第62話「五人目の仲間」
「次は私の番! 休日といったらやっぱり食べ歩きだよね!」
再び場所は変わってカナルの町の大通り――通称“満腹通り”。
路肩に並ぶ種々様々の屋台の数々を目にした途端、私は思わず息を呑みました。
こんなにも賑やかな光景は、久しぶりです。
「今日は、縁日か何かなのですか?」
「えんにち?」
吸血コウモリさんが首を傾げました。
彼女の反応を見る限り、どうもそういうわけではないようです。
「あ、いえ、なんでもありません……これは全て食べ物の屋台なのですか?」
「そうだよぉ! すごいよね! どれから食べるか迷っちゃう!」
「本当アンタはよく食べるわよね、朝食からそれほど時間も経ってないのに……」
その時、きゅぅぅ、と小動物の鳴き声のような音が聞こえてきました。
私は慌てて自らのお腹を押さえます。
アルさんが驚いたような表情でこちらへ向き直りました。
「……え? サクラもしかして……」
「オーガ種は高い身体能力を誇る分たいへんな大食漢だ、オニもそうなのかもしれん」
ナルゴアさんの至極冷静な分析に、私は顔から火が出る思いでした。
だって、仕方がないでしょう!
ただでさえ私たちは燃費が悪いのに、三日近く食事を口にしていなかったのです!
そこへ、こんなにもいい匂いのする場所へ連れてこられたら……!
「なーんだ! サクラちゃんもお腹減ってるんだ! じゃあ今日は片っ端から食べ尽くしちゃおー!」
「わ、ちょ、ちょ吸血コウモリさんっ!?」
「きゅーちゃんって呼んで!」
吸血コウモリさん、もといきゅーちゃんさんが私の手を掴んで、強引に引っ張ります。
後ろの方でナルゴアさんが「……お手柔らかに頼む」と呟いていましたが、彼女にその声が聞こえていた様子はまるでありません。
「――いらっしゃいそこの綺麗なお嬢さん方! ちょっと食べていかないかい!?」
「き、綺麗なっ……!?」
「はーい! で、その料理はなあに?」
綺麗なお嬢さんという単語にしどろもどろする私はともかく、きゅーちゃんさんは全く物怖じせず屋台の中を覗き込みました。
そこには浅めの鍋で煮込まれた、目を見張るほどに赤い何かが――
「赤い、ですね……」
「そりゃあ赤いさ! なんせこれは東洋の料理の一種でな、棒餅の赤辛煮というんだ! 少し辛いけど腹にたまるし、身体もあったまるよ!」
「東洋の料理! 確かサクラちゃんはそっちの出身だったよね! これ見たことある?」
「いえ、私はこんなに赤い料理、初めて見ましたが……」
「……おじさん、もしかして私たちのこと騙そうとしてる?」
「ははは! ひ、人聞きが悪いなぁ! 東洋ったって広いんだ! それに問題は味だろう!?」
「たしかに! じゃあ二つちょーだい!」
「毎度!」
きゅーちゃんさんは代金と引き換えに、皿に盛られたソレを受け取って、突き匙とともに私に手渡してきました。
立ち上る香りに馴染みはありませんが、しかし不思議と食欲がそそられます。
ですがこの色……まるで血のようで、正直に言ってしまえば不気味です。
「あ、あの、きゅーちゃんさん、せっかくいただいたのに申し訳ないんですが、これは……」
「それなりに美味しかったよ?」
「……え? あれ!? もう食べ終わってる!」
気が付くと彼女の皿はまっさらになっていて、反対に彼女の口の周りは真っ赤に染まっていました。
まさしく吸血コウモリ、といった風情です。
もむもむと、口の中いっぱいに溜め込んだ餅を咀嚼している彼女を見ては「やっぱりいらないです」とも言えず……
「南無三!」
私はとうとう覚悟を決め、棒状に丸められた餅を口の中へ放り込みます。
――するとどうでしょう。
見た目からは想像もできない、どこか懐かしささえ感じさせる甘辛い風味が口の中に広がりました。
「これは……!?」
私は一も二もなく、残りの餅を口の中へ流し込みます。
特別美味しいというわけではありません! しかしなんでしょう、この懐かしさは!? 妙な安心感は!
もしや味噌? これは味噌が使われているのでは……!
あっという間に完食。
私はきゅーちゃんさんと並んで、赤く汚れた頬を膨らませ、もむもむと餅を咀嚼しました。
「これは……そこそこ美味しいですね……」
「そうだね~、そこそこ美味しいね~……」
「……それは褒めてるんだよな、お嬢ちゃん方?」
店主の男がまっさらになった皿を回収しながら微妙な表情で尋ねかけてきました、しかし私は答えません。
何故なら、思い出していたからです。
「昔……まだお姉ちゃんが中ボスだった頃に、ユキメさんが皆へ故郷の料理を振舞ってくれたことがあるんです」
それは、かつてのいななきの霊山の記憶。
まだ平和だった、あの頃の幸せな記憶――
「と言ってもユキメさんは火が扱えないので、私とネコマタさんが指示を受けて作ったんですけどね、確かきりたんぽ? という料理です……それに少しだけ似ていました」
「それは美味しかった?」
「……そこそこでしたよ、でもすごく安心する料理でした」
私が悪戯っぽく微笑むと、きゅーちゃんさんは何を思ったのか口の中のソレを一気に飲み下して私の手を取り――
「じゃあ次行こっか!」
「え!? も、もうですか!?」
「だってまだお腹いっぱいじゃないでしょサクラちゃん!」
「そ、そんなことは……」
嘘です。
店主は“腹にたまる料理”と言っていましたが、腹一分目にもまるで足りません。
きゅーちゃんさんはそんな私の空腹事情を見越しているのか、向日葵のような笑顔で言うのです。
「――食べ歩きはまだまだ始まったばかりなんだから! いっぱい食べないと大きくなれないよ!」
私は思わず自らの慎ましやかな胸部を押さえました。
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「やっぱり休日といったらピクニックですよね!」
きゅーちゃんさんに誘われるがまま食べ歩きを続け――本当に屋台を制覇しかけたところをアルさんたちに止められてしこたま怒られた、その後のこと。
私たちは今、カナルの町の外にある見晴らしのいい平原に腰を落ち着けていました。
ここに私たち以外の人影はありません。
よって皆さんは変装を解いた状態で、ポイズンスライムさんに至っては狭苦しい背嚢から飛び出し、気持ちよさそうに伸びをしています。
「はぁー息が詰まるかと思ったっす! 次からはもっと上手い変装を考えてくださいよナルゴアさん!」
「善処しよう」
「いい天気! 思わず走り出したくなっちゃう!」
「あれだけ食べた後でよくそんなこと言えるわね……」
彼ら四人が戯れている、その傍らで私は「うわぁ……」と感嘆の声を漏らします。
一面に広がる大草原を柔らかな風が撫で、さらさらと心地の良い音を奏でていました。
――実を言えば、私は今までほとんどいななきの霊山から出たことがありません。
ゆえに、外の世界を見て回るというのは初めての経験だったのです。
私はしばし時間を忘れて、どこまでも続く草原を眺めていました。
「サクラ、今日は楽しめたか?」
気が付くと、隣にナルゴアさんの姿がありました。
彼もまた私と同じ景色を眺めながら、どことなく楽しげな表情です。
「……とても、新鮮な一日でした」
私はゆっくりと、今日という日を噛み締めるように答えました。
「見たこともないお店に入って、食べたことのない料理を食べて……こんなにも長い一日は久しぶりです」
「そうか、それは何よりだ」
視線の先に草原で戯れる三人の姿が映ります。
それを見て、私はふとあることを思い出し――そしてナルゴアさんに尋ねました。
「ナルゴアさんは“サクラ”を知っていますか?」
「……今、話しているだろう?」
「いえ、私のことではありません、本物のサクラのことです」
ナルゴアさんは首を傾げます。
やはり、知らないようでした。
「そういう木があるんです、薄桃色の花を頭上いっぱいに咲かせる、そういう木が、私の名前はそこからとりました」
「……初耳だ」
「いななきの霊山にもサクラの木が植えられていて、時季になるとそれはもうすごいんですよ、山全体が桃色に染まるんです」
「……さぞや綺麗なのだろうな」
「ええ、それはもう、皆が満開の桜の下で花見……宴会を開くんです、ネコマタさんが歌と踊りを披露して、ユキメさんが料理を振舞って、お姉ちゃんが……」
そこで私は喉まで出かけた言葉を呑み込みました。
こんなこと話したって、意味がないからです。
だって、ナルゴアさんたちはこれから私たちのためにいななきの霊山を潰すのですから――
「……すみません、つい昔語りを……はは、忘れて下さい……」
「いつ咲く」
「え?」
「サクラは、いつ咲く」
突然の問いかけに、私は戸惑いました。
ナルゴアさんの表情は、真剣そのものです。
「ええと、春先に……今は初夏ですから、さすがにもう花は散って……」
「問題ない」
そう言って、ナルゴアさんは立ち上がります。
何が「問題ない」のですか――そう問いかけようとした時、私は見ました。
彼の瞳の中で燃える、決意の炎とも呼ぶべきソレを――
「これは、俺の元部下たちのアイデアだ、俺一人ではきっと思いつきもしなかっただろう、全く俺はいい仲間に恵まれた」
「ナルゴア……さん……?」
「そして四人で考えたこの作戦を実行するには、五人目の力が必要だ、要するにサクラ」
そこまで言って、彼はこちらに手を差し伸べてきました。
彼の瞳はまっすぐにこちらを捉え、そして――
「――いななきの霊山を救うために力を貸してくれ」
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