第67話「夜行のモミジ」
もはや何度目になるのかも分からない花火が曙の空に咲き誇る。
空はすでに白み始めていた、夜明けが近いのだ。
絶えず聞こえる祭囃子、未だ終わることのない夏祭り。
いななきの霊山の従業員たちは、なべてこれを楽しみ、歌い、踊り、食らった。
ただ一人、黒髪の彼女――モミジを除いて。
「これは……一体どういう了見でござるか……!」
紅葉は、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
抑えきれないほどの憤怒が、彼女の内から溢れ出している。
ヤパーニには般若の形相という言葉があるが、まさしくそれだ。
彼女は単に日課の見回りに来ただけ、いつもと変わらぬいななきの霊山をその目で確かめに来ただけ。
しかし、目の前の光景はどうだ。
一の鳥居から、参道を伝ってずらり露店が並んでいる。
遠くには櫓、どんがどんがと太鼓を打ち鳴らすのは、他ならぬ彼女の部下だ。
並ぶ提灯(を模したコウモリ型のモンスター)、往来を行き交う浮かれた人々、ああ、神輿まで見える!
異常だ、異常事態だ。
冒険者パーティが攻略へやって来る方が、よっぽど通常である。
いや、もしやこれはすでに攻略が始まっているのか――?
「――貴様ら! 今すぐこの馬鹿騒ぎをやめろ!!」
モミジが怒号を飛ばす。
普段ならば聞く者全てを震え上がらせるソレであるが、このお祭り騒ぎの前では無力である。
僅か、比較的彼女の近くを歩いていた者たちが「モミジ様?」「やばいモミジ様だ!」「やっぱり怒ってるよう……」などと反応を示した程度である。
モミジはあまりのもどかしさに、歯噛みをする。
「ふざけるのも大概にしろ! 私はこんなこと許可した覚えはないぞ! 散れ! 仕事へ戻れ!」
再びの怒号。
いつもならばこれで決着がつく。
誰もが叱られた幼子のように目を伏せ、大人しく彼女の言うことに従う、上司部下の関係は絶対だ。
しかし――
「……」
彼女の怒号など、まるで初めからなかったかのように、祭りの喧騒へと呑み込まれて行ってしまった。
どころか、彼女の声が聞こえていたはずの部下たちでさえ、わざとらしく聞かなかったフリをして、彼女の傍を通り抜けていくのだ。
「なっ……!? お、おい!! どういう了見だ貴様ぁ!!」
「ひぃっ!?」
とうとう耐え切れず、モミジは近くを歩くバケネコの一人をひっつかんだ。
彼女の手には屋台で買ったのであろう食べ物――焼いた餅にタレを塗ったもの――があり、それの存在が更にモミジの神経を逆撫でする。
「貴様……! 職務中にこんな……許されると思っているでござるか!?」
「も、モミジ様、これは……!」
バケネコの少女はしどろもどろ、たっぷりと目を泳がすと、やがて意を決したように――
「――ゆ、許されます! だって今日は縁日――非番ですから! 休日をどう過ごそうとモミジ様に何かを言われる筋合いはありません!」
「ぐっ……!?」
今度はモミジが言葉に詰まる番であった。
まさか部下に言い返されるとは夢にも思っていなかったのだ。
これを好機と見て、バケネコは更に畳みかける。
「そ、それにネコマタ様もユキメ様も、お祭りを楽しんでおられます!」
「なんだと!?」
モミジは咄嗟に辺りを見渡す。
彼女らの姿は、すぐに発見できた。
どこか呆けたように突っ立って、壇上で歌い踊る鳥型の妖女たちを眺めるネコマタの姿。
そして花飾りの女性と酒を酌み交わすユキメの姿。
たちまちモミジの頭に血が上る。
「ネコマタ、ユキメ……! 血迷ったか!」
モミジはバケネコを突き放し、そして腰に提げた長刀の柄に手をかける。
その時だ。
「――いかせないよ、お姉ちゃん」
彼女の前に、一人の女性が立ちはだかった。
キモノで身を包み、同じく腰に提げた長刀に手をかけたオニの少女。
彼女の妹――サクラである。
「サクラ……!? ……まさか、これはお前の差し金か!?」
「……うん、私のアイデアだよ」
「いかな腹積もりか……! 何ゆえに……何ゆえに私たちの仕事を、他ならぬお前が邪魔するのだサクラぁ!!」
びりびりと、大気すら震わす凄まじい気迫。
以前のサクラであれば、間違いなく気圧されていたことだろう。
竦んでいたことだろう、怖気づいていたことだろう、姉の言うことに従っていただろう。
しかし――今宵のサクラは頑として退かなかった。
「仕事? 仕事って言ったの? これが!?」
「……っ!? さ、左様! かけがえのない仕事でござる!」
「対価のない労働なんて、所詮子どものままごとだよ!」
「なっ……! 神聖なる職務を愚弄するのか!? 対価など問題ではござらん! それよりももっと崇高なもののために皆は……!」
「分からず屋! ――じゃあこれを見てみなよ!」
サクラは翻って、この祭の光景をぐるりと見渡した。
「皆が皆、お祭りを楽しんでるよ!? 他ならない皆が、貴重な休日に仕事よりもこのお祭りを選び取ったんだよ!? 誰が、崇高なもののために働いてるって!?」
「ぐっ……!?」
「いい加減に目を覚ましてよ! 無償の奉仕なんて言うけど結局のところただの強制労働! 皆、たまの休日ぐらい普通に休みたいんだよ!!」
「わ……童のようなことばかり申すでない! よいか! 労働というのはそんなにも甘いものではござらん! 大人になるのだサクラ!」
「だったら子どものままでいい! 大人のフリして嫌がる皆におままごとを押し付けるよりずっとマシだもん!」
「度重なる無礼……断じて許さんぞサクラ!!」
モミジがいよいよ鞘から長刀を抜く。
濡れたように光を放つ刃が、白日の下へ晒された。
相対してサクラ、自らも鞘からカタナを引き抜く。
そして彼女は、ぎんとその目に鋭い眼光を宿し、高らかに宣言した。
「――私はサクラ! 冒険者パーティ中間管理職の一人! オーバー0! いざ尋常に!」
二つの剣閃が交わり、凄まじい剣戟の音が、祭りの喧騒さえ切り裂いて響き渡った。
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