第80話「百鬼夜行」
夜ではない、深い闇が世界を包み込んでいた。
ひんやりとした空気が泥のように重く粘つき、渦巻いている。
目に映る風景は以前と何も変わらないはずなのに、しかし決定的に違っていた。
――今この瞬間、この地は疑似的な冥府と化したのだ。
「はは……まさか冥界を召喚するなんて、ナルゴアさんは相変わらずスケールがおかしいっすね……」
見ると、軍曹のゼラチン質の身体がハリを失って地面に広がっていた。
どうやら不死身相手に毒を絞りすぎたようだ。
よく見ると全身の色素も薄くなっており、いつにも増して透き通っている。
「ふぅー、さすがにちょっと疲れちゃった! 休憩休憩!」
そのすぐ傍にきゅーちゃんが降り立ち、大の字になって寝転ぶ。
無限に復活するシャルルエルを幾度となく蹴り飛ばしてきたのだ。
さすがのきゅーちゃんとはいえ、疲れの色が見えていた。
「なにはともあれお仕事終了……もう野花一本だって咲かせられないわよ」
更にそこへアルラウネの戦車が停車した。
草花で編まれた戦車はその結合を解き、土へと還る。
アルラウネも限界まで魔力を絞り尽くしてくれた。
顔じゅうに玉の汗が浮いており、せっかくの着物もはだけてしまっている。
……三人とも、天使相手によく頑張ってくれた。
彼女らがパレードを警護してくれたおかげで百鬼夜行は成った。俺たちの勝利が確定した。
だからここからは、俺の仕事だ。
「あとは任せたわよ、中ボスさん」
「任された」
俺はアルラウネに対して微笑み返す。
一方で能天使シャルルエルは、焦燥と困惑と怒りと、様々な感情の入り乱れた表情でそんな俺たちを見下ろしていた。
「な、何を余裕ぶっているんですの!? 私とそこに在る者は不死身! 少し夜を早めたぐらいで勝った気ですの!?」
「――じゃからそう言っておろう、ワシらの勝ちじゃ」
シャルルエルに答えたのはセンリであった。
もう無様に泣き叫んでいた頃の彼女ではない。
百鬼夜行を従え、不死身の敵を前にしてなお毅然として振舞う彼女は、まごうことなき中ボスである。
そして正しき中ボスの背中は部下たちを鼓舞する。
いななきの霊山の従業員たちは今、センリの下に集う八百万の刃となって、シャルルエルにその切っ先を突き付けていた。
「九十九鳥居は神域と俗界を隔てる神聖なる門! 我らが御山を侵した無礼千万の輩は百本目の鳥居をくぐった! 今こそ不死身を騙る不心得者を冥土に沈めるのじゃ!」
「ちょ、調子に乗ってるんじゃありませんわ! この有象無象ども――!」
あまりの気迫にたじろぎながらも、シャルルエルは怒りをあらわに叫んだ。
同時にそこに在る者がその巨腕を振りかぶる。
これが合図となった。
「なんだか知らんが!」
「あのデカブツは鳥居をくぐったのだな!」
「ならば!」
「一礼をしろ!」
初めにパレードから飛び出した阿形吽形が地面を踏みしめ、巨人に向かって吼えたてた。
二対のコマイヌによる咆哮は質量をもって巨人を打ち据え、そこに僅かな隙が生まれる。
「今度は……私たちの番……!」
間髪入れずユキメが飛び出し、大きく息を吐き出す。
凍てつく吐息はたちまち巨人の右足を凍り付かせ、その場に縫い留めてしまった。
「――好機到来! 皆、やっちまうにゃあ!」
「了解にゃあ!」
すかさずネコマタ率いるバケネコ軍が怒涛のごとく押し寄せ、氷漬けになった巨人の右足首へ集中攻撃。
息もつかせない連撃が巨人の足を削り、その巨体がぐらりと傾く。
だが、巨人を倒すにはまだ足りない。
最後の一手を打ったのは、その玉虫色の翼で巨人の胸元まで飛び上がった歌姫である。
「すううっ……!」
歌姫が胸いっぱいに空気を取り込み、そして一声。
――シャウト。
鍛え上げられたクイーン・ハルピュイアの肺臓から発せられる大声量をもって、対象を物理的に破壊する歌姫の奥の手である。
大気さえ震わす音の暴力が巨人の胸をえぐり、巨人は大きく後ろへ傾いて、そして大地に沈んだ。
「……やった!」
「歌姫! 歌姫! 歌姫!」
ほどなくして地上より歌姫コールが巻き起こり、シャルルエルは大きく表情を歪めた。
「う、烏合の衆がさえずるんじゃないんですの! そこに在る者は不死身ですわ! 見なさい!」
仰向けになった巨人の身体から鎖が伸び、地面に接続される。
言わずと知れた回復の予備動作。
これがこの期に及んでもシャルルエルが余裕を保っていられるその根拠である。
そこに在る者は止まらない、そこに在る者は沈まない。
負傷など、たちどころに回復して――
「……え?」
いつも通りならば瞬く間に損傷部位が回復するはずである。
――しかし今回はその逆。
回復するどころか損傷部位が拡大、そこに在る者の身体が崩壊を始めたのだ。
「え、ええっ!? な、何故ですの!? 何が起こっているんですの!?」
巨人の身体が、砕かれた右足から徐々に崩れ落ち、霧散していく。
この異常事態に今までにないほど狼狽するシャルルエル。
一方で俺たちは、思った通りの展開に歓声をあげた。
「作戦成功! ヤツめ自滅しているのじゃ!」
そこに在る者はその鎖をもって、自らの存在を世界に繋ぎ止めていた。
ならば、繋ぎ止めるべき世界が冥界へとすげ変わった今、それはどういう意味を持つのか。
――十中八九、それは自らの“死”を定義づけるのと同義だ。
すなわち、そこに在る者はその不死身の能力をもって、自ら死へ走り寄っていることに他ならない!
「そこに在る者が……私の不死身の玩具が!? やめなさいそこに在る者! 今すぐ再生をやめるのですわぁっ!!」
シャルルエルが声を張り上げるが、巨人の崩壊は止まらない。
自らの完全なる“死”を定義づけるまで、その鎖は決して外れないのだ。
しかし俺たちは、ヤツの穏やかな最期を看取ってやるほど優しくはない。
パレードから二つの影が飛び出した。
オニの姉妹――サクラとモミジである。
韋駄天のごとく駆け抜ける二人の表情は、どこまでも無邪気な少女のものであった。
「大取り! いくよお姉ちゃん!」
「ああ、いくぞサクラ!」
二人は息をぴったり合わせて地面を蹴り、空高く跳び上がる。
狙うは仰向けになった巨人の中心部――
「――このっ……薄汚い魔族どもがあああああああっ!!」
シャルルエルの絶叫が響き渡り、オニの姉妹は同時に抜刀。
振り抜いた刃は冥府の闇に閃く二筋の光となり、巨人の胸を断ち割って、そして――
ぼふんっ!
急速に崩壊を進めた不死身の巨人は、肉の一欠片にいたるまで散り散りとなり、冥府に漂う霧となった。
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