第52話「路地裏逃走劇」
「ふむ、これはなかなか新鮮だな」
上下に激しく揺れ、かと思えば視界は大きく左右へ振れる。
狭い路地を蛇のようにすり抜けて、ようやく日の射す大通りに飛び出したかと思えば再び薄暗い路地へ、めまぐるしい視点移動だ。
しかし、そう呑気に構えているわけにもいくまい。
「これは一体、どういうつもりか?」
俺は自らの幼い肢体を小脇に抱えて路地を走り抜ける謎の女性へ問いかける。
目深にかぶった帽子のせいで女性の表情はうかがえない。
彼女は丁寧な、しかしどこか焦りを感じさせる口調で言った。
「少々手荒な手段をとりました、危害を加えるつもりはありませんのでどうかご容赦ください」
「荷物扱いされるのは初めてだ」
「申し訳ありませんが火急の要件なのです」
「俺に何か用があったのならあの場で話せばよかっただろう……ああ、いや本物の勇者パーティの前では、話しにくいことなのか」
「……これは驚きました、私が魔族であることに気付いていたのですか」
「元魔族の勘だ」
そして彼女の反応を見る限り、予感は的中したようだ。
単なる人攫いにしては手口があまりに雑すぎるし、そうでなければあえて俺のような子どもを攫う意味が分からない。
十中八九、魔族絡みの厄介ごとだろう。
むしろただの人攫いならば、俺がここで千手を召喚して殴り飛ばすだけでカタがつくので話は簡単だったのだが……
「何か事情があるようだな、仕方がない、しばらくは荷物に甘んじよう」
「な、なんですかね突然攫われたのにその落ち着きようは……私としては助かるばかりですけど……」
「ただ、俺の元部下たちは黙っていないだろうが」
「ご心配なく、ひとまずはこのまま人気のないところまで逃げ切ります、そこで改めてお話を……」
「……それだけ落ち着きのある連中なら、俺も中ボス時代に苦労しなかったのだがな」
「へ?」
「ほら、早速きたぞ」
路地から大通りに繋がる一本道、その先でこちらの行く手を遮る人影がある。
「まさか……」
女性は目の前の光景が信じられないように呟いたが、そのまさか、あのシルエットは……
「――鬼ごっこはもうおしまい?」
十中八九、子どものように無邪気な笑みを浮かべたきゅーちゃんである。
「う、嘘でしょう!? 完全に撒いたはずなのに、一体どんな速さで……くっ!」
女性は咄嗟に急ブレーキ、飛びのくように方向を転換して、一つ前の脇道へ逸れる。
その直後、背後から「だぁん!」と破裂音。
だぁん、だぁん、だぁん! と謎の破裂音が四度鳴り響き、そして
「――もうちょっと本気で走ってくれないと運動にならないよぉ」
直上に二つの赤い瞳。
さかさまになったきゅーちゃんが犬歯を覗かせて無邪気に微笑んでいる。
……推測するに、先ほどの破裂音はきゅーちゃんが地面もしくは壁を踏み砕いた音。
要するにきゅーちゃんは、たったの四歩で全力疾走する彼女を追い越してしまったのだ。
味方ながら、恐るべき身体能力である。
「ひ、ひぃぃっ!!!?」
俺ですら恐怖を感じているのだ。
これには彼女も戦々恐々、情けない悲鳴をもらして、反射的に腰の剣を抜く。
それはひどく薄く、ひどく長く、それでいて鋭い、長刀であった。
おそらく身体に染み付いた動作なのだろう。
彼女は鞘を滑らせ引き抜いた長刀を、そのまま斬り上げる。
光と見紛うほどの凄まじい剣閃が、さかさまになったきゅーちゃんの眉間へ襲い掛かった。
しかし、さすがというかなんというか
「はいっ!」
「なっ!?!?」
ぱぁんと甲高い音が鳴って、振るわれた長刀が静止した。
信じがたいことに、空中真剣白刃取りである。
……俺はどうも、最近のきゅーちゃんの魔族離れが著しいように思える。
「もう! 誰だか知らないけど刃物振り回したら危ないじゃん! 当たったら怪我しちゃうでしょ!」
ぷくうと頬をふくらませるきゅーちゃん。
怪我どころか、今のは完全に即死コースだった気がするが黙っておこう。言わぬが花。
「た、助けてぇっ!!?」
女性は震える声で叫び、懐から取り出した二つの球体を地面に叩きつけた。
たちまち巻き起こった白煙が狭い路地を埋め尽くす。煙幕だ。
「わぷっ!」
「ひいいいいっ!」
一目散に走り出し、煙に巻かれるきゅーちゃんのすぐそばを走り抜ける彼女。
すっかり怯え切ってしまったようで、先ほどまでの余裕はどこへやら、である。
「なんですかあれなんですかあれなんですかあれっ!!?」
「吸血コウモリ、愛称はきゅーちゃんだ」
「きゅっ……!? う、嘘吐かないでください!! 吸血コウモリってそのへんの洞窟とかにいるレベル一桁の妖女でしょう!? あんな化け物じみた動きができるはずが……!」
「きゅーちゃん、身体動かすの好きだからな」
「答えに!! なって!! ないんですけど!!」
「ほら、そんなこと言っている内にウチのエースが来たようだぞ」
「は、はえ……っ!?」
彼女はただならぬ気配を感じ取ったらしく、背後へ振り返った。
見ると、狭い路地の地面から、壁の隙間から、次々と植物の芽が出て、あっという間に発芽し、花が咲いていく。
俺たちのすぐ後ろまで迫ったこの異様な花畑は、いわばレッド・カーペット。
すなわち、彼女の登場を報せる合図である。
「――ナ、ル、ゴ、アぁぁぁぁあああああ!!!!」
アルラウネは怒号と、凄まじい破砕音をともなって現れた。
そのあまりの派手すぎる登場に、彼女だけでなく俺までもがぎょっとさせられた。
あれは――馬車、否、戦車だ!
植物で編み上げられたものものしい戦車が、狭い路地の壁をぎゃりぎゃりぎゃり! と削りながらこちらへ突っ込んでくるのだ!
その上には当然、これに跨るアルラウネの姿もあるのだが――これがまた恐ろしい!
怒りに我を忘れているのか般若の形相である!
「見つけたわよ誘拐犯!!」
「ひ、ぎゃああああああぁぁぁぁっっ!!?!!?」
「馬鹿! 立ち止まるな!! 轢き殺されるぞ!!」
一体どっちの味方なのか、俺は彼女に呼び掛けた。
それほどまでに恐ろしい光景だったのだ!
「なんですかあれなんですかあれなんですかあれっ!!?」
「俺もあんな恐ろしい女は知らん!!」
「早くナルゴアを返しなさい誘拐犯!! でないと押し花にして読みかけの小説に挟んでやるわよ!!」
「俺まで栞にするつもりか!!」
路地を折れて、一心不乱に駆ける。
アルラウネの戦車は、ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃらっ!! と巨大な車輪で壁を削りながら、ぴったりとこちらを追跡してくる。
俺を抱える彼女も必死だが、このままでは押し花も時間の問題だ!
「ちっ……! 来い!」
これはもう一刻の猶予もない。
そう判断した俺は、路地の影から千手を呼び出した。
地面よりぬるりと這い出てきた千手は、ちょうど俺たちの足元に――
「今だ!」
「へ、ええっ!?」
千手が俺と彼女を大きく跳ね上げる。
とてつもない浮遊感が全身を襲い、俺たちの眼下で、アルラウネの戦車がごうんっ! と通り過ぎて行った。まさに間一髪だ。
そして、更にベストタイミング。
やはりこういう時に頼れるのは――
「いつも悪いな軍曹」
緩やかに落下を開始する俺たちの直下に、一匹のスライムが待ち構えている。
彼はそのゼラチン質の身体をぷるりと震わせ。
「気にしないでくださいっす、ナルゴアさん」
「ひゃああああああああああああっ……ぶっ!!」
俺と彼女は、彼のスライムボディに受け止められ、こうして路地裏の逃走劇は幕を閉じた。
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