第7話「中ボスさんレベル99」
“世界の柱”と呼ばれる塔がある。
これは上司である魔王様より更に高位の存在――すなわち我らが社長の創り上げた世界最後のダンジョンだ。
その存在は、魔王様を含めた一部の高位魔族にしか知らされておらず、塔自体も社長が施した神話クラスの隠蔽魔法で巧妙に隠されている。
もしも人間側がこのダンジョンを見つけ出すとなれば、少なくとも90レベル前後の耐魔力が必要だろう。
全70層からなるこの塔の最上階には、勿論我らが社長が君臨し、そこへたどり着くまでには各フロアの階層守護者と呼ばれる69体のモンスターを倒さねばならない。
むろん彼らも生半可な実力ではない。
一番弱い第1階層の階層守護者“暗き底を這うもの”ですら、レベル92だ。
余談だが彼は社長のペットで、愛称はくっきーという。
喉をなぜると嬉しそうに硫酸の唾液を垂らす彼が、もしも何かの手違いで塔から逃げ出せば、きっと一週間足らずで世界は終焉を迎えるだろう。
しかし、そのようなことは決して起こらない。
というか階層守護者たちが塔を出ることは通常あり得ないのだ。
何故ならば世界の柱は我らが社長がきたるべき“災厄”に備えて創造した、魔族最後の砦なのだから。
……さて、では何故俺がこんな話をしたのか?
それはもはや察しの通りで、まぁ端的に言えば俺は世界の柱出身なのだ。
第64階層の階層守護者。
千手のナルゴア――レベル99。
災厄などといういつやってくるのかも分からないものに備え、ただ座して待つだけの退屈な階層守護者時代を経験した俺が、いかようにして上司である魔王様の目に留まり、しじまの洞窟の中ボスに任命されたのか――
それはまた、別の機会に語ることとしよう
今は目の前に片付けなければならない案件があるのだから。
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「グランツが……やられた……?」
たっぷりの間を空けて、戦士ディアの口から飛び出したのはそんな間の抜けた言葉であった。
「万夫不当の大賢者グランツがただ一度の魔法で……そんな、そんな馬鹿なことが……」
「――取り乱すんじゃねえディア!」
狼狽する彼女を勇者ベルンハルトが一喝する。
「で、でもベルンハルト!」
「確かに驚かされたぜ……まさか中ボス風情がそんな奥の手を持っているとはな! だが! グラビトンはブラックフレアにも並ぶ最高位魔法!」
「そ、そうか! あれだけの大魔法が連発できるはずもない!」
「要するに打ち止めだ! たとえ不意を突いた捨て身の一撃だとしても、まさか勇者パーティの一人をぶっ殺しちまうなんてな! 称賛に値するぜ! だが、魔力の枯渇した魔法職なんて搾りカスみてえなもんだ!」
「……これは参ったな」
「ビンゴォ! 今更怖気づいても遅いぜ薄汚え魔族が! 行くぞディア!」
「ああ……ああ! 分かったよベルンハルト!」
冷静さを取り戻したらしいディアが臨戦態勢に入る。
ああ、参った。
これはたいへん参ったぞ。
彼らの発言――どう好意的に解釈しても降伏宣言にとれない。
「いくよ重複詠唱! アクセル! アクセル! アクセル! 最大加速だ!」
戦士ディアが自らに強化魔法の重ね掛けを施し、一瞬の内に“世界”から消える。
視界ではない、世界だ。
レベル70オーバーの強化魔法ともなれば、単純な筋力強化ではない。
時間にすら干渉する最高位魔法――止まった時間の中を駆け、回避不可の斬撃を加える必殺の一撃。
なるほどやはり魔王様を倒した勇者パーティの名は伊達ではない。
だが、
「遅いな」
「なっ!?」
瞬間移動じみた挙動で俺の背後に現れたディアだが、俺の“手”はそれを遥かに上回る。
なにもない空間から現れた握り拳が、ディアを殴り飛ばした。
「あ、がぁっ!?」
ディアは咄嗟に防御の構えをとったが、そんなものは無意味だ。
身体はくの字に折れ曲がり、地面と平行に飛んで、凄まじい砂埃を捲き上げながら、やがて岩壁に叩きつけられる。
ふむ、さすがレベル70オーバーの戦士、素晴らしいタフネスだ。
――俺の一撃を受けて即死しないとは。
「は……?」
さて、あっという間に戦力の半分を失った勇者パーティのリーダー、ベルンハルトは驚愕を露わにした。
「魔王軍四天王とも肉弾戦で渡り合うあのディアが……? て、テメエ魔法職じゃ……」
「恥ずかしながら器用貧乏でな」
お前には突出した個性がないと、階層守護者時代はよく同僚からいじられたものだ。
まあ、全身が絶えず燃え盛っていたり、流動体であったりする連中と比べれば、そりゃ見劣りもするだろう。
「――ふざけんな!!」
ベルンハルトが獣のように吼える。
先ほどまでの余裕ぶった表情は完全に崩れ、激情を露わにしている。
「俺たちは! 俺たちはかの悪しき魔王を打ち倒した伝説の勇者パーティだぞ!! それをたかが中ボスごときが……! 間違い! これは何かの間違いだ!」
ベルンハルトは剣を構える。
彼の構える聖剣は、目も眩まんばかりの白光を帯びていた。
神性の光……なるほど、あれは聖剣のたぐいか。
「……そうか! 分かったぞ! そのおぞましい手……お前召喚術師だろう!?」
「召喚術師……ほう」
「はっはあ! 図星みたいだなぁぁ!?」
いや、なかなか興味深い見解だな、と感心していただけだ。
この手は物心ついた時から俺の側にあり、俺の意のままに操ることができた。
文字通り自分の手足も同然だったのだ。
だからそんなの、考えたこともなかった。
ベルンハルトが構えた剣から光の尾を引きながら、こちらへ肉薄する。
「どれだけ強力なモンスターと契約してるのかは知らねえが、それなら本体を狙えばいいだけだ!」
言われてみればなるほど、確かにそれは否めないな。
俺がなんらかのモンスターと契約し、それを召喚している可能性……
「消えろ薄汚い魔族が!」
勇者ベルンハルトが俺めがけて“光”そのものを振り下ろす。
並のモンスターであれば近付くだけでチリになる、超高密度の神聖。
俺はこれを――片手で掴み取った。
召喚した手ではない、生身の手で、だ。
「なっ……!?」
勇者は慌てて剣を引こうとするが、ぴくりとも動かない。
不安定に揺れる神性の光は、そのまま彼の動揺を映し出しているかのようだった。
彼の顔面にじわりと玉の汗が浮かび上がる。
ようやく実感したらしい。
――喧嘩を売る相手を間違えたことに。
「な、ななな何故だ!? 俺は、神に選ばれた勇者なんだ! 魔王も倒して、世界に平和をもたらした! 故郷では愚民どもの拍手と喝采が俺を待っているんだ! 凱旋! 栄光の凱旋が!!」
「寄り道をせず、まっすぐ城に帰るべきだったな、そうすれば今頃は美味い酒でも飲みながら武勇伝を語れたことだろう……油断したな」
「油断!? 油断っつったか!? こんなゴミみてえなダンジョン一つ潰すのに油断もクソもあるか!?」
俺はぴくりと眉を吊り上げた。
……ああ、もう限界だ。
コイツはとうとう越えてはならない一線を越えた。
「俺自身への罵倒は好きにするといい、中間管理職だからそんなものは慣れっこだ。だが……部下と職場を馬鹿にされることだけは看過できん」
俺は空中に四つの手を同時展開する。
「ひぃっ!? や、やめろ!! 俺は勇者だ! 勇者勇者勇者ぁっ!! こんなところで誰にも見られずに死んでいい人間じゃないんだぁっ!!」
「ご丁寧にありがとう、じゃあ僭越ながら俺も自己紹介をさせてもらおうか」
俺は聖剣を握る手に力を籠め、そして――力任せにベルンハルトごと投げ放った。
「あっ……」
ベルンハルトの身体が高く、高く上空へ打ち上げられる。
間抜け面を晒す彼が最期に見たのは、それぞれが別の色に発光する、四つの巨大な手であった。
「――俺は千手のナルゴア、中ボスさんだ、特技は五回行動」
「嘘、だろ……」
彼の断末魔もまた、呆気のないものであった。
四つの手より照射された全く異なる属性魔法が、ほとんど同時に彼の下へ着弾。
――次の瞬間、宵闇の空に季節外れの花火が咲いた。





