第6話「辞世の句」
「――ほほう!! かの悪しき魔王を打ち倒した我ら勇者一行を前に、名乗りを挙げるとは殊勝な魔族もいたものよなぁ!!」
勇者パーティ、四人の内の一人。
漆黒のローブを身に纏ったスカーフェイスの偉丈夫が、やたらでかい声で叫んだ。
いや、ホントにでかい声だった。
後ろに控える仲間たちですら、思わず耳を抑えるレベルの騒音だ。
「ちょっとグランツ! もう少しボリュームを落としてくれないかな!? 頭が割れそうだ!」
これに抗議するのは片方の手で耳を抑え、もう片方の手で身の丈よりも巨大なバトルアックスを携える鎧姿の女性。
恐らくは“戦士”だろう。
「ディアァ! なあにを腑抜けたことを! 声高らかに名乗りを挙げるのは武人の流儀ィィ!」
「キミは“賢者”だろう!?」
女戦士ディアからのツッコミが入る。
嘘だろ。
あの片手で岩ぐらいは持ち上げそうな大男、賢者なのかよ。
じゃあ、あの巨大な槍のようなものは……まさか杖か?
人は見かけによらないというが、限度がある。
そんなやり取りを見て、後ろで控えていた金髪の優男が、はんと鼻を鳴らす。
……アイツがリーダーの“勇者”か。
「名前なんてどうでもいいさ、捨て損ねたゴミが一つ、ただそれだけの話じゃないか」
「ベルンハルト殿ォ! 確かにその通りだぁ!」
「だからうるさいって!」
このやり取りの傍らで、だんまりを決め込んでいる薄汚いローブにくるまった一人はいざ知らず。
三人はもはや俺の存在すら忘れてしまったかのように、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。
あからさまに侮られていた。
そりゃあそうだ、魔王ガルヘリオス様を倒したヤツらに敵などいない。
まして殺し損ねた序盤のダンジョンの中ボスなんて。
「――しかしィ! 我は彼の蛮勇に敬意を表したいッ!!」
と思っていたら、おもむろにグランツがこちらを指した。
「彼は身を挺したのだッ!! 自らの部下を守るために!! 負けることが分かっていてなお我らに挑む!! なんと涙ぐましい努力かァ!!!!」
「だから、うるさいっての!」
「しかるにィ! 我々は彼の矜持に報いなければならないッ!! 全身全霊をもって、その魂を滅さねばならんのだァ!!」
グランツが巨大なスタッフを振るい、これを地面に突き立て、俺の前に立ちはだかる。
ふむ、さながら仁王。賢者とは思えない威圧感だ。
しかし後方支援であるはずの賢者が一番槍とは……ずいぶんと舐められたものだな。
「貴様ッ! ナルゴアと言ったなァ!」
「そうだ」
「身を挺して部下たちを守った勇気は認めよう! だが相すまぬ! 魔族とはすなわち穢れた魂! 魔族である以上、貴様が命を賭して守ったソレも我々は滅さねばならぬゥゥ!」
俺はぴくりと眉を吊り上げる。
「……要するに、俺を倒したら次はダンジョンのモンスターを根絶やしってか」
「然りィ!!」
「……一応聞いておくが、降伏は」
「ならぬゥ! 魔族は一匹たりとも生かしてはおけぬゥ!!」
……弱者への蹂躙を、こうも堂々と宣言するとは。
まったく、勇者とはよく言ったものだ。
「さて話は終わりだァ! 戦場に余計な言葉はいらぬ! ただ滅するのみ!! いざ! いざァ!」
誰よりも無駄口の多かったグランツが、スタッフを高く掲げ、詠唱を開始する。
これにより、周囲一帯の温度が変わった。
大気中のマナがヤツの直上に集まり、そして――特大の火球を作り上げる。
「グランツ!? あの程度の相手に極大魔法なんて無駄遣いが過ぎるよ!?」
「これは我が最大級の敬意ィ!! あらゆるものを蒸発させる黒き太陽にて、穢れた魂を滅するのだァ!!」
無尽蔵に振りまかれた熱気が収束し、グランツの頭上に集中する。
……ブラックフレアか。
70レベルオーバーの賢者が習得する、伝説級の魔法。
なるほどタダの脳筋ではないらしい。
たとえ魔王ガルヘリオス様ですら、アレを食らえば無事では済まないだろう。
「さあ、覚悟はいいかァ!」
グランツが魔法の詠唱を完了させ、声高らかに言う。
ディアとベルンハルトもやれやれと言った具合に肩をすくめるだけで、誰一人疑っていなかった。
あの黒き太陽が、次の瞬間には俺の身体を跡形もなく蒸発させてしまうことを。
――ただし、俺を除く。
「……辞世の句を」
「好きにしろォ! 三秒だけ待ってやろう!!」
「――ずいぶんと変わった辞世の句だな」
「は?」
グランツが間の抜けた声をあげる。
そして次の瞬間、勇者一行はソレに気付いた。
グランツが作り上げたブラックフレアの更に上、俺の召喚した二つの手が待機していることに。
「……? なんだあの手は……」
「――ッ!? グランツ! 早くブラックフレアを解除しろ!!」
ベルンハルトがこの異様な気配を見て取って叫ぶ。
さすが勇者サマ反応が早い。
だが、所詮レベル70ではその程度が限界だろう。
もう遅い、俺の召喚した手はすでに“詠唱”を終えた。
二つの手が空中に黒い魔方陣を出現させ、そして俺は小さく呟く。
「――グラビトン」
「へっ……あばぁっ!?」
瞬間、グランツの頭上から凄まじい重力波がのしかかる。
まず初めにグランツの巨躯が地面にめり込み、彼は血のあぶくを吐き出す。
そして間もなく、身動きの取れない彼の頭上へ落ちてくる小さな太陽――
「ま、まて……!」
彼の最期の言葉は、まるで蚊の羽音のように小さな呻きだった。
黒い太陽が、彼の言葉通りにあらゆるものを蒸発させてしまったのだ。
彼のか細い悲鳴も、そして彼自身も。
「なっ……!?」
戦士ディアと勇者ベルンハルトが驚愕を露わにする。
そんな彼らを眺めながら、俺ははぁと一つ深い溜息を吐いた。
「……そういえば、お前らにはまだ、さっきの問いの答えを聞いていなかったな」
……まったく、だから俺は中ボスなんぞを務める器ではないと言ったのだ。
だって、ありえないだろう?
「降伏はするか?」
――上司より強い部下なんて。





