第55話「入山」
カナルの町を出立し、見晴らしのいい街道を辿ることしばらく。
やがて道が途切れ、人気がなくなり、周囲に立ち並ぶ木々が馴染みのないものに変わり始めたことに気付くと、その直後、ソレはさながら蜃気楼のように、俺たちの目の前に姿を現した。
そこら中に生い茂った珍奇な植物に目を奪われていたせいでそう感じるのか、それともなんらかの魔術的隠蔽が施されているのか、それは定かではない。
どちらにせよ、俺たちはソレを前にして、はっと息をのんだ。
「ここが……」
「ええ、ここが私の職場」
サクラはいつになく神妙な顔立ちで、噛みしめるようにその名を口にする。
「攻略推奨レベル15――いななきの霊山です」
それは、なんとも幻想的な光景であった。
夕焼けに照らされる勇壮なる御山――なんとダンジョンだ。
切り開いたわけではない、さりとて全く手を加えていないわけでもない。
人工のダンジョンと天然の山が融合し、まるで初めからそうであったかのように、いななきの霊山を成しているのだ。
「これは驚いた……」
自然と溜息が出てしまった。
俺は寡聞にしてこのようなダンジョンを知らない、いや、発想自体がなかったと言うべきか。
このダンジョンからは、そこはかとない異文化の匂いを感じる。
とりわけ目を惹かれたのは、見上げんばかりに巨大な赤い門のようなもの。
これが勇壮なる御山の山肌をなぞるようにしてずらりと並び、俺たちを誘っている。
「九十九鳥居です、常世と幽世を分け隔てるものとされています」
「では、さしづめここはあの世とこの世の境目か、なかなか洒落ているな」
「鳥居はそのまま山の頂上、中ボスの元まで続いておりますが、途中に四天王の守護する区画がございます、衝突は避けられないかと」
「四天王!?」
突然きゅーちゃんが声を張り上げた。
心なしか、目が輝いている。
「四天王って……これまた随分と大きく出たわね」
「いいっすねえ、自分も子どもの頃はそういうの憧れたもんすよ」
例のごとく、俺の背負った背嚢の中で軍曹が言う。
しかしサクラは、どこかばつが悪そうに。
「あ、でも四天王と言っても、今は三人です、一人は、その、胃穿孔で……」
「……夢が壊れました、さっさと行きましょナルゴアさん」
「まあ待て……ちょっと皆、集まってほしい、ああ、サクラはそのままで」
「……?」
俺はしじまの面々を呼び寄せ、小さな輪を作る。
輪の外で首を傾げるサクラには悪いが、ここからは社外秘だ。
俺は声を押し殺して、三人にだけ聞こえるように。
「……はじめに言っておく、お前ら絶対に本気は出すなよ」
「……言われなくても分かってるわよ、そんなの」
「そうっすよナルゴアさん、いくらなんでも……」
「え? 本気出しちゃダメなの?」
俺たちの視線を集めながら、一人きょとんとした表情のきゅーちゃん。
……やはり念のためミーティングの機会を設けた甲斐があった。
「いいかきゅーちゃん、俺たちの立場はひじょーに微妙なんだ、例え話なんだが、他のダンジョンの連中が徒党を組んでしじまの洞窟に攻め込んできたらどうする?」
「えーと、ぶっ殺す!」
「……うむ、意気込みは素晴らしいんだが、そうだな、俺の聞き方が悪かった、しじまの洞窟に攻め込んできたら、どうなる?」
「えーと……気まずくなる?」
「懲・戒・免・職・だ!」
「それはすごく気まずい!」
きゅーちゃんが仰天する。
俺はかつての自らの教育不足を実感し、軽く落ち込んだ。
「さすがにもう俺の籍は残っていないだろうが、お前たちは違う、もしも魔王軍をクビになんぞなってみろ」
「行きずりの旅人を襲うフリーのモンスターにでもなるか、じゃなけりゃ、完全に人間のフリをして人間の町で細々暮らすのが関の山っすね」
「まあ、なんにせよマトモな職にはつけないでしょうね」
「ということは、ニート!? お母さん泣いちゃう!?」
きゅーちゃんが驚愕の声を上げる。
……理解してもらえたようで、なにより。
「だから、万が一にでも魔族であるとバレるわけにはいかないんだ、あくまでそこそこの実力を持った勇者パーティとして振る舞い、ダンジョンをさくっと攻略する、これがベストだ」
「すごい! ナルゴアさん頭いい!」
パチパチパチ、ときゅーちゃんが拍手で俺を称えてくる。
……あまり嬉しくない。
「とはいえ、向こうの攻略推奨レベルは15、俺はともかく、お前たちのレベルを考えればさほど心配はないと思うが……」
「油断は禁物っすよナルゴアさん」
「……すまん、俺としたことが気を抜きすぎた」
「ま、とりあえずそんな感じで、さくっとやっちゃいましょ」
「しまってこー!」
ミーティング、終了。
「すまんサクラ待たせたな」
「い、いえ、構いません、では行きましょう」
「ああ」
かくして、俺たちは大きく口を開けた一の鳥居へ向かって、歩を進めて――
「止まるが良い」
「信仰なき者どもよ」
そして、阻まれた。
……さっそく、手厚い歓迎だ。
「我らこの山の門番なり」
「神域を守る者なり」
俺たちの前に立ちふさがったのは、摩訶不思議、お互いに言葉を引き継ぎながら喋る、二対の犬であった――
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