第79話「夜が来る」
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ! しつこいですわ!!」
能天使シャルルエルはもはや何度目になるのかも分からない再生ののち、とうとう癇癪を起こしてしまった。
大気中の神性と同化する彼女の権能“陽炎”をもってすれば、たとえ煮られようが焼かれようが一瞬で再生できる。
しかし、こうも再生した矢先に煙みたく散らされるのを繰り返していては、何もできない。
今までの敵は得てして自らの不死性を前にすればただ絶望することしかできなかったのだから、これは彼女にとって想定外の事態である。
「無駄な努力というのが分からないんですの!? 私は不死身! どんな高位の魔族だって私を殺すことは……!」
「ほわちゃっ!」
問答無用。
再びきゅーちゃんの蹴りが炸裂し、シャルルエルの身体が霧散した。
「っ……!」
煙となったシャルルエルは再び離れた場所で集合し、原型を取り戻す。
「こ、この脳筋コウモリ……! 本気で夜になるまで繰り返すつもりですの!? そんなことをしたって私の陽炎は――!」
そこまで言いかけたところで、シャルルエルは強い西日に顔をしかめる。
――ああ、とうとう陽が傾いてきましたわ!
本当に苛立たしい、薄汚い魔族ども――!
彼女の怒りはそこで頂点に達し、般若の形相を作ったが――違和感。
途轍もない違和感が、彼女の怒りを一瞬の内にクールダウンさせてしまったのだ。
「……西日? いえ、そんなのは絶対にありえないですわ!?」
シャルルエルは咄嗟に身を翻す。
赤々と燃える太陽が向こうの山々に沈みかけていた。
萌ゆる木々は茜色に染まり、ところどころに闇が落ちている。
シャルルエルは陽が昇るのと同時に復活した。
それから魔族との戦闘が始まって、一時間足らずである。
だから夕暮れなど、ありえるはずがないのだ――
「な、何かが起きてますわ!? 一体、何が……!」
シャルルエルが最初に思い至ったのは未だ巨人の足元で続くパレード。
――あれしか考えられない!
原理は知らないが、この状況を引き起こしているのは確実にあいつらだ!
たとえこのまま夜になろうとも権能は問題なく発動するが、しかし、これはあまりに不気味すぎる!
そんな時、行列の中の誰かが声を張り上げた。
「にゃにゃあっ! 大願成就! “逢魔時”にゃ! ここが正念場、もうすぐアレが完成するにゃあっ!!」
逢魔時? アレが完成する?
彼女の言葉の真意を、シャルルエルは理解できない。
しかし、それで十分だった。
「薄汚い魔族ども! 何か狙っていますわね!? そこに在る者!」
シャルルエルは怒号とともに指先へ神性の光を収束させ、同時にそこに在る者が巨腕を振りかざす。
巨人の腕が狙うのはパレードではない、今まさにシャルルエルへと飛び掛かろうとするきゅーちゃんだ。
「わわっ!?」
不意の攻撃にきゅーちゃんは緊急回避。
かろうじて攻撃を躱すことができるが、その隙を突いてシャルルエルの指先から放たれたレーザーは、パレードめがけて一直線に伸びる。
「嘘!?」
「ヤバっ……!」
アルラウネたちが声をあげるが、時すでに遅し。
神性のレーザーは尺八を吹く、サクラの脳天へと伸びていって――
「えっ……?」
「サクラ、危ない!」
咄嗟にモミジが彼女をかばって肩にレーザーを受ける。
「あぐっ……!」
「お姉ちゃん!?」
レーザーの衝撃により、モミジはサクラを巻き込んで吹っ飛び、隊列から外れてしまった。
「何を企んでいるかは知りませんが、そうはさせませんわ!」
シャルルエルが駄目押しにレーザーを連射してくる。
傷ついたモミジにもサクラにも、これを躱すことはできない。
「まずい! いくぞセンリ!」
「ええ! ぽんぽこりん!」
すかさずナルゴアとセンリが列から飛び出し、迎撃態勢に入る。
ナルゴアの千手がレーザー攻撃から二人を守り、センリの神通力がレーザーを撃ち落とす。
防衛は成功したが、しかし更に二人、パレードから外れてしまった。
「センリ様……!」
「そ、そんな……四人も欠けたら……!」
「絶体絶命にゃあ!? これじゃアレが完成しないにゃあ!?」
狼狽する彼女らを見下ろして、シャルルエルが高笑いをあげる。
「ふふ、ふふふふふふっ! その反応を見る限り人数が欠けると成功しない類の作戦のようですわね! そうと分かればこれからは全力で邪魔して差し上げますわ!」
「ぐっ……!」
ナルゴアがシャルルエルを見上げて悔しげに歯噛みをする。
その表情がなにより計画の頓挫を物語っていた。
今度こそシャルルエルは自らの勝利を確信して、天を仰ぐ。
「決着! 御覧なさい! 前時代の遺物は今ここに! 能天使シャルルエルの前に跪いたのですわ!」
シャルルエルの勝利宣言が世界に轟く。
誰も彼もが絶望に囚われかけた、そんな時――
「――おすし、おいしー!」
明らかにその場にそぐわない素っ頓狂な声が、張り詰めた空気を弛緩させた。
「……は?」
シャルルエルもまた間抜けな声をあげて、ゆっくりと声がした方を見下ろす。
彼女だけではない、誰もが声の聞こえた方を見やり、そして呆けた顔を晒していた。
声の主は、五人。
コマイヌコンビの阿形と吽形、そして仲良しフェアリーの三人組である。
彼らは夕陽を背にして、おおいに楽しげに、そしておおいに美味そうに寿司を頬張りながら、こちらへと歩いてくるのだ。
「ひかりものおいしー! あじ! さば! こはだ!」
「こっちのあなごも、あまいタレがぜつみょー!」
「ワハハ! 分かっているではないか! しかしこの“なまはむずし”? というやつもなかなかにいけるではないか! 塩気の塩梅がいい!」
「“れいんぼーふるーつろーるすし”も、これまた美味い! 見栄えも申し分なし、縁起もよさそうだ! 祝い事にはぴったりかもしれん!」
「変わり寿司もまた寿司の文化!」
「美味ければなんでもいいさな!」
「ルル、おすしだいすき!」
わはははは、と楽しげに笑いながらこちらへ歩いてくる奇妙な一団。
誰も彼もが思考を停止させている中、ふいに阿形吽形がパレードに気付く。
「おお、なんぞあれは? 皆が集まっているぞ?」
「祭りか? 祝い事か?」
「祝い事には寿司だ!」
「然り!」
彼らはそう言うなり、その背中にフェアリー三人組を乗せ、行列へと駆け寄った。
――ここでようやくシャルルエルが正気を取り戻す。
「……あっ!? しまっ、あまりにもバカバカしすぎてつい……くっ!」
シャルルエルが上空からコマイヌたちを狙撃しようと指を構える。
しかし、あまりにも油断しすぎた。
「ほあちゃっ!」
「ぶっ!?」
回り込んだきゅーちゃんが背後からシャルルエルの上半身を蹴り飛ばしたのと、コマイヌたちがパレードに合流したのはほとんど同時であった。
――その瞬間、夕陽が完全に沈んで、あたりをとっぷりとした闇が包み込む。
明らかに空気が変わった。
「こ、これは……!?」
シャルルエルは自らの身体を再生させながら、大気中から急速に神性が失われていくのを感じていた。
神性は太陽光から供給される。
ゆえに陽が沈めば大気中から神性が減るのは道理なのだが、これはそんなレベルの話ではない。
大気中から神性という神性がことごとく消滅し、シャルルエルの再生が終わる頃には、完全にゼロになってしまったのだ。
「ば、馬鹿な……!? 神性が完全に消えるなんてそんなことあるはず……!」
「――百鬼夜行が完成したのだ」
無敵の権能を封じられ、激しく狼狽するシャルルエルに対し、ナルゴアが言った。
「ひゃ、ひゃっき……!?」
「ヤパーニに古くから伝わる伝承だ、夜を歩く人ならざる者たちの群れ、これに遭遇した者は冥府へ引きずり込まれるとされている……加えて今日は盆、冥界から戻る死者の魂を踊りによって供養する日だ」
ナルゴアは不敵に笑んで、シャルルエルを睨みつける。
「いななきの霊山の従業員が60人、そこへ俺の仲間とハルピュイアたち、合わせて百鬼、百鬼夜行はここに成った」
「な、ななな、なにが言いたいんですの!? その百鬼なんたらが完成して、なんだと言うんですの!?」
「鈍いやつだな」
これを合図に、パレードを形作っていたモンスターたちが、一斉に武器を構えた。
そしてナルゴアは千手を展開し、高らかに宣言する。
「――地獄の釜のフタを開き、今この場所を局地的に冥界化した。もう二度と陽の光は浴びさせんぞ能天使シャルルエル」
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