第82話「旅は終わらない」
能天使シャルルエルとの戦いから一夜明け。
カナルの町メインストリート、通称「満腹通り」にて――
「トーフ小僧、というモンスターがいるそうだ」
俺がおもむろに言うと、隣を歩く魔法使いアルラウネと武道家きゅーちゃんが、こちらを見下ろして不思議そうに首を傾げた。
背嚢の中では軍曹も首を傾げているのだろうか。
もっとも彼に首はないので、これはあくまで比喩表現であるが。
「トーフってあのトーフよね?」
「そういう悪口?」
「たぶん違うと思うが……昔、いななきの霊山の従業員でそういうのがいたらしい、昨日の祝勝会で酔っぱらったモミジが言っていた」
「ふうん」
「どんな従業員なのー?」
「見た目は人間の子どもとほとんど変わらず」
「おお、ナルゴアさんみたいだねー」
「人間にトーフを配って回るらしい」
「…………ん?」
アルラウネときゅーちゃんが再び首を傾げる。
「……毒入り?」
「爆発する?」
「上質かつ滋養に富んだ、ただのトーフだ」
「受け取った隙を突いて攻撃?」
「しない、できない、見た目通り人間の子どもと同程度の力しかないからな」
「じゃあ……」
「本当にただトーフを配るだけ、なのだそうだ」
アルラウネときゅーちゃんは眉間にシワを寄せ、互いに顔を見合わせた。
食物を無償で差し出す? それも人間に? 何故? 意味が分からない、そこになんのメリットが?
それはそういう顔だ。
以前の俺なら、きっと彼女らと同じくしかめっ面を晒していたはずだが、しかし……
「今ならなんとなく分かる、かつてのいななきの霊山は人間と共存していたのだ」
「共存?」
「魔族と人間が?」
「……そんなのありえるんすか?」
背嚢の中で息を殺していた軍曹もいよいよ耐え切れなくなったらしく、俺にだけ聞こえる声でぼそりと呟いた。
「少なくとも、かつてのいななきの霊山が人間との共存関係にあったのは確かだな、あの商人から聞いた話を覚えているか? トーフの」
「ああ、50年前にあったっていう飢饉の話ね」
「なんでも謎の少年がトーフを配り歩いたおかげで、町の人々は救われたって……あっ」
「そういうことだな」
アルラウネときゅーちゃんが、再び顔を見合わせた。
……基本的にダンジョンの運営に関して魔王様はノータッチで、全て中ボスに一任されている。
しかしまさか、人間を助けるために従業員を使うなんて、おかしな話もあるものだ。
だが、そうなると必然的にもう一つの疑問が浮かんでくるわけで……
「そもそも、私たちってどうして人間と戦ってるのー?」
きゅーちゃんがいち早く、その疑問を口にした。
これに答えるのはアルラウネである。
「……そりゃあ人間がダンジョンに攻めてくるからじゃない?」
「じゃあなんで人間は攻めてくるのかなぁ?」
「私たち魔族が目障りだから、とか……」
そうは言ったものの、いまいちしっくりきていないらしく難しい顔を作るアルラウネ。
「ナルゴアさんは知ってる?」
「特別な理由などないさ、人間同士が領土や食糧を巡って戦争をするのとさして変わりはしない……ただ」
「ただ?」
「……いや、なんでもない」
俺はあえて口をつぐんだ。
もちろん、表向きの理由はそれで間違いない。
だが、最近殊に思うのだ。
魔王が討たれればまた新たな魔王が選出され、勇者が倒れればまた新たな勇者が生み出される。
ダンジョンも同様だ。
いくら攻略されようと、すぐにまた新たなダンジョンが現れる。
この無限に続くいたちごっこの理由は本当にただそれだけなのか?
しかしそんな思索は、妙に威勢のいい商人の声で遮られてしまった。
「――さあさ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これぞ奇跡の料理トーフの新しい形だ!」
トーフ。
ちょうど話題に上がっていた料理なだけに、興味本位でそちらを見やると、どこか見覚えのある店構えの前に人だかりができている。
ああそうだ、見覚えがあって当然だ。
あれは俺たちがこの町へ来てから初めて入った大衆食堂ではないか。
「なになに!? 知らない内にずいぶんと繁盛しちゃってるね!? 私だけの隠れた名店にしたかったのに~……」
「流行ってるならいいことじゃない、でも一体なにが……」
人だかりの合間から、向こうの様子を垣間見る。
店頭にはケイン少年と、その隣には……フードで顔を隠したとてつもない大男が立っていて、威勢よく声を張り上げている。
あいつは……
「ほらほらそこのご老人! 最近美味いもん食えてるかい!? 味の濃いもんばっかじゃ胃もたれしちまうし、歯もガタガタでロクなもん食えてねえんじゃないか!?」
大男は、遠巻きに眺める老爺をめざとく見つけて声を張り上げた。
群衆からどっと笑いが起こる。
「ああ、どうもここの通りは味の濃いもんばっかでなぁ、アタシら年寄りにはちときついよ」
「そうともさ! そこの風船みたいなマダムもそう思うだろう!」
「まぁ!」
単なる野次馬根性から遠巻きに人だかりの中心を覗き込んでいた中年女性が、むっと顔をしかめた。
「あんな脂っこいもんばっか食ってちゃ、いつか破裂しちまうぜ! だがその点ウチの料理なら安心だ! 名付けて“剛腕トーフ”! ウチのトーフはそんじょそこらのまがい物とはちげえ! 100%豆から作られたヘルシーメニューさ!」
「豆だって? 馬鹿な! トーフは豚の脂身から作ってるって聞いたぞ!」
「誰だいそんなデタラメ吐くのは! ウチのが本物さ! これさえ食えば無病息災不老長寿おまけに美容健康まで! なんでももぎ取れちまうぜ!」
群衆から歓声があがる。
というか俺の隣で今まさにきゅーちゃんが「おおおっ!」と声をあげていた。
「もちろん味だって保証するぜ! トーフハンバーグにトーフのスープ、トーフのニョッキなんてのもある! さあ早い物勝ちだぜ!」
「おいしそー!」
押し寄せる群衆に混じって、きゅーちゃんが目を爛々と輝かせながら走り出そうとしたので、俺とアルラウネが咄嗟に取り押さえた。
どうやらアルラウネもまたあの男の正体に気が付いたらしい。
「ほらきゅーちゃん行くわよ」
「えーーー!? アルなんでーーー!? 無病息災不老長寿、美容健康ーーーっ!!」
「駄目よ! 見つかったら絶対に面倒なことになるじゃない!」
「え、どういう意味……?」
「なんでもないわよ、さ、慰安旅行を再開しましょ」
アルラウネに引きずられながら、きょとんと目を丸くするきゅーちゃん。
俺は去り際に、大男を一瞥して呟いた。
「……まあ、なかなか上手い商売なんじゃないか」
ふふ、と笑うと、不意に男の足元で忙しなく動き回る少年の姿が目に映った。
彼はおそらくトーフと思しき料理を器に乗せて、どこか幸せそうな表情だ。
……ん? 待てよ、トーフ?
「ああそういうことか、彼がそうなのか――」
因果というかなんというか、とかく人生とは分からないものである。
なんて知った風なことを考えながら、俺はアルラウネの後を追う。
そんな時だった。
「――ナルゴアさん!」
背後から自らの名を呼びかける声。
振り返ってみれば、そこには大きなカサを目深にかぶった少女の姿がある。
「はぁっ……はぁ……!」
彼女は荒い息を整えながら何事かを逡巡しているように見えた。
恐らくどういった言葉を投げかけるべきか、迷っているのだ。
そしてしばらくしたのち、彼女はようやく意を決したように口を開いて――
「――久々に良い休日が過ごせました! ありがとうございました!」
ただ一言、そう言って深々と頭を下げる。
これに応えて俺たちは――
「どういたしまして」
かくして少女の依頼は完遂、俺たちはカナルの町を後にした。
旅はまだ終わらない。
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時系列は前後して、これは能天使シャルルエルを撃破したその夜のこと。
いななきの霊山では祝勝会と称して、飲めや歌えやの乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。
あるところでは歌姫率いるハルピュイアたちが歌と踊りを、伴奏をネコマタ率いるバケネコたちが担当し、ステージを盛り上げている。
またあるところでは、アルラウネとユキメが酒を酌み交わしながらなにやら語らっており、サクラとモミジは二人で肩を寄せ合いながら花見を楽しんでいた。
終わることのない宴、その喧騒の外。
中ボスの間――山頂の社殿にて。
月明かりがほのかに辺りを照らす中で、俺はセンリに尋ねかけた。
「俺たちの敵は、天使なのか?」
「……半分は正解」
センリは神妙な表情でこれに答える。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味よ、十年前に世界の柱が襲撃された時、確かに半分は天使だった」
「襲撃……? 世界の柱は襲撃を受けたのか!? しかしさすがの天使でも世界の柱がどうこうできるとは……!」
「言ったでしょ半分だって、もう半分は……いわゆる獅子身中の虫」
獅子身中の虫。
その言葉の意味を理解して、俺は戦慄した。
「――階層守護者の中に裏切り者が!?」
「しっ……! 声が大きいわ! そもそも襲撃があったこと自体、一部の魔族しか知らないんだから……!」
「し、しかし……」
センリはふう、と深い溜息を吐き出す。
「本当に何も知らないのね……そう、敵は天使と階層守護者、ヤツらどういうわけか手を組んでクーデターを起こしたのよ」
「クーデターだと……」
俺が転生により、百年もの間この世界から消えていたのは幸か不幸か、まさかそんなことが起こっていただなんて。
しかしそれならば初めにセンリが俺を警戒した理由も、シャルルエルの言動にも納得がいく。
「敵の規模は?」
「正直私だって分からないことの方が多いわ、どれぐらいの階層守護者が寝返っているのかも知らない……でも一つ確かなこととして彼らはクーデターを完遂したわ、すなわち」
「神と魔神を討ったのか……」
「……ええ」
シャルルエルの戯言と一笑に付したかったが、センリはいともあっさりとそれを肯定した。
状況はひどく絶望的である。
敵の正体も規模も、なにもかもが不明瞭で、なおかつ天使と階層守護者の連合軍などという、荒唐無稽なものが俺たちの敵だ。
打つ手などもはやないのではと、悲観的な感情が頭をもたげてくる。
そんな俺の心中を見越してか、センリは凛として言い放った。
「――でも、希望はある」
俺ははっと面を上げて、センリを見つめた。
彼女の目は強い使命感によって、鋭く光を放っている。
「私のようにあの日――世界の柱襲撃の際に、なんとか地上へ逃げ延びた階層守護者が少なからずいる、そして地上にはダンジョンがある、だから私たちのやるべきことは――」
そしてセンリはいっそう強く、その瞳に使命の光をたたえながら言った。
「すでにあるダンジョンに潜り込むでもいい、全く新しいダンジョンを創出するのもいい――とにかくヤツらに勝てる強いダンジョンを、私たち階層守護者が創り上げること、それが社長が私たちに残した最期の業務命令よ」
親愛なる読者の皆様方! ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
これにて第二章「攻略!ブラックダンジョン編」は完結とさせていただきます! 楽しんでいただけたましたでしょうか?
第三章は準備ができ次第、順次公開とさせていただきますので、今しばらくお待ちください!
それと書籍版「中ボスさんレベル99~」につきましても現在滞りなく進行中です! もうしばらくしましたら続報をお伝えできると思いますので、こちらももう少々お待ちください……!
では改めてありがとうございました! 今後の「中ボスさん」にご期待ください!
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