第70話「愚かな中ボス」
重ねて言うが、八百万の仙狸――彼女のレベルは95である。
レベル95といえば、神話に語られるような魔族・人物と並び立つほど凄まじいものだ。
しかし彼女の鈍臭さとくれば、もはやレベルの概念すら超越している。
「いったああああああああああい!?」
千手のデコピンを食らった彼女は、情けない悲鳴をあげながら遥か彼方へ吹っ飛んでいく。
立ち並ぶ木々の枝に全身を打ち据えられ。
かと思えば水切り石のように池の上を何度も跳ねて。
挙句ごろごろと山の中腹まで転がり落ちたところで、やっとの思いで踏みとどまった。
危うく、転がりながら下山してしまうところである。
「う、うううう……死ぬかと思っ……はっ!? 要石!? 要石はどこじゃ!?」
しばらく目を白黒させていたセンリであったが、一気に顔を青ざめさせて体中をまさぐる。
どうやらお目当ての物はすぐに見つかったようで、彼女はソレを高くかざして――
「あったのじゃあ!」
「そうか、それは良かったな……で? 何が封印されているか教えてもらおうか」
「はっ!?」
よっぽど探すのに夢中だったらしく、センリはそこでようやく背後に回り込んだ俺の存在に気が付いた。
全身水浸しの上に目には涙まで溜めて、ひどい有様だ。
「かっ、要石は絶対に、絶対に手放さないわよっ!?」
「しゃらくさいぞ、さっきから言っているだろうが、俺はそこに何が封印されているのか知らんと」
「し、しらばっくれても無駄よ! アンタたちの魂胆は全て……!」
「――いい加減にしろ!」
「ひゃいっ!?」
たまらず一喝、センリはびくんと肩を跳ねさせた。
そういうすぐに泣きそうになるところも……ああ、もう……!
俺はがしがしと頭を掻いた。
「いいかよく聞け! 俺はただお前のところの従業員――サクラに依頼されて、労働環境改善の指導にやってきたまでだ!」
「ろ、労働環境の改善?」
ただでさえ丸い瞳を更に丸くして、きょとんとした様子のセンリ。
挙句、
「……なんで?」
などとのたまう始末である。
ぴきり、と俺のこめかみに青筋が浮かんだ。
「なんで、だと……!? お前こそこんな杜撰なダンジョン経営をしておいてとぼけるのも大概にしろ!」
「ず、杜撰ってなによ!? 私のいななきの霊山はパーフェクトなのよ!?」
「内部告発者を出しておいてよくも抜け抜けと……! ではこの惨状についてどう説明する!?」
「ふーんだ! 後ろ暗いことなんてなにもないわ! ウチは皆が充実したライフワークを実現させてるんだから!」
「貴様……っ!」
「ひっ!?」
センリのふざけた物言いに、俺は自然と拳を振りかぶっていた。
言うに事欠いてライフワークだと?
今ので確信した、こいつは悪だ。
存在そのものが全ての経営者と労働者に対する侮辱に他ならない――!
だが、
「……っ」
すんでのところで拳を止めた。
センリのあまりの愚かさを目の当たりにして、ある最悪の考えが頭をよぎり、それが拳を止めさせたのだ。
俺は、頭をかばってびくびくと震える彼女へ、一つ問いを投げる。
「……センリ、俺は今からひとつ、すごくバカげた質問をするが――貴様、労働基準法を知っているか?」
我ながら、阿呆なことを聞いている。
労働基準法とは、労働者を保護するための最低基準を定めた法。
俺たち中ボスに課せられた絶対順守の原則である。
知らないはずがない、知らずして中ボスを名乗れようはずもない、しかし、彼女は……
「……キジュンホー?」
くらり、と眩暈がした。
その反応だけで十分だった。
俺はそのまま卒倒しそうになるのを堪えて、胡坐をかいた。
それから目頭を揉み、ふうう、と細い溜息を吐いて、困惑するセンリへゆっくりと語り掛ける。
「センリよ……一日は二十四時間であるが、その中で正常な判断能力を持って活動できる時間の限界は、どれぐらいだと思う」
「ななな、なによ、藪からスティックに……」
「いいから答えてくれ、頼む」
もはや懇願であった。
センリは相変わらず困惑気味に、答えた。
「働こうと思えばいくらでも、限界なんてないわ」
「……」
きゅむ、と眉間にシワが寄る。
しかしセンリはこちらの些細な表情の変化など気にならないようで、さも自慢げに続けた。
「肉体的な疲労はヒールで回復できるし、眠気ならウェイクアップで飛ばせる……しいて言うなら魔力の切れた時が活動限界だけど、消費する魔力よりも大気から取り込んで自然回復する魔力量の方が多いし」
「……そうか」
「何を隠そうこれは私の編み出したイノベーション的発想よ! 真似したかったらしてもいいからね!」
ふふんと鼻を鳴らし、無駄に大きな胸を張るセンリ。
頭が痛い。
「……ちなみになんだが、このダンジョンの給与形態はどうなっている?」
「給与? おかしなことを聞くわね、ちゃんと皆へ同じだけ支払ってるわよ」
不平等だと喧嘩しちゃうからね、とも付け足した。
饒舌に語る彼女と反比例して、俺の気分は重く沈んでいく。
「……オーバーという制度は、お前の発案と聞いたが」
「もちろん! ここの従業員たちはとっても勤労意欲が高くてね! 皆、自主的に残業してくれるの! あまりにもいじらしいから特に勤労意欲の高い従業員を称賛するためにオーバーという制度を作ったのよ!」
「……そんなくだらない物などでなく普通に残業代を支払えバカ狸……」
「ん? なんか言った?」
ここまで話してなお、彼女はお得意の間抜け面を晒している。
……危惧はしていたのだ。
彼女はレベル95、神話に語られるほどの超常的存在。
そして俺と彼女の前の職場“世界の柱”はかなり特殊な労働形態をとっていた。
そこへ更に彼女の間抜け具合が加わった時、何が起こるか?
「……ひとつ、良いことを教えてやろうかセンリ」
「なによ?」
「たいていの従業員は、ヒールもウェイクアップも使えない、ついでに言うと大気から吸収できる魔力量が消費魔力を上回ったりも、しない」
「……ふふふ! 何を言うかと思えばそれはどういう冗談? そんなわけないじゃない!」
「……」
「だって、それじゃあ本当にただの一睡もしないで働き続けてるってことになるもの! インポッシブル! インポッシブルよ!」
「……」
「……え?」
「……」
「……嘘でしょ……?」
さああああっ、と彼女の顔が青ざめる。
果たして経営者として最低限の知識も持たず、労働者の事情なぞ一切鑑みない、史上稀に見る愚かな中ボスは、この時ようやく自らの過ちに気が付いたらしい。
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