おまけ「いななきの秘湯」
ここはいななきの霊山擁する秘湯――すなわち天然の露天風呂。
「はぁぁぁ~~~っ……」
とろみのある湯に、白い肩をとっぷり沈めると、アルラウネはたまらず吐息を漏らした。
そのとろけきった声ときたら、本人ですら驚いたほどである。
「生き返る、ってこういうことを言うのかしらね……」
彼女は夢見心地に言って、岩の湯舟に細い背中を預けた。
見上げると、そこには白い湯気に縁どられた満天の星空がある。
首筋を抜ける夜風が心地よく、彼女はつかの間目を瞑って、まどろみに落ちた。
が。
「――きゅーちゃんバスタァーーーーッ!」
「ぶっ!」
突如巻き起こったすさまじい湯飛沫が、アルラウネの平穏なるバスタイムをものの見事に破壊してしまった。
彼女のすぐ傍に、凄まじい勢いで湯に叩きつけられたバケネコが目を回しながらぷっかりと浮かんでいる。
遅れて、おおおっ! と割れんばかりの歓声が上がった。
「え、ええと、なんかよく分からない決まり手で蝙蝠ノ山の勝ちにゃ!」
「み、三毛ノ富士までやられたにゃあ! もう素寒貧にゃあ!」
「バケネコ一の横綱が! まさしくネコカンというやつだにゃあ!」
「鍛え方が違うからね!」
一糸まとわぬ姿でバケネコたちの中心に立ち、ない胸を反らして鼻高々に振舞うのは一人の少女。
並み居るバケネコ横綱たちを相手に連戦連勝、妖怪相撲界期待の大型新人蝙蝠ノ山――もといきゅーちゃんである。
「河童にゃ! もうこうなったら河童を呼んでくるにゃ! 手段は問わんにゃ!」
「だめにゃ! あいつらキューハイ飲みすぎてぶっ倒れてるにゃ!」
「酒癖悪すぎにゃ!」
「そうだ! ネコマタ様は――!」
バケネコ一同が一斉に振り返る。
彼女らの首領、不退転のネコマタは土俵においても不退転。
あのちんちくりんの怪物力士を倒すには、彼女をおいて他はない――!
そう思ったのだが。
「にゃああああ……」
件の不退転のネコマタは岩肌に寝そべり、他のバケネコから肉球マッサージを受けながら腑抜けた声をあげていた。
いつもの鬼気迫った形相はもはや影も形もない。
まるで本物の猫のように喉をごろごろと鳴らして、だらしない顔を晒しており、これにはさすがの部下たちも呆気に取られてしまう。
「あ、あの……ネコマタ様?」
「……んあ? なんにゃ?」
「その、相撲を……」
「今日は疲れたからパスにゃ~、休む時はしっかり休むのがデキる社会人にゃ」
ひらひらと手を振って、再び「にゃああああ」と喉を鳴らすネコマタ。
一方あのワーカホリックネコマタの口からそんな言葉が出るとは思いもしなかったバケネコたちは言葉を失っている。
「え~、もうおしまい? こんなのじゃ全然運動し足りないよぉ、消化不良だからバケネコさんたち手当たり次第に投げ飛ばしてもいい?」
「ヒッ!? 修羅がいるにゃ!?」
「だ、誰か横綱はいませんかにゃあ!」
「……まったく騒々しいわね」
混迷を極めるバケネコたちの下に届く女性の声。
振り返るとそこには、陽も射していないのにパラソル代わりの番傘を突き立て、ビーチベッドのようなものに寝そべる女性の姿が。
こんな気取った真似をするのは彼女以外にいない。
いななきの霊山の最高責任者――バタ臭狸こと八百万のセンリ、である。
バケネコたちの注目を集めてすっかり気分を良くしたのか、センリはふふんと鼻を鳴らし、
「せっかくの祝勝会よ、馬鹿騒ぎなんてナンセンス、もっと私のようにエレガントに……」
「――確保にゃあっ!」
「えっ……ちょちょちょちょ!?」
エレガントについて語る間もなく、怒涛のように押し寄せたバケネコ軍団によって担ぎ出されたセンリは、あれよあれよという間に強制土俵入り。
「ひがぁ~~~しぃ~~~蝙蝠ノ山ぁ~~~、にぃ~~~しぃ~~~八百万ぅ~~~」
「え、ちょ、なにこれ!?」
「センリ様絶対に勝つにゃよ! いななきの霊山の威信がかかってるにゃ! あと私たちの鰹節も!」
「い、いいい意味が分からないんですけど!?」
「かまえてかまえて……」
「なにこれなにこれなにこれ!?」
「はっけよい……のこった!」
「バスタァーーーーッ!」
「ぶっ!」
瞬殺であった。
天を衝くほどの湯柱があがって、哀れセンリの豊満な身体も湯に浮かぶ。
「あー、やっぱりダメだったにゃ」
「ガイコクジンリキシは強いのににゃあ」
「ただの西洋かぶれには荷が重かったにゃあ」
散々な言われようであった。
ぐるぐると目を回すセンリが真の中ボスとなれる日は、まだ遠い。
「ふふーん! 八百万、恐るるに足らず! 次は世界狙ってみるのも……」
「調子に乗るな!」
「ぶっ!」
いよいよ天狗になったきゅーちゃんであったがいわゆる三日天下。
背後から怒りのアルラウネバスターを受け、あえなく湯に浮かぶ羽目となった。
この時、バケネコたちのアルラウネを見る目が畏敬に満ちていたことに、本人は気付いていない。
「ったく、せっかく慰安らしい慰安なのに、忙しないんだから」
「……でも、こんなに賑やかなの……久しぶり……」
消え入りそうなぐらいにか細い声が聞こえてアルラウネが振り返ってみると、案の定、背後には冷徹のユキメの姿があった。
彼女は御猪口を片手に頬を赤らめ、アルラウネを見上げている。
「あらユキメ、もう始めてるの?」
「うん……アルも……いる?」
「いただくわ」
アルラウネは波を立てないようにゆっくりと、ユキメの隣へ腰を下ろす。
そしてユキメから御猪口を受け取ると、ようやく一息ついた。
「あぁ、この一週間の疲れがお湯に溶けていくみたい……」
「お疲れ様……アル……」
「お互い様よ、これから大変かもだけど今日ぐらいは休みましょ」
「ここの温泉の効能は……魔力回復……冷え性改善……その他諸々、健康にいい感じ……」
「へえ、ちょうどいいわね」
「……あと美容に良い」
「……」
途端に目の色を変え、無言で自らにぱしゃぱしゃと湯をかけるアルラウネ。
その反応を見てユキメは、
「……アル、婚約者の話、聞きたい……」
「えっ?」
「薬指の指輪……婚約者がいるって……言ってた」
「……あっ」
アルラウネはそこまで言われてようやく思い出した。
そういえば昨晩、ゴブリンの屋台で彼女にそんなことを言ったのだった、と。
言うまでもなく虚偽である。
婚約しているのかと聞かれたのが嬉しくて、調子に乗るあまりそんなことを答えてしまったのだった。
温泉はこんなにも温かいのに、彼女の額につらりと冷や汗が伝う。
「アルの恋バナ……聞きたい……参考にしたい……」
「あ、いや、ユキメ? あの時婚約って言ったのは……」
「――アルさん婚約してるんですか!?」
アルラウネの言葉を遮って、驚愕の声が響き渡る。
見ると、そこには赤ら顔のサクラとモミジの姿が。
モミジに至ってはもうすっかりべろべろに酔っぱらってしまっているらしく、ゆでだこのように真っ赤になって、サクラにしなだれかかっていた。
一目見ただけで、面倒ごとの予感がアルラウネの脳裏をよぎる。
「だ、だからその、それはちょっとした言葉の綾と言うか……」
「――相手はナルゴアさんですね!?」
有無を言わさず。
あまりにストレートすぎる物言いにアルラウネはしばし固まってしまう。
この反応を見たサクラは「やっぱり!」と声をあげる。
「おかしいと思ったんですよ! なんか二人ともただの上司部下にしては変に親密で……!」
「いや、だから、あの……」
「今にして思えばやっぱりあの指輪もそういう意味ですよね!? 詳しくっ! 私にも詳しく聞かせてくださいっ!」
彼女もまた酔っているのか、鼻息も荒くアルラウネへと詰め寄ってきた。
ここまで追及されれば、さすがのアルラウネも恥を覚える。
尖った耳の先まで真っ赤に紅潮させ、もう居ても立ってもいられなくなり、
「――た、助けてユキメ!」
頼みの綱のユキメに助けを求める。
……しかしユキメからはなんの反応もない。
「……?」
「ユキメさん?」
返事がない。
不思議に思って、二人でその顔を覗き込むと……
「――ゆ、ユキメさんのぼせてる!!?」
「嘘!?」
――さて束の間の休息は再び終わりを告げ、いななきの霊山は喧騒に包まれる。
かくして宴は満天の星空の下、夜通し続いたという。
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「確実にミスりましたねこれは」
男湯にて、いくぶんか白くなってしまった軍曹は、端的に自らの状況を説明した。
俺はといえば、彼の変わり果ててしまった様になんと声をかけていいのか分からず、
「その……なんというか随分と濁ったな……」
なんて、当たり障りのないことしかコメントできない始末。
「毒を出し尽くしたあとの温泉ですから、完全に温泉の成分吸収しちゃってますねこれ、毒どころか効能のあるスライムになっちまったっす、あっはっは」
「……戻るんだよな」
「わかんねっす、あっはっは、死にてえ……」
「俺が不甲斐ないばっかりに……」
俺が真の中ボスになれる日はまだ遠い……
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これも全て「中ボスさんレベル99」を応援していただいた皆様のおかげでございます! ありがとうございます!
詳しくは活動報告にてご確認ください!





