第75話「中ボスの面汚し」
遠くから爆発音が聞こえる。
再び、アルラウネの花詠唱が巨人へ炸裂したのだ。
巨人はしばし進撃を中断するが、しかしそれだけである。
身体から伸びた鎖が大地へと接続され、瞬く間に損傷部位を回復させると、何事もなかったかのように進撃が再開する。
――駄目! やっぱり頭とか心臓を完全に吹っ飛ばしてもすぐに再生する!
――こっちも駄目っす! この鎖、全然消化できません!
――んぎぎ……! 駄目ぇ! この鎖、びくともしないよぉ!
――足を狙うのよ! 少しでも侵攻を遅らせるの!
巨人の足元から声が聞こえる。
その直後、凄まじい爆発音が鳴り響き、巨人の身体が崩れ落ちる。
まるで神話のワンシーンであった。
そんな時である。
複数の影が参道を駆けのぼってくるのが見えた。
「センリ様ぁ! あれなんですか!? 敵ですか!?」
「ナルゴアさん! なにかアクシデントですかい!? あそこで戦ってるのはアル姐さんに見えやすが……!」
「わ、私たちライブの途中だったんですけど、なんですかあれぇ……!? なんか怖いのが見えるんですけどぉ……!?」
いななきの霊山の従業員たちにゴブリンたち、歌姫を筆頭としたハルピュイアたちの姿もある。
どうやらここでの戦闘を麓の方から見ていて、慌てて駆け付けたらしい。
ひどく不安に駆られているのが目に見えた。
こういう時こそ、俺は毅然として言い放つ。
「すまない皆! アクシデントが発生した! 天使の襲撃だ! ヤツはどういうわけかこのダンジョンそのものを潰そうとしている!」
「て、天使ぃ!?」
天使の名を耳にして、皆の間に戦慄が走る。
「ななな、なんでまた天使なんかが……!?」
「詳しいことは後で話す! 今はアルラウネたちが足止めをしているが、時間の問題だ!」
「あんなデカブツ、どうにかなるんですかい!?」
「それを今から考える!」
「そんな……!」
彼らはいよいよ混迷を極めてしまう。
そんな中、いななきの霊山の従業員たちは、思い出したようにセンリへと詰め寄った。
「センリ様! どういうことです!?」
「なんとかなるんですよね!? お答えください!」
「う、うぅ……! そ、それは……」
センリは傍から見ても分かるほど狼狽していた。
情けなく顔をくしゃくしゃにして、子どものように縮こまってしまっている。
それはもはや言外に「打つ手はありません」と語っているようなもので、動揺は瞬く間に従業員たちへと伝わった。
「そんな……」
「信頼していたのに……!」
従業員たちの間から落胆の声が上がる。
四天王たちも含め、皆が不安げな眼差しをセンリへと向けていた。
部下たちの視線を一身に集め、センリはいよいよ耐え切れなくなったように叫ぶ。
「しょっ……しょうがないでしょ!? だって敵は不死身の怪物よ!? あんなの勝てっこないわ! インポッシブル! どうしようもないわ!」
「センリ殿……?」
「無理無理無理! 絶対に無理よ!」
「……センリ様」
「なによ!? 私だって頑張ったもの! 今日の今日まであの不死身の天使を封印して、いななきの霊山を育て上げたわ! いつかあの天使を倒せるぐらいになるまで! でも……インポッシブルよ! 不死身には勝てない!」
「センリ、様……」
「そんな目で見ないで! 頑張った頑張った頑張ったの! 右も左も分からない中で! 中ボス頑張ったの! むしろ信頼なんて迷惑なだけで――」
「――そうか、頑張ったか」
「え……?」
センリがこちらへ振り返る。
瞬間、俺は千手の一つでセンリを殴り飛ばした。
容赦などない、全力で、だ。
「ぎゃ!?」
「センリ殿!?」
センリが吹っ飛ぶ。
そして彼女は、背中を激しく大木の一つに打ち付け、がっくりと項垂れた。
「な、ナルゴア先輩……なにを……」
「もう頑張ったのだろう? ベストは尽くしたのだろう?」
俺は千手を四つ、周囲に展開したまま、センリへ歩み寄る。
彼女を見下ろす俺の瞳は、どこまでも冷ややかなものだ。
そして俺は言い放つ。
「――なら、いっそ俺が殺してやろう、つまらない達成感の中で潔く死ね、中ボスの面汚しだ」
「じょ、冗談を……」
「言っているように見えるか? 俺が」
センリは咄嗟に口をつぐんだ。
ようやく気が付いたのだ。
俺の瞳に宿るは、純然たる殺意。
これが冗談でもなんでもなく、目の前の少年は確実に自分を殺そうとしているのだ、と。
「た、たすけっ……」
彼女が情けない懇願を始めるよりも早く、俺は千手を振りかぶる。
センリは自らの死を直感し、声にならない悲鳴をあげた――その時だ。
子犬のように震えあがるセンリの前に、頑然と立ちはだかる者たちの姿があった。
「――我らが主君には、たとえ指一本たりとも触れさせはせんぞ」
モミジ、ネコマタ、ユキメ、そしてサクラ。
いななきの霊山の幹部たちが、センリを守るように取り囲んでいた。
「あ、あなたたち……!?」
センリが瞠目する。
「や、やめなさい! あなたたちは知らないかもしれないけど、あいつの千手は、到底あなたたちに敵うようなものじゃ……!」
「――関係ござらん」
センリの言葉を、モミジは研ぎ澄まされた刃のように凛とした声音で切り捨てる。
俺はふんと鼻を鳴らして、再び千手を構えた。
「別にお前らが何人盾になろうと関係はない、まとめて殴り飛ばすだけだ、退け」
「退かぬ」
「意味がないと言っているのが分からないのか?」
「意味なら、ある」
モミジははっきりとそう答えた。
「――センリ殿は、我らがいななきの霊山の中ボスでござる、我らを倒さずしてセンリ殿が討とうなど、道理が通らん」
いつしか皆が彼女の言葉に耳を傾けていた。
爆発音が、大地を揺らす音が、遥か遠くから聞こえてくるように感じる。
「センリ様は……ぶっちゃけ無知蒙昧にゃ、中ボスなんて器じゃないにゃ、でも」
「だからこそ、センリ様は……頑張ってた……」
「ごめんなさい、ナルゴアさんには悪いですけど、私はこちら側に立ちます。……こんなに情けない人、放っておけませんよ」
「ゆえに、もしも我らが中ボスを討たんとするのなら――いななきの霊山が相手でござる」
それが合図だった。
ただ立ち尽くすだけだったいななきの霊山の従業員たちが、示し合わせたように駆け出して、更に彼女らを取り囲んだのだ。
いななきの霊山そのものが、俺の前に立ちはだかっていた。
この状況が誰よりも信じられないのは、他ならぬセンリである。
「ど、どうして……!? 私、私は……!」
センリの目からぼろぼろと大粒の雫がこぼれ落ちる。
彼女は子どものようにしゃくりあげながら、言葉を紡いだ。
「私は……私はあなたたちが期待するような中ボスじゃないの! あなたたちがヒールもウェイクアップも使えないってことさえ知らなかった!」
「……今、知ったにゃ」
「そこの子どもに言われるまで労働キジュンホーも知らなかったのよ!?」
「あとで、一緒に……勉強しよ……」
「挙句、内部告発者まで出したわ! そりゃそうよ! こんな杜撰なダンジョン経営じゃ辞めたくなるのも当然だもの!」
「心配しなくても、今度から直接指摘します」
「それなのになんで……何故じゃ!? 何故、ワシなんかの為に……!」
「――センリ殿が中ボスだからでござる」
それが決め手であった。
センリは口を真一文字に結び、次に続ける言葉を失う。
そんな彼女の情けないさまを前にして、俺は嘆息し、千手を引っ込める。
「……なんだ、意外と中ボスやれているじゃないか」
センリが堰を切ったように、声をあげて泣き出す。
唸るように泣いた、幼子のように泣きじゃくった。
――かくして、長きに渡るいななきの霊山攻略作戦は決着を迎えた。
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