第56話「阿形、吽形」
いななきの霊山最奥部、社殿――中ボスの間にて。
「阿形吽形に反応アリ……ふふん、またカモがやってきたみたいね」
いななきの霊山中ボス――センリは妖艶に唇を歪めて、手鏡へ魔力を注いだ。
途端に鏡面が揺れ、やがてある風景を映し出す。
遠見の魔術だ。
「ほら、モミジもこっちに来て見なさい」
「……では失礼して」
モミジと呼ばれた少女は、センリの言う通りに彼女の傍までやってきて手鏡を覗き込んだ。
手鏡には映るのは少年一人に女性が二人。
加えてもう一人……つば広の帽子を目深にかぶり、外套を羽織っているせいで素顔は分からないが体つきからしてきっと女だろう――と、モミジは推測する。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……四人ね、んふ、重畳重畳、飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことよのう……」
「センリ殿、その、喋り方が」
「あ」
モミジに指摘され、センリは途端に顔を真っ赤にした。
「いけないいけない、私ったらまたイモ臭い喋り方を……ん゛んっ、ノープロブレム、何も問題はないわ」
「……左様でござるか」
モミジはどこかそっけなく言う。
これを見て、センリはふうと深い溜息を吐いた。
「はぁ、あなたまだ妹のことで落ち込んでるの?」
「いえ、そんなことはござらぬ、ござらぬが……」
「私にも姉がいるけど、きっと私のことなんてとうに忘れてるわ、あなたはいいお姉さんね……ま、いつかひょっこり戻ってくるわよ」
「……かたじけない」
「ふん、そんなことより今はこっちに集中することね」
そう言って、彼女らは手鏡に視線を戻す。
「――さ、お手並み拝見といこうじゃない」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その威風堂々たるさまは、犬というより獅子である。
彼らは強靭に発達した四本の脚で大地を踏みしめ、高みよりこちらを見下ろしている。
ぎょろりと剥いた眼、荒ぶる炎のように逆巻く体毛。
「……あれがいななきの霊山の門番」
サクラが目深に帽子をかぶり直しつつ言った。
「コマイヌの阿形と吽形、レベルは11です」
「コマイヌ……やはり聞いたことのないモンスターだ」
俺は二対の獅子を見上げる。
犬に門番とくれば、初めに思い浮かべるのは地獄の番犬ケルベロスだが、それとはまた異なった系統らしい。
なんというか、彼らからはある種の神聖さを感じる。
「信仰なき者どもよ」
「名を名乗れ」
二対のコマイヌが言葉を引き継ぎながら問いかけてくる。
これに真っ先に答えたのはきゅーちゃんだ。
「私、武闘家のきゅーちゃん!」
「え、これ毎回やるの!? わ、私は魔法使いのアル!」
「俺が召喚術師にして勇者のナルゴアーーそして」
俺たちは同時にサクラの方へ振り返る。
「えっ……えっ!?」
「(……早く名乗りなさい、怪しまれるわよ)」
「――わっ、わわわ、私は剣士のあっ、アサガオ!」
「四人で勇者パーティ“中間管理職”だ」
というわけで、新生・中間管理職である。
コマイヌたちはほとんど同時に「ふうむ」と鷹揚に頷き。
「中間管理職か」
「了承した」
どうやら納得してくれたようだ。
サクラの変装がバレた気配もない。
まぁ変装と言っても、つばの広い帽子をかぶり、甲冑の上から外套を羽織っているだけだが。
「して、中間管理職」
「勇者パーティと言うからには」
「このいななきの霊山を攻略するつもりか?」
「先刻やって来たあの勇者たちのように」
あの勇者とは恐らく“暁の小舟”のことだろう。
「そうだ、そのために来た」
「なるほど、では」
「忠告しておこう信仰なき者どもよ」
「はっ、陳腐な台詞ね、悪いけど今更脅かされたって退く気はないわよ」
アルラウネが鼻で笑う。
するとコマイヌたちは顔色一つ変えずに。
「――鳥居をくぐる前には」
「――帽子を脱げ」
実に厳かな口調で、そう言ったのであった。
これには俺もアルラウネもきゅーちゃんも、そしておそらく軍曹も、一瞬固まってしまう。
そして俺たちが何を言われたのか理解するよりも早く、彼は更にまくし立てた。
「帽子を脱いだのちには」
「必ず一礼」
「そして当然、鳥居をくぐる際には」
「中央を歩いてはいけない」
「鳥居をくぐったのちには」
「お手水で手を清めるのだ」
淡々と並べられる謎の要求。
というより、これは何らかの……マナーか?
挑発のひとつでも飛んでくるものだと思っていたばかりに、すっかり拍子抜けしてしまった。
「……通してくれるのか?」
「いや、むろん我々にはこの鳥居を守る義務がある」
「どうしても通りたければ我々を倒してからだ」
「とはいえ万が一にでも我々が敗れてしまえば」
「誰も貴様らに正しい作法が教えられない」
「だから一応、先に伝えておいた」
「肝に銘じておけ」
彼らの発言を訝しんでいると、サクラ――もといアサガオが俺たちにだけ聞こえるよう、耳打ちをしてきた。
「(コマイヌのお二人はいななきの霊山でもとりわけ信心深い方々で、礼儀作法をなにより重んじます)」
「(それはまた律儀と言うかなんというか……)」
「――そんなのどっちでもよくない?」
きゅーちゃんの不用意な発言に、コマイヌの二人がびきりと顔を強張らせた。
「どっちでもいい……だと!?」
「なんたる傲慢だ信仰なき者よ!!」
「えー、だってそんなことしたって意味ないよぉ」
「な、なんということを言うのだ貴様!!」
「ここは神域であるぞ!! 罰当たりめ!」
「うーん、じゃあ別の入り口探して入ろっかなぁ」
「喪中の者以外は必ず鳥居をくぐれ!!」
「それが作法だ!!」
交互に吼えたてるようにぎゃんぎゃんとまくし立ててくるコマイヌ二人組。
腹の底まで響くような低い怒声を浴びせかけられて、初めに痺れを切らしたのはアルラウネであった。
「ああもう、分かったわよ、お辞儀でも手洗いうがいでもなんでもやってやるわよ」
アルラウネは杖を一振り、彼らの前に歩み出て
「あんたたちをさくっと倒して、その後でゆっくりとね」
「……その意気や」
「良し!」
二対のコマイヌが飛び上がり、がぱりと大きく口を開いた。
口中に炎が渦巻いて、ぐるりと捻転して球体となり、射出される。
植物妖魔であるアルラウネにとって炎とは最も苦手とするところ、しかし――
「――いつまでも炎の苦手な私じゃないのよ! ブルーム!」
アルラウネが杖の先で、かぁんと地面を叩く。
すると彼女の魔力に反応して石畳がひび割れ、急速に成長した植物がアルラウネの前に現れた。
ずんぐりとした瓶状の器官をもつ植物――ミズガメカズラである。
「ぬう! これまた奇天烈!」
「妖術のたぐいか!」
「そんな野暮ったいものじゃなくて、もっとボタニカルでフレグランスな何かよ!」
飛来した火球がミズガメカズラに直撃。
すると、ミズガメカズラはその瓶状の器官から大量の“水”を吐き出した。
溢れ出した水は圧倒的質量をもって周囲を水浸しにし、あっという間に炎を消し止めてしまう。
一応説明しておこう。
ミズガメカズラはその瓶状の器官に大量の水分を溜め込むことで、一種サボテンのように、干ばつに強い耐性を手に入れた植物だ。
貯水性が非常に高く、また瓶の中の水は痛みにくいので、冒険者たちには救いの植物として有難がられているとか。
「さすが大口を叩くだけはある」
「これほどの兵に名乗りを上げんのは、礼儀に反する」
「では改めて名乗ろう、我は阿形、レベル11のオーバー150」
「我は吽形、レベル11のオーバー150」
彼らの名乗りに、俺は人知れず眉をひそめた。
……“オーバー”とはなんだ?
あとに数字がくっついていることから鑑みるに、おそらくなんらかの数値を示しているのだろうが、俺はそんなもの寡聞にして知らない。
アルラウネたちも……どうやら知らないようだ。
とすると、これは彼らの故郷であるヤパーニとやらの慣習?
それともこのダンジョン独自の、なんらかの基準なのか?
俺が逡巡していると、アルラウネははんと鼻で笑って
「ご丁寧にどうも、まぁ多分その名を呼ぶことは二度とないでしょうけど」
「なん」
「だと?」
「これでおしまいってことよ、ブルーム」
アルラウネがこぉんと石畳を杖で叩く。
するとどうだ、濡れた地面からしゅるしゅると、無数の蛇のようにねじくれたツタが伸び上がってきたではないか。
このツタはあっという間に成長し、コマイヌたちの全身を縛り上げてしまう。
「ぬううっ!?」
「なんだこれは!?」
「ドロツカミ、湿地帯に生える植物ね、地面が濡れたおかげで咲かせることができたわ」
「なんと面妖な!」
「こんなもの引き千切って……」
「無理無理、ドロツカミの繊維は伸縮性が高くて強靭なの、乾燥すると崩れちゃうのが欠点だけど……まぁしばらくはそのまま転がっててもらうわ」
「不覚……そして見事……!」
「進むがいい信仰なき者どもよ……!」
身動き一つとれなくなった阿形吽形は地面にその身体を横たえ、悔しげに言う。
「す、すごい! あの二人を赤子扱いだなんて……!」
サクラが興奮気味に言う。
アルラウネも満更でない様子だ。
敵を傷つけずに無力化することにおいて、彼女の植物を操る能力はこの上ない。
さあ、改めて攻略を再開しよう――
皆がそう思って歩みを進めようとした、その時である。
「――だが、帽子は外せ!」
一瞬の油断。
その隙を突いて、おもむろに阿形が咆哮し、これによって発生した衝撃波がサクラの帽子を吹き飛ばした。
「えっ……!?」
「なっ!? まずい!」
ふわりと宙を舞う彼女の帽子。
サクラが慌てて顔を隠そうとするが、時すでに遅し。
地面に転がされたコマイヌ二人が、ぎょっと目を丸くして叫んだ。
「「――サクラ様!?」」
……これ、相当ヤバくないっすかぁ。
背嚢の中の軍曹が、震える声で呟く。
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