第8話「独り」
俺は誰にも見られずに死んでいい人間ではない。
夜空に咲く一凛の花となった、勇者ベルンハルトの言葉が脳裏をよぎる。
あれは、孤独な者には決して吐けない台詞だ。
「……うらやましいことだ」
俺は自嘲する。
彼は俺よりも遥かにレベルが低かったが、俺にはないものを持っていた。
ベルンハルトの周りには常に誰かがいたのだ。
敵であれ味方であれ、誰しもがベルンハルトを中心に回っていた。
反対に俺は――独りだ。
結局は階層守護者時代と同じ。
自分一人しかいないフロアの隅っこでうずくまっていた頃と何も変わらず。
勇者パーティの襲撃という異常事態に、ただ一人で立ち向かっている。
……もし俺が単身勇者パーティに戦いを挑んでいると知れば、あいつらは駆けつけてくれるだろうか?
ポイズンスライムは……新人の教育で忙しいし、そんな暇ないだろうな。
吸血コウモリも最近は現場の指揮が大変だし。
アルラウネも十分な引き継ぎも無しに突然リーダーを任されて、今頃てんてこ舞いだろう。
どのみち彼らが助けに来てくれるという可能性は俺自身が閉じてしまった。
かねてから中ボスという立場に憧れを抱いていた。
何故か? それはもう言うまでもないだろう。
彼らはひどく賑やかで、いつも誰かに囲まれていたからだ。
しかし長いぼっち時代で培った性根というのは、そう簡単に変えられないらしい。
勇者襲撃というダンジョン存続の一大事。
これは間違いなく、しじまの洞窟の皆で対処にあたるべき問題だった。
しかし、俺は中ボスとして未熟であるがゆえに、こんな方法しか思い浮かばなかったのだ。
こんなワンマン、中ボスとしては下の下。
やはり俺は中ボスが務まる器ではなかったのだ……
「柄にもなく物思いに耽ってしまった……ではそろそろ終わらせようか」
そう言って、俺は彼に向き直る。
勇者パーティ四人の内、最後の一人。
ついぞその場から一歩も動かなかった、薄汚いローブで全身をすっぽりと覆う男に。
「一応聞いておくが、降伏は」
「……」
無言だった。
圧倒的な力の差に恐怖し、萎縮しているのならば話は簡単だったのだが、どうもそういうわけでは無いらしい。
俺は一つ溜息を吐いて、四つの手を展開する。
「……せめて一思いに殺してやろう、最期に言い残すことはあるか?」
「……」
どうやら筋金入りの無口らしい。
俺は四つの手に魔力をまとわせ、彼に接近する。
そして――
「運が悪かったな」
四つの手で、同時にヤツを殴りつけた。
四方から繰り出される、全力の拳。
これはヤツのローブに隠れた身体をいとも容易くひしゃげさせ、そして――
「――かかったね、千手のナルゴア」
どこからかそんな声が聞こえた。
その直後である、ローブの隙間という隙間から純白の鎖が飛び出したのは。
「なっ!?」
この鎖は、それ自体がまるで意思でも持っているかのように、あっという間に俺が召喚した四つの手に絡みつき、そしてその場に繋ぎとめてしまう。
ローブの中は空だった。
……いや違う! 中身などハナから存在しなかった!
束ねられた鎖が人の形を成していただけだったのだ!
「な、なんだこれは!?」
「――かつての時代、傲慢極まる神々を戒め、離れゆく天と地を繋ぎとめたとされる神話の鎖、その一部さ、お気に召しましたか?」
背後から声が聞こえた。
俺は咄嗟に振り返り、そして彼女の姿を見る。
「お、お前は……!?」
――そこには、先ほど戦闘不能に追い込んだはずの女戦士ディアの姿があった。
直後、背中のあたりが急激に熱を帯び始める。
見ると、一本の禍々しい短刀が俺の背中から生えていた。
「キミは用心深いからね、一芝居打たせてもらいました……ああ、ようやく会えましたね」
「だ、誰だ貴様……!? 俺を知って……ぐうっ!」
全身から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちてしまう。
熱い、全身が……
俺は今、一体、何を刺された……!
「らしくもない、よほど焦っていたようですね、勇者パーティはボクも含めて三人だけですよ?」
「くっ……!」
ひとつ、謎が解ける。
あの薄汚いローブの男は、他の三人から無視されていたのではない。
あれは神の作りし神秘の鎖、その高すぎる神性によって勇者一行には見えていなかっただけなのだ!
不覚、彼らのことをよく観察していれば気付けたかもしれないのに……!
いや、そんなことはこの際問題ではない!
「な、何故人間が、神話の鎖を……!」
「んん? まだボクの正体に気付かないんですか? 悲しいなぁ、ボクはずーーっとセンパイのことを見ていたのに」
「先輩……? ……まさかお前、階層守護者か!?」
「うーん、贅沢を言えば名前まで当てて欲しかったんですけど」
階層守護者が何故勇者パーティに……! そして何故俺を……!?
巡る思考にノイズが走る。
意識が混濁し、体が自分のものではないようだ……
霞む視界の中、戦士ディアの皮をかぶった何者かがにたりと口元を歪める。
「センパイ、結局のところあなたは一人なんですよ、誰にも理解されない、誰も認めない……」
どろりとディアの顔が溶けた。
そして、ディアに化けたアイツの顔が露わになる。
「お前……は……」
「でも、ボクだけはセンパイのことを理解してあげられる。ボクだけがずーーっとセンパイを見ていてあげます、だから……百年後にまた会いましょうね、セーンパイ❤」
ぷつん――と。
張り詰めた細い糸が切れるように意識が途絶え。
そして“千手のナルゴア”としての俺の一生は、幕を閉じた。





