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中ボスさんレベル99、最強の部下たちとともに二周目突入!  作者: 猿渡かざみ
第二章 攻略!ブラックダンジョン編
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第54話「安宿での一幕」


「オーガ、レベル19、仲間内での愛称はサクラ、得物は長刀、いななきの霊山に所属……」


 そこまで言ったところで、ちょいちょい、と後ろから袖を引っ張られた。

 振り返ってみると、俺の背後には黒髪の少女の姿がある。


 どこか幼さの残る顔立ちから察するに、歳の丈は16,7と言ったところか。

 滑らかな黒髪は背中まで届いており、頭のてっぺんには彼女の愛称の由来になったという、花を模した髪飾りがある。

 きめ細かく白い肌、華奢な身体、それらとは不釣り合いに無骨な甲冑と、長刀。

 しかしなにより目を惹くのは、彼女の額から突き出た二本の紅い角である。


 さて、黒髪の彼女は潤んだ瞳でこちらを見上げて


「あの……私オーガではなくオニです……正確には違うんです……」


「ああ失敬、皆、先ほどの発言には誤りがあったようだ、訂正する、彼女はオーガでなくオニ……」


「どっちだっていいわよ、そんなの」


 ベッドに腰掛けたアルラウネがぶっきらぼうに言い、サクラがびくりと肩を震わせた。

 彼女は俺の小さな背中になんとか自分の身を隠そうと必死だ。


 ――ここはとある安宿の一室。

 遡ること一時間前、俺たちはオニのサクラを即座に拘束し、路地裏での追跡劇は幕を閉じた――はずだったのだが、いかんせん俺たちは(というかアルラウネが)目立ちすぎてしまった。

 騒ぎを聞きつけた野次馬に自警団。

 このままではマズイと、ひとまず最寄りの安宿にサクラを運び込んで、今に至る。


 しかしどうやら彼女、しじまの面々(というかアルラウネ)による追跡がよほど恐ろしかったらしく、もうかれこれ一時間、俺の背後で兎のように震えている。

 その結果が一時間かけてようやく聞き出すことができたのが簡単な自己紹介程度のもの、という始末だ。

 きゅーちゃんに至っては早々に飽きてしまったらしく、天井からぶら下がって、退屈そうに身体を揺らしている。


「結局さー、サクラちゃんはどうしてナルゴアさんを攫ったのー?」


「それは、その……」


 彼女は消え入りそうな声で言って、すぐに口ごもる。


「ほら、アル姐さんが脅かすもんだから、怯え切っちゃってるじゃないっすか」


「脅かす? 誘拐犯に対して優しすぎるぐらいだと思うけどね」


「うう……」


「こらアルラウネ、気持ちはわかるが少し抑えてくれ、話が進まない」


「な、なによ、ナルゴアが攫われて、私だって本気で心配したのに……」


 アルラウネは口を尖らせて、いかにも不満げだ。

 気持ちはありがたいが、今はこちらが先決である。


 俺はゆっくりと振り返って彼女の目を見た。

 彼女もまた潤んだ瞳でこちらを見つめ返してくる。


「ごめんなさい、その、私……」


「いや、気にするな、サクラ……でいいか?」


「はい……」


「サクラにも何か事情があるのだろう、さっきの件に関して俺はもうサクラを咎めるつもりはない……だが、彼女らはかけがえのない俺の仲間だ」


 俺はまるで子供にでも言い聞かせるよう、努めて穏やかな口調で言う。


「突然こんなことがあれば取り乱してしまう彼女らの気持ちも理解してくれ、その上で訳を話してほしいんだ、そうすれば彼女らもきっと理解してくれる」


「……」


 サクラはしばらく何かを考え込むように目を伏せると、ややあってきゅっと口を結ぶ。

 そして俺の陰から飛び出すと、彼女は俺たちを見渡せる位置まで飛び出して――深々と頭を下げた。


「先ほどはすみませんでしたっ! あんなことをしておいて虫のいい話とは思いますが、実はあなたがたに折り入ってお願いがあったんです!」


 そして彼女はまっすぐとこちらを見据え、ようやくその“お願い”とやらを口にする。


「――私の、いえ、私たちのダンジョン! いななきの霊山を攻略してほしいのです!」


「ダンジョンを……」


「攻略してほしい?」


「なんで?」


 軍曹、きゅーちゃん、アルラウネが順番に言葉を引き継いで、同時に首を傾げた。

 俺もまた彼女の意図が分からず首を傾げる。


「ダンジョンを……攻略してほしい? それは一体どういうことだ?」


 例えば人手不足による応援要請ならば話は分かる。

 しかし彼女は“攻略”してほしいと言っている。

 それはすなわち、同業者である俺たちに頭を下げて「自らの職場を潰してほしい」と頼むようなものだ。


「……昔、私たちのご先祖様が極東の島国――ヤパーニからこの地へ流れ着き、当時の魔王様と交渉して、いななきの霊山というダンジョンを作り上げました」


 俺たちの疑問に答えるように、彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「島国の気質……というべきでしょうか、我々は争いを好みません、ゆえに無暗に人を襲うこともなく、時には人と助け合って、すぐにこの地に受け入れられました、平和に……平和にやってこられたのです、二年前までは……」


「……二年前に何があった?」


「一人の魔族の女が、やってきました」


 サクラの表情が険しくなる。


「……彼女は手負いでした、立っていることが不思議なくらいの満身創痍です、そして彼女は息も絶え絶えに、自らを“センリ”と名乗りました」


「センリ……?」


 その言葉の響きに俺は眉を吊り上げる。

 ……いや、まさかな。

 そんなことよりも今は彼女の話だ。


「そして彼女は突然こんなことを言ってきたのです、“いななきの霊山を明け渡せ、そして私をこのダンジョンの中ボスにしろ、さもなくば実力行使も辞さない”……と」


「……なにその滅茶苦茶な要求」


「それで? サクラちゃんたちはどうしたの?」


「もちろんそんなこと受け入れられるはずがありません、少々手荒な真似をしてでも彼女を追い返そうと応戦しました」


「そりゃそうっすよね、そんなどこの馬の骨とも分からないヤツに……」


「――そのどこの馬の骨とも分からない女に、私たちは負けてしまったんです」


 サクラの言に俺たちは息を呑んだ。

 一転して、緊迫した空気が流れる。


「いななきの霊山の攻略推奨レベルは15……って話だったわよね?」


「ダンジョンとしては下……にしたって単身、しかも手負いでダンジョン一つ攻略するなんて……」


「……それで、そのセンリとかいう女は」


「当時中ボスであった私の姉に代わり、現中ボスに……」


「乗っ取りなんて、あんまり穏やかな話じゃないね」


 普段マイペースなきゅーちゃんでさえ、事態の深刻さを感じ取って表情を引き締めた。


「でも、なにはともあれそれだけ強い魔族が今の中ボスなんでしょー? 酷だけど、そっちの方がダンジョンとしては正しい在り方なんじゃないかなぁ」


 確かに、きゅーちゃんの言も一理ある。

 乗っ取られた方としてはたまったものではないが、大きな目で見ればこれによって“いななきの霊山”の攻略難易度が飛躍的に向上した、という見方もできる。

 しかし、サクラはふるふるとかぶりを振って


「あんなのが正しいダンジョンの在り方だとは、私には到底思えません……! あの人のやり方は常軌を逸してます……!」


「しかし、だからといって俺たちをけしかけてダンジョンを攻略させるというのはやりすぎだ、しかるべき手順を踏み、魔王城(ほんしゃ)へ申し立てするのが正規の……」


「……試しました、何度も、でも音沙汰がありません」


「そうか……」


魔王城(ほんしゃ)の腰が重いのは百年経っても変わらないわよ、ナルゴア」


「それに指摘された通り、実際いななきの霊山の攻略難易度は飛躍的に向上したんです。……食堂で二人組の勇者パーティを見たでしょう?」


「ああ、暁の小舟、レベルアベレージ30の中堅パーティだが……」


「……ご存知の通り、駄目でした、このように実績を出している以上、魔王城(ほんしゃ)は動いてくれません……」


「そりゃ厄介っすね……」


「――今のいななきの霊山は間違っています! それを分からせるには一度勇者パーティに攻略されるしかない! だからお願いです!」


 サクラは震える声を張り上げて、もう一度深々と頭を垂れる。


「ダンジョンを抜け出した私は、偶然にもハルピュイアの里でのあなた方の戦いを目にしました! もう今のいななきの霊山を攻略できるのはあなたたちしかいないんです!! お願いです! かつてのいななきの霊山を取り戻してください!」


 ――それは、どこまでも真摯な願いであった。

 もしもこれが、職場への復讐などを目的にしたものであったのなら、俺たちはこの懇願をにべもなく断っていたであろう。

 しかし彼女の目を見れば、声を聞けば分かる。

 彼女は本気で自らの職場を、そして自らの仲間たちを想っているのだ。

 それはまるでかつての俺や、部下たちを見ているようで――


「アルラウネ」


「なによ、ナルゴア」


 彼女はどこか呆れたように投げやりな口調で応える。


「お前はいななきの霊山というダンジョンを知っているか?」


「……さあ、私は今日初めて聞いたわ」


「私も知らなーい」


「軍曹は?」


「……はぁ、すみません、不勉強なもので」


「そうかそうか、恥ずかしながら俺も知らない」


 俺の言葉を受けてアルラウネはやれやれと肩をすくめ、きゅーちゃんはにんまりと笑い、軍曹は「仕方ないっすね」と一つ伸びをする。

 ただ一人、俺たちの会話の意味が分からずきょとんとした表情を晒すサクラに向かって、俺は言った。


「まったく、かの大迷宮しじまの洞窟の幹部連中がただ一人として全容を知らないダンジョンがある、これはいかんともしがたい事態だ」


「え、それは……」


 俺は背嚢を背負い、そして微笑みかける。


「――ちょっとした職場見学だな、もちろん業務の一環なので三人はのちにレポートを提出するように」


「え゛っ」


 三人の声が重なった。


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