第57話「オーバー」
再び中ボスの間。
「――なっ!? サクラ!? 何故勇者パーティにサクラがおるのじゃあ!?」
遠見の魔術によって高みの見物と洒落込んでいたセンリは、例の気取った喋り方も忘れて仰天した。
それもそうだろう。
ある日突然、なんの前触れもなく姿を消した従業員が、どういうわけか敵の側に立って戻ってきたのだ。
「ど、どういうことじゃ! まさか……謀反!? 何故じゃ! ワシのダンジョン運営は完璧だったはず……!」
センリは頭を抱えて唸った。
何を隠そう、彼女は不測の事態というものに対して非常に弱い。
そうしてひとしきり唸ったのち――はたと、彼女の姉の存在に思い至る。
「そ、そうじゃモミジ! 早まるでないぞ――」
しかし、時すでに遅し。
彼女の周囲からモミジの姿は消えていた。
……行ってしまったのだ。
「あああ!! まったく、人と言うのはどうしてこうもままならんのじゃ!!」
この事態はいとも容易くセンリの狭いキャパシティを超えてしまい、彼女はがしがしと栗毛色の頭を掻き毟った。
そしておもむろに懐から一枚の木の葉を取り出すと、ある魔術を付与して――叫ぶ。
「――ぽんぽこりん! ワシじゃセンリじゃ緊急事態じゃ! 四天王はすぐさま一の鳥居に向かい、モミジを止めてこい!」
彼女の声は魔力の宿った木の葉を通じ、いななきの霊山全土に響き渡った。
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「サクラ様! 何故!」
「何故勇者の側に立っているのです!?」
「姉上様は大層心配しておられたのに……」
「お答えください! サクラ様!」
「あ、その、私は、そうじゃなくて……」
コマイヌの二人が、交互にサクラを責め立てる。
当のサクラはといえばまともな言葉も喋れずに、戸惑うばかりで……
「まさかサクラ様、謀反を――!」
――これ以上は予断を許さない。
「こい!」
俺は千手を呼び出して、その巨大な掌でサクラを握りしめた。
もちろん、ある程度の力加減をした上で、だ。
「あ、ぐぅっ……!?」
「サクラ様!」
「小僧! 貴様何を!」
「――見ての通りの人質だ、薄汚い魔族とはいえ身内を失うのは惜しいだろう?」
“薄汚い魔族”のワードを口にした瞬間ちくりと心が痛んだが、耐える。
万が一にでも俺たちが魔族とバレるわけにはいかず。
彼女もまた、俺たちにダンジョン攻略の依頼をしたことがバレてはいけない。
となれば、選択肢は一つ。
「偶然捕らえた魔族を人質にして、ダンジョン攻略の足掛かりとしようとする卑劣な勇者パーティ」を演じるしか――
「なんたる外道!」
「神をも畏れぬ所業だ!」
「発言には気を付けたほうがいい、俺の手はあまり加減ができないからな」
「うぐぅ……っ!」
サクラが苦しげに呻いて、コマイヌたちは一斉に口を閉ざした。
重ねて言うが、手に込めた力は加減している。
「(……皆、多少予定は狂ったがこのまま乗り込むぞ)」
「(自分らすっかり悪者っすね)」
「(コマイヌさんたち、すっごい睨んでるよー)」
「(仕方ないでしょ! ああ、こんなことなら口も縛っておくんだったわ!)」
「(過ぎたことを言っても仕方がない、それに、これ以上はボロが出るかもしれん、早々に鳥居をくぐって中へ……)」
と、その時、背中にぞくりと謎の悪寒が走る。
これは――殺気だ。
「――鳥居の上に誰かいる!」
俺たちの中で最も動物的勘の鋭いきゅーちゃんが、一の鳥居を見上げて叫ぶ。
阿形吽形も含め、俺たちは咄嗟に頭上を見上げ、そして夕焼け色に染まる彼女を見た。
「おおっ!」
「モミジ様が来てくれたぞ!」
――鳥居の上に立つのは、黒髪を後ろで結い上げた少女であった。
きめ細かく白い肌、華奢な身体。
そしてその手に携えた長刀と、身に纏う甲冑。
彼女は刃物のように鋭く、冷たい眼光でこちらを見下ろしている。
「おねえ……ちゃん……?」
千手で締め上げたサクラがか細い声で言い、その直後、“モミジ様”と呼ばれた彼女は鳥居から飛び降りた。
着地の衝撃で土埃が舞い、黒髪が躍る。
夕焼けを受けて茜色に輝く、なんらかの“葉”を模した髪飾り、そして紅い角。
そうか、彼女はサクラの話にあった、元中ボスの姉――
「……西洋人どもは、まっこと礼儀を知らん」
モミジが黒々とした瞳でこちらをねめつけてくる。
眼の下には、べっとりと濃いクマが貼りついていた。
「拙者はオーバー280、いななきの霊山四天王が一人、夜行のモミジでござる、そして名乗りをあげたからには――」
モミジが長刀の切っ先をこちらへ向けてくる。
「――生かして帰さん」
彼女の吐き出す言葉には、静かな怒りが乗っていた。
肌で感じられるほどの凄まじい殺気……無理もない、妹が人質に取られているのだ。
これは是が非でも、早々にダンジョンを攻略して、サクラを解放するしか……
一体どのようにしてこの場を切り抜けるか思案していたところ――またも新手だ。
「――ニャッ! も、モミジ様、見つけたにゃあ!」
「モミジ、探した、持ち場離れたら、よくない……」
鳥居を抜けて駆け寄ってくる二つの人影。
一人は頭頂部から猫の耳を生やし、二叉に分かれた尾を持つ女性。
もう一人は白装束を纏った、病的なまでに蒼白の女性だ。
「み、みんな……」
「ニャニャッ!? サクラ様!? これどーいう状況ニャ!?」
「サクラが人質にとられた、加勢するでござる、この無作法者どもに誅罰を」
「それは大変、加勢、する……」
あとに駆けつけた二人が臨戦態勢をとり、こちらと相対する。
「ウチはオーバー300! 四天王が一人、不退転のネコマタ! サクラ様は返してもらうにゃあ!」
「私、オーバー260、四天王が一人、冷徹のユキメ……」
いよいよオールスターである。
まさかダンジョンの入り口に幹部連中が大集合とは、当初の予定とは狂いに狂ってしまった。
だが……
「――攻略は依然進行中だ、ここでいななきの霊山四天王を撃破し、そのまま中ボスの間まで直行する」
「ふん、まあ面倒がなくて分かりやすいわ、まだドロツカミは咲かせられるわよ」
「私も、そろそろ身体あっためておきたいしね!」
「(一応ですけど、自分もいるんで忘れないでくださいっす)」
そしてこちらも臨戦態勢。
空気が張り詰め、まさに一触即発だ。
そんな中、俺はモミジに一つ問いを投げかける。
「……戦う前に一つ、聞いておきたいことがある」
「なにか」
「お前らが決まって口にする、オーバーとは一体なにを指している?」
これを受けて、モミジは一瞬呆気にとられたような表情になったが、やがてすぐに殺気のこもった眼光を取り戻し
「なにを聞くかと思えばこれはまた、存外くだらぬことを聞く――よかろう、オーバーとはすなわち、我らが主への忠誠心、無償の奉仕を数値であらわしたものである」
「無償の、奉仕……?」
こちらを嘲笑うかのようなモミジの口調に、ピリ、と脳に弱い電流が走るような感覚を覚える。
「え、それってもしかして、サービス残ぎょ……」
アルラウネがそこまで言いかけたのと、モミジが踏み込んだのはほとんど同時だった。
爆発じみた踏み込み、振り抜いた長刀がぎらりと鋭い光を返した――その刹那。
「なっ!?」
俺の千手が拳を作り、目にも留まらぬ速さで鉄槌となって振り下ろされ、石畳を叩き割った。
「にゃっ!?」
「わっ……!?」
あまりの衝撃が大地を揺るがし
、モミジをはじめとした四天王たちは、大きく体勢を崩してしまう。
しばしの静寂。
「な、ナルゴアさん……?」
きゅーちゃんが恐る恐るといった風に俺の名を呼びかける。
皆が俺に注目していた。
まるで得体の知れない、何か恐ろしいものでも見るような目で。
「……気が変わった、帰るぞ皆」
俺は千手を従え、踵を返す。
「き、貴様、逃げるつも……」
モミジがそこまで言いかけて、俺の全身から発散される怒気を見て取ったのか、口をつぐんだ。
俺はゆっくりと振り返って、怒りを押し殺した低い声で宣言する。
「――計画変更だ、このダンジョンは本気で潰すことにした」
ああ、こんなにも腑が煮えくりかえったのは、いったいいつ振りであろう。
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