第77話「パレード」
「――エクスプロージョン!」
もはや何度目になるのかも分からない、アルラウネの花詠唱が響き渡る。
詠唱に呼応して、宙を舞った花弁が光を放ち、そこに在る者の膝元で爆発が巻き起こった。
関節部を狙った爆発魔法。
これにより巨人は自重を支え切れず崩れ落ちる――はずだった。
だが、巨人は僅かによろめいたもののその場に踏みとどまり、侵攻を再開してしまったのだ。
「なっ……!?」
戦車を操りながら、アルラウネは驚愕を露わにする。
しくじった、もう一度花詠唱を――
「ほあちゃああああっ!」
しかし、すかさず飛び出してきたきゅーちゃんの飛び蹴りが炸裂し、とうとう膝が折れた。
巨人は天を仰いで、大地へと沈みこむ。
「よし倒した! アル大丈夫!?」
「え、ええ、でもっ……!」
「――ふふふ、いい加減諦めたらいかがでしょう? いくら頑張っても焼け石に肉ですわよ」
頭上から、こちらをからかうような声。
見ると能天使シャルルエルが、いかにも退屈そうに宙を漂っている。
戦車を操るアルラウネは、今まさに再生しつつある巨人の周囲を旋回しながら、忌々しげにシャルルエルを睨みつけた。
「やってみなきゃ分からないじゃない、言葉遊びのお上手な天使様?」
「まあ、私はせっかくあなたのことを気遣って言っていますのに」
「何を気遣ってるって?」
「――威力が落ちてますわよ、悪趣味な花飾りの魔法使いさん?」
「ちっ……」
アルラウネが舌打ちをする。
シャルルエルはそんな彼女の反応を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「息も上がっていますわね、ふふふ、本当はもう限界が近いのでしょう? 諦めてしまえばよろしいじゃないですか、どうせ無駄なのですから」
「……余計なお世話よ、堕天使」
「私、何も間違ったことは申しておりませんわ、だってあなたのお仲間は助けにこないじゃありませんか」
シャルルエルが心底邪悪な笑みを浮かべて、アルラウネを嘲笑う。
「きっと逃げ出してしまったのですわ、ですがそれはとっても懸命なことでしてよ? ほら、あなたたちもさっさと……」
「お生憎さま」
アルラウネは天使の甘言を遮り、そして彼女のものとはまた違った種類の嘲笑を浮かべた。
「ウチの中ボスは敵が山のように大きくてなおかつ不死身でも、絶対に諦めたりしない人よ」
「……はらわたが煮え上がりそうですわ」
シャルルエルが面白くなさそうに吐き捨てる――その時だ。
その場の全員が、同時に異変を感じた。
音、なにやら耳慣れない音が、かすかに聞こえてくる。
「……なんですの、この音?」
シャルルエルが言った。
口には出さないものの、アルラウネも軍曹もきゅーちゃんも、どこからともなく聞こえてくるこの不可思議なメロディを訝しんでいた。
やがて最も感覚の鋭敏なきゅーちゃんが、音の出所を突き止めた。
きゅーちゃんの視線の先――そこには山の麓から一直線にこちらへ向かってくる一団の姿がある。
その数は、十や二十では利かない。
これを認めたシャルルエルは「ふふふ!」と堪えきれなくなったように笑った。
「とうとう総攻撃というわけですわね!? 飛んで火に入る夏の牛! 何人きたって一緒ですわ!」
完全に回復したそこに在る者が、ゆっくりと起き上がる。
シャルルエルは邪悪な笑みを浮かべながら、こちらへ向かってくる一団に目を凝らして、そして――
「……は?」
その信じがたい光景に、自らの目を疑った。
いや、それは彼女だけではない。
アルラウネも、きゅーちゃんも、軍曹も、今の状況さえ忘れて呆然と彼らを眺めていた。
誰もが固まるそんな中、きゅーちゃんがぼそりと呟いた。
「祭……囃子……?」
祭囃子。
先ほどから聞こえていた謎のメロディは祭囃子だ。
では、どこから聞こえているのか? そんなのは決まり切っている。
こちらへ向かってくる、ナルゴアを筆頭とした一団が奏でているのだ。
「なん……ですの……?」
シャルルエルはまさしく開いた口が塞がらないといった有様。
それほどまでに、こちらへやってくる集団は奇妙奇天烈であったのだ。
「――にゃあああっ! ここからがウチの本領発揮! 超絶技巧にゃ!」
「よっネコマタ様! 痺れますにゃあ!」
「待ちに待った生演奏! 感激ですにゃあ!」
あるところでは、ネコマタが三味線をべんべんと爪弾きながら先陣を切り。
その背後には、手下であるバケネコたちが軽やかに舞いながら行列を作っている。
「さあアンコールライブですよ! 皆、死ぬ気で踊りましょう!」
「歌姫! 歌姫! 歌姫!」
「私も……一緒に……」
また一方では、歌姫率いるハルピュイアの一団が、その煌びやかな羽を天女の羽衣のようにはためかせながら、透き通るような声で歌を歌っている。
もう夏だと言うのに、その頭上では雪の結晶がきらめいていた。
これは彼女らに交じって舞を踊るユキメの演出である。
「ふふ、お姉ちゃん、こうして二人で演奏するの久しぶりだね」
「そ、その、最近仕事ばかりで……あまり自信がないのだが……」
「大丈夫フォローするから、ほら」
また一方では並んで尺八を吹くオニの姉妹の姿が。
尺八から奏でられる音色はどこまでも透き通っており、そして調和していた。
「ちょ、ちょっとナルゴア先輩!? なにその動き!? 気持ち悪い!」
「ううむ、東洋の踊りは慣れん……こうか?」
「踊りなのそれ!? ナルゴア先輩なんでもできるのにこういうセンスだけはホント……! エスコートするわ!」
「悪いなセンリ」
「べ、べべべっべべつにナルゴア先輩のためじゃないのじゃあぁ!」
そして彼女らのリーダーナルゴアは、どういうわけかいななきの霊山の中ボスセンリとともに、ぎこちない踊りを披露している。
他にも、ソイヤソイヤと雄々しい掛け声をあげながら踊るゴブリン三兄弟たちの姿や、提灯代わりに空を舞うカンテラバットたちの姿も窺えた。
これが百人にも届きそうなほどの大所帯で、行列を成しながら一直線にこちらへ向かってくるのだ。
それはさながら、パレードの様相を呈している。
「……ぷっ、ふふふふふっ!」
シャルルエルがとうとう噴き出した。
「な、なんですの!? あのふざけた連中は! 絶望のあまりおかしくなってしまったのかしら!? うふ、うふふふふふふっ!」
彼女はひとしきり腹がよじれるほど笑うと、突然すっと無表情になり、そして至極冷たい口調で言った。
「――不愉快ですわ、磨り潰しなさない」
シャルルエルの言葉に従って、そこに在る者がその巨大な腕を振りかぶった。
さながらテーブルの上のカスでも落とすように、行列を丸ごと薙ぎ払ってしまうつもりなのだ。
しかし――
「花詠唱! エクスプロージョン!」
直後、凄まじい爆発が巨人の振りかぶった腕の肘から先をもぎ飛ばしてしまう。
シャルルエルがぎろり、とアルラウネを睨みつけた。
「……あんなふざけた連中に助ける価値があるのかしら? 今にも擦り切れてしまいそうなあなたたちを放っておいて遊んでいるあんな連中に」
「踊っていようが歌っていようが関係ないわ! 重要なのはあの人が来たってこと!」
「ナルゴアさんは五百の戦乙女だって退けたんだから! 要するに、あの人が来たってことは――!」
「勝ち確ってことっすよ!」
そう言って、きゅーちゃんは巨人の右膝を蹴り壊し、軍曹が左膝に取り付いて融解させる。
バランスを保てなくなった巨人が、再び崩れ落ちた。
巻き起こる砂塵の中、アルラウネは天使を睨み返し、そして高らかに宣言する。
「――百回でも千回でも、日が暮れるまでだって! 何度でも転ばせてやるわ! あの人には指一本だって触れさせないんだから!」
パレードの先頭が、いよいよ巨人の足元へとたどり着いた――
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