第63話「オペレーション“サクラ”」
あれから六度、陽が落ちた。
策は練った、人も物も集めた。
ヤパーニ風に言えば“細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろ”という具合で――
「時は満ちた」
俺たちはようやくいななきの霊山攻略作戦に乗り出す。
オペレーション“サクラ”始動だ。
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勇者パーティ“中間管理職”の襲撃からはや六日。
いななきの霊山は、依然厳戒態勢を解かずにいた。
それもこれも、中ボスであるセンリが“命令を出さなかった”ためである。
厳戒態勢を解くなとの指示があったわけではない。
しかし解けとも言われていない。
であれば、従業員たちは暗黙の了解で、より|ダンジョンの為になる方を選択する他ないのだ。
よってこの六日間、いななきの霊山において退勤した者はただの一人としていない。
門番を勤めるコマイヌの阿形吽形ですら、それは例外でないのだ。
「……」
「……おい、阿形」
「……」
「阿形!」
「……はっ!?」
コマイヌ阿形は、吽形の呼びかけによってようやく正気を取り戻した。
彼は逆巻く鬣をぶるりと振るって、目を瞬かせる。
「すまん吽形、少し眠ってしまったようだ……」
「無理もない、俺もお前も、かれこれ四日はまともな睡眠をとっていないのだからな」
「ぐうむ……昔の我らなら一週間寝ずに働くこともできたが、やはり寄る年波には勝てぬか……」
「全くだ」
――もちろん嘘である。
双方若かりし頃の自分を美化せんと記憶の改ざんが起こっていることはもはや言うまでもない。
「とはいえセンリ様は休みもなく働いておられる」
「そんな中、我々が呑気に睡眠など、とっていられようはずもない」
「我々の役目は」
「ただ門前を守護すること」
阿形吽形は自らに活を入れ、びしりと姿勢を正した。
もはや彼らは気力のみでそこに立ち続けている。
限界を超えた眠気は彼らから正常な判断能力をことごとく奪い去り、本人たちでさえそれに気付かないほどだ。
「……丑三つ時だな」
「そうだな……」
「あの勇者パーティが現れてから幾日経ただろうか……」
「さあ……」
阿吽の呼吸とさえ称されるほどに息の合った二人であったが、疲労には勝てないらしく、交わす言葉にもいつものキレがない。
そして彼らがそんな風にぽつぽつと言葉を交わしていた、そんな時のことである。
「……何奴!」
いつもならば同時に、それももっと早い段階で気付くはずだが、ここは先んじて吽形が異変を察知した。
遅れて阿形、まとわりつくような眠気が一気に霧散し、臨戦態勢に移る。
暗闇の中、前方に侵入者――
「とうちゃーく!」
しかし聞こえてきたのがそんな呑気な声音だったもので、阿形吽形は思わず拍子抜けしてしまった。
「な、なんだあれは……?」
「人間の童……? いや、違う……小さすぎる」
石段を上り、彼らの前に姿を現したのは、小さな――本当に小さな少女の三人組であった。
ちなみにここで言う「小さい」とは「幼い」という意味ではない。
本当に、人間の少女をそのままミニチュアにしてしまったかのように、矮小なのだ。
しかしサイズ以外にも確実に人間と異なる点が二つ。
一つ、彼女らの身体は、どういうわけか仄かに発光している。
二つ、その背中からは薄く透明な羽が伸びていた。
「もうおなかぺこぺこ!」
「くうきがおいしいねー!」
「はやくおゆーはんにしようよ~」
まるで遠足である。
そのあまりの呑気さに、しばしコマイヌたちは毒気を抜かれ、ただ様子を眺めていた。
彼女らがきゃいきゃいと楽しげに戯れながら、コマイヌたちの間を通り過ぎ、鳥居をくぐろうとするその様を……
「「あ、と……止まれ!!」」
阿形吽形は同時に我に返って声を張り上げる。
突然大声を出されたせいで、三人組のうち一人がびくん! と肩を跳ねさせた。
「ふぇ……?」
「なに? びっくりしたぁ~……」
「うわああああああああん……!」
「あっ、ルルちゃん泣いちゃった……」
「おじさんたち! いきなりおおきい声だしたらびっくりしちゃうでしょ!」
「え、いや、すまん……驚かすつもりでは……」
「こら阿形! 謝ってどうする!? 我々は門番! 職務を全うしただけだろうが!」
「そ、そうか、そうだな、うむ」
気を取り直して阿形、再び姿勢を正し、厳めしい顔で三人の少女を見下ろす。
未だひぐひぐとしゃくり上げる少女を見ていると少しだけ胸が痛んだが、そこはそれ、これも仕事なので心を鬼にした。
「……聞いたことがある、こやつら“ふぇありい”だ」
「知っているのか阿形?」
「小耳に挟んだことがある、草木に宿る精霊のようなもので、背中に羽の生えた小人の姿をしている、基本的には無害な存在だと聞いているが……」
「そのふぇありいとやらが何故こんなところに……」
「分からん、しかし用心に越したことはあるまい」
「同感だ」
阿形吽形はごほんと一つ咳払い。
フェアリー三人組に向き直る。
「童どもよ」
「ぬしら、ここがどこか分かっているのか」
吽形がいっそ大袈裟なほど威圧的な口調でフェアリーたちに言う。
しかし彼女らの反応は予想と違い、きょとんとした表情を晒して
「しってるよ? いななきの霊山でしょ?」
「てっぺんからの景色がすごくいいんだってね!」
「たのしみだねー!」
再びきゃいきゃいとはしゃぎ出す三人組。
……観光地か何かと勘違いしている。
阿形吽形は頭を抱えた。
「……悪いが、ここは何人たりとも通すことはできん」
吽形が溜息混じりに言うと、フェアリー三人組はぴたりと固まった。
「え?」
「なんでー?」
「なんでいじわるするの……?」
目を潤ませながら見上げてくるフェアリーたち。
阿形吽形は激しく動揺したが、しかし、やはり仕事が優先であった。
「意地悪ではない!」
「そういう決まりなのだ!」
「……どうしても?」
「どうしても、だ!」
「こんなにおねがいしてるのに?」
「どれだけ頼まれようが無理なものは無理だ!」
「ケチぃ!」
フェアリーたちはべえっと舌を出して言うと、肩を怒らせながら踵を返し、そしておもむろに道の途中で座り込んだ。
「いーもん! はいらなきゃいーんでしょ!」
「だったらわたしたちここでおべんとうにするから!」
「ワンちゃんたちにはあげないから!」
ワンちゃん呼びに少しばかり顔をしかめたが、しかしまあ子どものやることである。
「……いいと思うか阿形」
「まぁ、うむ、我らの仕事はあくまで鳥居をくぐろうとする者を追い返すことだからな、近くで食事をとるものをどうこうする権利はない」
「言われてみればそうだ」
そうだそうだその通りだ、と吽形は何度も頷く。
いななきの霊山一気が短く、口うるさいとされる二人であったが――実は子どもに対してたいそう甘い。
彼女らがいななきの霊山に害をなす存在でないと分かってからというもの、かろうじて厳めしい表情だけは保っているが、その目は孫娘を眺める好々爺のソレである。
そんな彼らの視線など気付いた様子もなく、フェアリーたちは持参した“おべんとう”を広げていく。
「おゆーはんおゆーはん!」
「ごぶりんさんのおべんとう、たのしみー!」
「きょうは“おすし”っていうりょうりらしいよー!」
その時、コマイヌ阿形吽形の耳が同時にぴくりと跳ねた。
「……聞いたか吽形!」
「聞いたとも阿形!」
「彼女らは確かに“寿司”と言ったな!」
「なんと懐かしい響きだ……!」
寿司。
その言葉の響きを噛み締めるように、彼らは復唱した。
「ふんわりと柔らかいシャリの上に乗った、新鮮な生魚……」
「生魚も捨てがたいが、人間どもの供え物で柿の葉寿司というのを食べたことがある、あれは美味かった……」
「なんの、我が食した穴子寿司も負けてはいまい、甘く煮詰めたタレが絶品でな……」
「なんのなんの、我の食った鮒寿司、あれこそ一度食せば病みつきに――」
阿形吽形は同時にほう、と溜息を吐いた。
遥か遠い記憶の中にある海向こうの故郷。
かつてそこで食した寿司の味が舌の上で蘇り、気が付くと口中が唾液で湿っていた。
「よもや、寿司が西洋にまで渡ってきているとは」
「世界とは思いの外狭いのやも知れんな」
「どちらにせよ、これは巡り合わせだ」
「ああ、今度休みができたら町まで食いに行くのもいいだろう……」
彼らはしみじみと言い合って、フェアリーたちを見た。
ああ、このような異国の地でも寿司が――自分たちの故郷の味が、子どもたちに親しまれている。
これほど嬉しいことがあるだろうか……
阿形吽形は温かい目で彼女らを見守る。
そして彼らの視線の先で、ようやく弁当と対面することが叶ったフェアリーたちが言った。
「わー! おいしそうななまハムずし!」
――瞬間、阿形吽形が凍り付いた。
「……生ハム」
「寿司……?」
彼らは噛み締めるようにもう一度復唱して、お互いに顔を見合わせた。
そんな彼らの心境などいざ知らず、フェアリーたちは姿勢を正して
「じゃあみんなー! 手をあわせてー!」
「はい!」
「いっただきまーす!」
「――ちょっと待てええええっ!!」
阿形がおもむろにフェアリーたちへ飛び掛かろうとして、それを慌てて吽形が抑え込んだ。
「やめろ阿形!!」
「は、離せ吽形! あれは……あれは寿司ではない!!」
「分かる! 気持ちは分かるが持ち場を離れてはいけない!!」
血眼になって飛び掛かろうとする阿形と、それを必死で抑える吽形。
二人は鳥居の前でくんずほぐれつ、大変な騒ぎである。
しかし彼女らはそんなことなどいざしらず。
小指の爪ほどのサイズの寿司を賞味して、頬をほころばせている。
「おいしー!」
「なまはむのしおけがあまいごはんとまっちして、ぜつみょー!」
「ルル、おすしだいすき!」
「それは寿司ではない!! それは寿司ではない!!」
「抑えろ阿形!!」
吽形がありったけの力を振り絞って阿形を押さえつける。
阿形は歯を食いしばり、血涙さえ流しそうな様子だ。
「ぐうううっ、それは寿司じゃ……それは寿司じゃないんだあああ……」
「お、落ち着け阿形! いいか、変わり寿司なんぞ我らがヤパーニにいた時もあっただろう! あれもその一種だ!」
「しかしあれは豚肉だ! 豚肉の寿司なぞ外道も外道……!」
「子どものやることだ! 一旦落ち着け! 気持ちはわかる! 気持ちは分かるが……」
「――はー! おいしかったー!」
「つぎのおすしはなあに?」
「えーと……あ! やったー! わたしたちのだいこうぶつ! “れいんぼーふるーつろーるすし”だよ!」
「Rainbow Fruit Roll Sushi……?」
「のるな阿形!! 戻れ!!」
もはや完全に我を忘れている阿形を吽形が必死で抑え込む。
そんな具合で取っ組み合っていると、フェアリーたちはいかにも迷惑そうに彼らを見やった。
「……ワンちゃん、ごはんちゅうにさわぐのはマナーいはんなんだよ?」
「せっかくのおすしが、おいしくなくなっちゃうよ……?」
「ち……違う! それは寿司ではない! 本物の寿司というのはシャリの上に生魚が乗った、そういうもので……!」
「シャリのうえに……」
「なまざかな……?」
フェアリーたちはお互いに顔を見合わせると――ふふっ、と鼻で笑った。
「おかしなこというワンちゃんだね!」
「なまざかななんてたべたらおなかこわしちゃうのにね!」
「だいいちおいしくないよ! そんなの!」
――これにはさすがの吽形もキレた。
持ち場のことなど知らぬ存ぜず、阿形とともに飛び出していって。
「乗れ!」
「え?」
「「いいから乗れ!!」」
有無を言わさず、地べたに座り込んだフェアリーたちを咥え上げ、自らの背中へ飛び乗らせると
「「我らが本物の寿司を食わせてやる!!」」
――そう言い残して、どこへともなく走り去っていってしまった。
そしてのちに訪れるしばしの静寂。
「……第一段階は完了だな」
静寂を破ったのはとある少年の声であった。
次の瞬間、がさりと音が鳴って、奥の茂みから一人の少年が現れる。
言うまでもない、ナルゴアだ。
これに続いて、茂みの中から次々と彼の仲間が現れる。
そこには勇者パーティ“中間管理職”の5人以外にも、大勢の人影が見受けられた。
そのほとんどはナルゴアが直接声をかけたもの、もしくは先のフェアリーのように、しじまの洞窟から召喚で呼び出した従業員たちである。
「――行くぞ皆! コボルト隊はさっそく作業にかかれ! さあ仕掛けるぞ!」
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