第74話「そこに在る者」
煌めく朝陽を背にして、腕を振りかぶった姿勢のまま微動だにしない、白い巨人。
なかなか画になっていた、まるで先鋭的なアート作品のようでもある。
庭に飾るには、ちと大きすぎるが。
「ふうむ、天界の誇る戦略兵器というのも存外あっけないものだな」
「あんなに大きなモンスターを、一瞬で……?」
「空前絶後、にゃあ……」
そこに在る者は、完全に沈黙していた。
さしもの戦略兵器とはいえ人型、頭部の三分のニも損傷したとなればしっかりと活動を停止するらしい。
律儀というかなんというか、まぁなにはともあれ、これで脅威が一つ片付いた。
あとは前衛オブジェの肩の上で間抜け面を晒す、あの不死身の天使サマをどのようにして片付けるか、だ。
「嘘、ですわ、そこに在る者が……あんなふざけた連中に……」
「自慢の玩具を呆気なく壊されてショックを受けているのか? 悪いが気の毒とは思わんぞ、次はお前だ」
俺は能天使シャルルエルをぎんと睨みつける。
いかに不死身とはいえ倒す方法は必ずあるはず、お高く留まっていられるのも今の内だ。
激高して立ち向かってくるか?
それとも情けなく天界へ逃げ帰るか?
どちらにせよ関係はないが……
しかしシャルルエルの示した反応は、俺の予想していたどれでもなかった。
――笑ったのだ。
にたりと口元を歪め、おかしくてたまらないと言った風に。
「――なーんて、骨折り損のくたびれモードというやつですわ」
「……なに?」
例によって頓珍漢なことわざを吐くシャルルエル。
しかし、なんだあの余裕は……?
そんな時、今まで声を押し殺して震えるだけだったセンリが、突如として声を張り上げた。
「――だ、だめじゃナルゴア先輩!! 今すぐ退くのじゃ! そこに在る者が動き出すぞ!!」
「動き出すだと? センリ、何を言って……」
「あの日世界の柱を崩された時もそうだったのじゃ! ヤツもまた不死身なのじゃあっ!!」
あの日? 世界の柱が崩された時? それはどういう――
問い返す間もなかった。
それまで完全に沈黙していた白い巨人が、あろうことかセンリの言葉通りに動き出したのだ。
いや、正確には動き出したのは巨人ではない。
巨人の全身に取り付けられた鎖が、まるで意思を持っているかのごとく伸縮し、そして大地を穿ったのだ。
「な、なんすか!? 鎖が勝手に……!」
「ナルゴアさん!? なんか変だよ!?」
「これは……!?」
異変はそれだけではなかった。
大地に接続した純白の鎖が、淡く光を放ち、そして見る見るうちに巨人の欠けた頭部が再生し始めたのだ。
いや、再生と言うよりは逆行……!? 傷が見る見るうちに元通りになっていって――
――次の瞬間、鎖は地面との接続を解除し、巨人はまるで何事もなかったかのように構えた腕を振り抜いた。
腕の軌道上には、はばたくきゅーちゃんが――
「きゅーちゃんっ!!」
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
とっさの判断で防御の姿勢を作ったきゅーちゃんだが、まるで意味をなさない。
結果、その羽虫を振り払うような取るに足らない動きで、きゅーちゃん地上へ叩き落された。
近くに隕石の落下したような衝撃があり、その余波は砂塵とともにこちらまで到達する。
「きゅーちゃあん!?」
津波のごとく押し寄せてくる砂塵の中、アルラウネが叫んだ。
「エアリアル!」
アルラウネの魔法により発生したつむじ風が、もうもうと立ち込める砂煙が吹き飛ばす。
巨人の足元に、クレーターができている。
そしてそのクレーターの中央には、ぐるぐると目を回すきゅーちゃんの姿が。
「うぅ……何事……?」
「――よ、よかった! きゅーちゃん無事っす! でも、あああっ!?」
軍曹が悲鳴をあげる。
巨人がきゅーちゃんを踏み潰そうと、片足を振り上げたのだ。
「まずい! アルラウネ!」
「分かってるわ! ――フル・ブルーム! 戦車!」
アルラウネの魔力が大地へと流し込まれ、周囲の植物が急成長、そして戦車を形づくる。
彼女はこれに飛び乗り、魔力で手繰って、同じく花でできたレッドカーペットの上を疾走した。
植物の戦車は道なき道を切り開き、あっという間にきゅーちゃんの下へとたどり着く。
しかし、巨人の足は今まさに振り下ろされるところで――
「させないっす!!」
軍曹が巨人の軸足へ飛びつく。
そして瞬間的に毒性を発散、巨人の足はじくじくと音を立てながら融解し、バランスを崩す。
アルラウネがきゅーちゃんを拾い上げて走り去ったのと、巨人が崩れ落ちるのはほとんど同時だった。
ずうううん、と世界さえ揺るがす轟音が鳴り響く。
「やった! これで……!」
しかし、喜んだのもつかの間。
再度巨人の全身に取り付いた鎖が地面と接続し、巨人の足が見る見るうちに再生していく。
鎖が外れた頃にはもう完全に元通りだ。
巨人はまるでベッドから起き上がるように緩慢な動作で、身体を起こす。
「う、嘘ぉ!?」
「こ、これじゃマジで不死身じゃないっすかぁ!?」
「――ふふふ! だから言ったでしょう! そこに在る者は不死身ですのよ!」
巨人の肩の上に腰かけたシャルルエルが、勝ち誇った高笑いをあげる。
「種明かしですわ! そこに在る者は、その名が示す通り、存在そのものを世界から定義づけられていますの!」
そこに在る者はもはや足元の彼女らなど眼中にないように、いななきの霊山への侵攻を再開する。
「くっ! 短縮花詠唱! ファイア、フリーズ、サンダー!」
アルラウネ戦車の車輪で花弁を巻き上げ、詠唱した。
巨人に貼りついた花弁は、その一枚一枚が発光し、多種多様な攻撃魔法を炸裂させる。
アルラウネの魔法は確実に巨人へのダメージとなる。
しかし、例の鎖が地面へと接続されれば、たちまち元通り。
巨人は何事もなかったかのように侵攻を再開してしまう。
「全身に取り付けられた鎖は、まさしく世界への錨! 世界がある限りそこに在る者は浮沈ですのよ!」
「そ、そんなっ……!」
どれだけアルラウネたちが攻撃を繰り返そうと、そこに在る者は即座に鎖を再接続して、自らを再生させてしまう。
そこに在る者は止まらない、そこに在る者は沈まない。
まさしく悪夢のような光景であった。
終焉の二文字が形をもって迫ってくるかのような、そんな絶望的な光景――
「――さあお手並み拝見ですわ、二つの異なる不死身を前にして、脆弱な魔族の皆さまは一体どのように足掻いてくれるのかしら?」
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