが変わり、私にはもう何も分からなくなってしまっていた。
どうして自分がここにいるのか、自分はここで何を為すべきなのか。
それすら分からないのであれば、ここにいるのが私である必要すらないのではないのか。
きっと誰でもいいのだ。
誰がやっても同じ、変わらない、そういうものなのだ……
そんな時だ、彼がやってきたのは。
「――俺の名前は千手のナルゴア、新しくこのしじまの洞窟の中ボスを務めさせてもらうこととなった、よろしく頼む」
お待たせしました!中ボスさん第三章「砂漠に咲く花」編、開始いたします!
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