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中ボスさんレベル99、最強の部下たちとともに二周目突入!  作者: 猿渡かざみ
第二章 攻略!ブラックダンジョン編
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第81話「冥府の影」


「ぎゃ!」


 受け身をとることに失敗し、無様にも顔面から地上へ叩きつけられた能天使シャルルエルは、小さく悲鳴をあげた。

 とうとう空を飛ぶだけの神性すらも失ってしまったのだ。


 天使の権能――陽炎によって、久しく感じていなかった“痛み”が彼女を襲った。

 痛みに耐えて歯を食いしばれば、じゃりっと嫌な音がして苦味が舌を刺す。


「……屈辱、ですわ……!」


 シャルルエルは手指の爪に土が食い込むぐらい力を込め、身体を起こした。

 彼女の端正な顔立ちは今、泥と恥辱によって歪んでいる。


「薄汚い魔族なんかのせいで私が……! 能天使シャルルエルが泥を舐める羽目になるなんて……!」


 いっそ泣き出しそうなぐらいに声を震わせながら、シャルルエルが立ち上がる。

 神聖なる衣が、絹糸のように繊細な金の髪が、純白の翼が、今や全て泥にまみれて見る影もない。

 自らを眩く照らし上げていた後光も、消え失せている。


 そこに在る者(アンカー)も消滅した。権能も封じられた。

 彼女の中に沸々と怒りが湧いてくる。


「忌々しい旧時代の癌どもめ……タダでは済ませませんわ……! 特にあの子ども……!」


 憎悪に支配された彼女の脳裏に、一人の少年の顔がよぎった。

 四つの“手”を使役する、ナルゴアという名の少年。


 階層守護者(キーパー)センリなどは恐るるに足らない。

 彼女の部下だって、自分とそこに在る者(アンカー)さえいれば、問題なく始末できるはずだった。

 だが、結果としてあの少年の入れ知恵のせいで計画は失敗に終わってしまった。

 今自らが屈辱のどん底にいるのは、ひとえにあの少年のせいである。


「ナルゴア……ナルゴア……! 覚えましたわよ、その名前……! あのお方(・・・・)の下へ帰る前に、必ず見つけ出して私以上の屈辱を味あわせて殺してやりますわ……!」


 シャルルエルは憎悪に満ちた眼で、あたりを見渡す。

 深い霧が立ち込めていた。

 そこに在る者(アンカー)の残骸が、未だ宙に漂っているのだ。


 シャルルエルは憎々しげに奥歯を噛み締め、霧の中をゆっくりと歩き出す。


「ナルゴアを殺して、それから一度撤退して体勢を立て直し、階層守護者(キーパー)もろともダンジョンを潰す……! これですわ……! これが私の進むべき道……!」


 霧に混じって全身にまとわりついてくる嫌な空気をかき分けながら、シャルルエルは無明を進む。

 その顔は、内から湧く暗い情動によって、天使にあるまじき凶悪なものへと変わり果てていた。


「私は能天使シャルルエル……祝福された存在……! 私にかかればこの程度の逆境は……!」


 そこまで言いかけて、彼女はぴたりと歩みを止める。

 そして口端を吊り上げた。


「……ほらね」


 シャルルエルは自らの幸運に打ち震えた。

 視線の先、霧の最中にナルゴアの姿を見つけたのだ。

 しかも周りに他の魔族の姿はなく、独り。

 たった一人、きょろきょろと辺りの様子を見回し、無防備な背中を晒している。


「――みいつけた」


 シャルルエルは興奮を抑えきれず、思わず口にした。

 これによりナルゴアがこちらに気付いて、びくりと肩を震わせる。

 その反応が、なによりシャルルエルの嗜虐心を煽った。


 彼女はくつくつと笑いながら、ナルゴアとの距離を詰める。


「敵ながら天晴と褒めておきますわ、まさかそこに在る者(アンカー)を倒しただけでなく私の権能まで封じるなんて……結構ヒヤヒヤしましたのよ?」


「……っ!?」


 ナルゴアは声にならない悲鳴を漏らして一歩後ずさったが、それだけだった。

 立ち向かうことも助けを呼ぶことも、逃げ出すことすら満足にできず、蛇に睨まれた蛙のようにただ震えることしかできない。

 シャルルエルはより一層醜く口元を歪めた。


「薄汚い魔族とあなたの浅知恵に一応の敬意を表します、敬意を表してあなたを殺しますわナルゴア」


「っ……!」


「ふふふ、そんなに怖がらないでくださいな、神聖なる天使の手にかかるのです、むしろ私を仰ぎ見て死ねることに喜びを覚えるところでしてよ」


 シャルルエルは体内に残った神性を指の一点に集め、ナルゴアに狙いを定める。

 ナルゴアは未だ金縛りにあったように動かない。


「震えているだけではつまらないですわ、何か気の利いたセリフの一つでも言ってみたらいかがです?」


 シャルルエルの指先が神性の光を放ち出す。

 そして――


「おね……」


「――はい、時間切れです」


 シャルルエルから放たれた無慈悲な光線が、ナルゴアの額を撃ち抜く。

 魔族の天敵、神性の光を束ねたレーザー。

 それは容易く頭蓋骨を穿ち、脳細胞をあまさず焼き切る致命の一撃――のはずだったが。


「いたっ!」


 どういうわけかナルゴアは間の抜けた悲鳴をあげ、両手で額を押さえただけだった。

 シャルルエルの放った光線は、致命どころか、ナルゴアの額に小さな痣を作るだけにとどまってしまったのだ。


「……えっ?」


 予想外の事態にシャルルエルの思考が停止する。

 ――どういうことですの? 外した? いえ、間違いなく直撃したはず! なら、なおさらおかしい! 魔族がこれを受けて無事でいられるはずが――!

 困惑するシャルルエルを前にして、ナルゴアは涙目になりながら訴えた。


「お、お姉ちゃんそんな怖い顔して、いきなりなにするの……!? というかお姉ちゃん誰……!?」


「なっ」


 ここで、シャルルエルは異変の正体に気が付く。


 神性の光が通じないはずだ、目の前の少年――人間じゃないか!

 魔力など毛ほども持たないただの人間!

 見た目は同じだが、違う! 中身(・・)が違う! こいつはナルゴアじゃ――!


「――天使ともあろうものが、子どもをいじめて楽しそうだな」


 シャルルエルがびくりと肩を震わせる。

 まるで冥府の底から聞こえてくるかのような冷ややかな声音。

 ほどなくして彼は霧の中から現れた。


 2mにも届こうかという巨体を重厚な鎧で纏い、鬼面で素顔を覆った魔族の男。

 周囲には、まるで彼に付き従うかのように、四つの異形の“手”が浮かんでいる。


 シャルルエルはいよいよ言葉を失ってしまった。

 何故ならば、初めにナルゴアの魂から感じた気配と、男の放つ気配が寸分違わず一致していたからである。


「……興味深い現象だ、俺の魂は完全にこの肉体と一体化したものだと思っていたのだが……見事に分離しているな、疑似的な冥府ゆえ境目が曖昧になっているのか……それともヤパーニ式ではこうなのか……」


 誰に言うでもなく独り言ちながら、男はナルゴアへと歩み寄る。

 ナルゴアは今にも泣き出しそうな顔になりながら、男に問いかけた。


「お、おじさん誰……?」


「おじさん、か」


 男は一度苦笑すると、その場にしゃがみ込んでナルゴア少年と目線の高さを合わせる。

 それからびくびく震える彼を安心させるように、男は少年の頭をくしゃりと撫でた。


「すまんな、気持ちよく寝ていただろうに起こしてしまって……泣き虫はまだ治っていないのか?」


「おじさん僕のこと知ってるの……?」


「ああそうか、()にはまだ名乗っていなかったな、俺の名前は――」


 次の瞬間、シャルルエルがある物を投げ放った。

 それは四本の、純白の鎖。

 鎖はまるでそれ自体が生命を持っているかのようにうねり、男の近くに浮かんでいる四つの“手”を固く縛り付けてしまう。


「ふふふ……! あなたが何者であろうが関係ありませんわ! それは私の奥の手! 離れゆく天と地を繋ぎ止めたとされる神話の鎖ですの! これでその“手”は封じましたわ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべるシャルルエル。


 男がゆっくりと振り返る。

 その表情は怒りか絶望か――シャルルエルは暗い期待に胸をふくらませたが、どちらでもなかった。

 男は毅然として、こう言い放ったのだ。


「――俺の名前は千手のナルゴア、あの天使もどきを冥府に引きずり込むため、今一度地獄の底から蘇ってきた」


 男の声に応えるように、霧の向こうから新たな“手”が現れる。

 それも一つや二つではない――おびただしい数の“手”が、霧の中より這い出てきたのだ。


「なんっ……!?」


 シャルルエルはその衝撃的な光景に悲鳴をあげる。

 十や百では利かない――千。

 霧中から現れた文字通りの千手が今、シャルルエルを取り囲んでいた。


「……普段は四つしか喚ばないんだ、あまり多くてもかさばるし、子どもの姿では制御だって一苦労だからな、俺が千手を使わない(・・・・)のはただそれだけの理由だよ」


「ひっ……!」


 シャルルエルが震える瞳で、千手のナルゴアを見つめている。

 今度は、彼女が蛇に睨まれた蛙となる番であった。


「だが、ここは俺のホームグラウンド(・・・・・・・・)、迷い込んだ天使を一人叩きのめすぐらいなら別に問題はない」


「まさか、あなたは……!」


 シャルルエルが引きつった声で言いながら、震える指先へ神性の光を充填し始めた。


あのお方(・・・・)がおっしゃった最後の一人! 冥府の王、ナル――!」


 そこまで言ったところでようやくシャルルエルはソレの姿を認め、途端息をすることさえ忘れた。


「あっ……」


 霧の中より千の()を伸ばし、シャルルエルを見下ろす巨大な影がある。

 巨大な――それこそそこに在る者(アンカー)よりも遥かに巨大な影が、霧を隔ててすぐそこにある。

 臓腑全てを凍り付かせるような、圧倒的な恐怖がシャルルエルの全身を舐めた。

 “死”という概念そのものが、不死身の天使シャルルエルの前に立ちはだかっていたのだ。


「……ああ、俺が千手を使わない理由がもう一つあった、何故かは知らんが俺が千手全てを喚び出すと、一緒に妙なヤツ(・・・・)がくっついてくるんだ、だから普段は使わない」


 ……それが、能天使シャルルエルが最期に見た光景である。


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