第51話「大衆食堂での一幕」
トーフ騒動ののち商人たちの目から逃れるように入ったこじんまりとした大衆食堂にて。
「旅人さんたち、料理が上がったよ」
テーブルで待つこと数十分、腰の曲がった老年女性が湯気立つ皿を運んできた。
なんとも食欲をそそる香りである。
「へえ、これは……」
「美味しそう!」
「六目ヤギの乳から作ったチーズソースを絡めたコレド芋のニョッキだよ、そんなに大層なものじゃないけどね」
「いや、これは大したものだ!」
俺は老婆の謙遜をばっさり切り捨て、賞賛の言葉を述べた。
大層なものではない? ――冗談を!
手頃な大きさに成形されたコレド芋へとろりと覆いかぶさる官能的なまでのホワイトソース!
こんなにも食欲に訴えかけてくる家庭料理は、一朝一夕に作れるものではない!
「いただきます!」
俺たちはほとんど同時にその言葉を口にすると、ほっくりとした芋にフォークを突き立て、我先にと料理を頬張った。
むろん、当然のごとく。
「美味い!」
刺激的ではない、目新しいわけでもない。
だが、それがかえって食欲を掻き立てる!
「お、美味しいわねこれ……火を使わないなら、私でも作れるんだけど……」
「おいもがほくほくしておいしー!!」
「うむ、これは……驚いたな、なんと優しい味わいのソースか!」
「あらあら、あなたたちよっぽどお腹が減ってたんだねえ、ほら坊ちゃんこっちはコレド芋のスープだよ」
「ほほうこれが噂のコレド芋のスープ……聞いていた以上に黒いな! どす黒い! しかし美味い! スパイスが効いている!」
「シスぺもあるからね、たんとお食べ」
「ん? あ、いや……ご老人? すまんが俺はまだスープを……」
「スープのおかわりかい、まだまだあるからね」
「あの、その、ご老人……」
柔和な笑みを浮かべた老婆は、しかしこちらの言葉には一切耳を貸さず、更に器の中へどす黒いスープを継ぎ足した。
自らの幼い胃のキャパシティを明らかに上回る料理の数々を前にして、俺はひきつった笑みを浮かべることしかできない。
「なんであのお婆さんナルゴアのところにばかりよそうのかしら?」
「おばあちゃんって、なんでか男の子に食べさせたがるよね」
「あー」
アルときゅーちゃんはどこか他人事のように言いながら、ニョッキをつついている。
助けてほしいのだが、どうも彼女らはアテにはならなそうで。
「(悪いな軍曹)」
「(気にしないでください、にしても美味いっすねこれ)」
こういう時に頼れるのは軍曹だ。
俺は老婆の注意が逸れた隙を狙って、足元に置いた背嚢の中に料理を流し込む。
背嚢の中には身をひそめた軍曹が、その透明な身体に料理を取り込んで、凄まじい早さで消化されていく。
おかげで俺は腹八分に済ませられそうだ。
などと思っていた矢先のこと。
「……最近、俺たち全然ツイてないよな」
「そうですねジルハート……」
隣のテーブルから、はぁぁぁ、と深い溜息。
見れば、二人組の男女がどんよりとした表情でニョッキをつついている。
どれほど長い間そうしていたのだろう、チーズソースが冷えて固まりかけている。
彼らは……見覚えがある。
以前、まどわしの森を攻略しにやって来たものの、見事撃退されてしまった二人組の勇者パーティ。
魔法剣士のジルハートに、ヒーラーのエルマだ。
彼らの撃退には俺も一役買っている、一瞬顔を隠すべきかどうか迷ったが、よく考えてみれば直接顔を合わせたことはなかったはずなので、やめた。
ジルハートがフォークの先でくりくりと芋を弄びながら、憂鬱そうに言う。
「少し前は攻略推奨レベル8……今度は15だ、まさかこんな短期間で二度も、遥かに格下のダンジョンから逃げ帰るハメになるなんて……」
「そうですねジルハート……」
ほう、と俺は内心で感嘆の声をもらす。
確かあの二人のレベルアベレージは30を超えていたはず、随分と上手いこと立ち回ったダンジョンもあったものだ。
画期的トラップでも開発したのか、よっぽど従業員たちの連携が素晴らしいのか、はたまた有能な中ボスが異動してきたのか……
ともあれレベルアベレージ30の勇者パーティを撃退できたのは大きい。
恐らく近々攻略推奨レベルの改定があるはずだ。
元中ボスさんとしてみれば、かのダンジョンには祝福の言葉を贈りたい場面である。
しかしこの付近に攻略推奨レベル15前後のダンジョンなど、俺の記憶にはないが……
「いななきの霊山に挑戦したのかい、お二人さん」
見ると、いつの間にか二人の下へ移動したご老人が、柔和な笑みを浮かべながら尋ねかけた。
いななきの霊山――やはり聞いたことのないダンジョンだ。
この百年の間に新設されたのだろう。
「ああ、ちょっと色々と金が入用になって……失敗してしまったが」
「それは残念だったねえ、これでも食べて元気を出すといいよ」
「これは……コレド芋のスープ? 私たちは頼んでいませんが……」
「いいよこれぐらい、残念賞だから」
「はは……残念賞か……」
「ありがとうございます……」
ジルハートとエルマが、複雑な笑みを浮かべた。
「まぁ、あまり気を落とちゃいけないよ、あそこももう、随分と長いこと攻略されてないからねえ」
「何年ぐらいですか」
「そうさねえ、アタシが物心ついた頃にはすでにあったけど、まだ一度も」
「60年ダンジョンってところか、随分とご長寿だがどうしてまた」
「そりゃ、あそこの連中は皆気がいいからだよ」
「気がいい?」
ジルハートとエルマがほぼ同時に、彼女の言葉を繰り返した。
老女は、まるで我が子について語るような、優しい口調で
「なんというか憎めないのさ、たまに人里に降りてきて悪さもするが、それも他愛のない悪戯みたいなもんだからね」
「他愛のない……悪戯? モンスターが? 人を襲ったりは?」
「道端で驚かしたり、その程度なもんさ」
「た、食べ物を奪ったりは?」
「ウチで御馳走したことならあるよ、お礼に見たこともない野菜をくれたりするんで昔はそれで料理を作ってたんだけど、最近はめっきり降りてこないねえ」
老女の昔話に、ジルハートとエルマはあんぐり口を開けて言葉を失っていた。
アルラウネやきゅーちゃん、そして軍曹も俺と同様に聞き耳を立てていたらしく、見るからに驚愕している。
「(……ねえナルゴア、これってどういうこと? 人も襲わない食料も奪わない、そんなダンジョンが存在するの?)」
「(う、ううむ、俺も不勉強で聞いたことはないが……周辺の町と独自の不可侵協定を結んでいるということか?)」
「(食べ物のおすそ分けをする協定なんて聞いたことないっすよ)」
「(不思議なダンジョンもあるんだねえ)」
口の中にいっぱいのニョッキを頬張ったきゅーちゃんが、実に呑気な口調で締めくくった。
「そんなダンジョンがあるとは……驚いたな」
「開いた口がふさがりません……」
「旅人さんはみんなそういう反応をするよ」
老女がからからと笑う。
しかしこれに対してジルハートはぼそりと
「……そんなに平和な雰囲気には、見えなかったけどな」
そう呟いたが、どうやら老女には聞こえていないようだった。
――そんな時である。
「うん?」
店の奥から出てきてこちらへ駆け寄ってくる少年の姿がある。
歳の丈は俺と同じか、それよりも少し幼いくらいだろう。
少年はとてとてと、おぼつかない足取りでこちらまでやってくると、俺たちのテーブルに一つの皿を置いた。
皿の上には真っ白で四角い、謎の物体。
皿に乗っていることから考えるに、料理なのだろうが……
「おやケイン、珍しいね、お前がお客の前に出てくるなんて、坊ちゃんと友達になりたかったのかい」
「お孫さんですか?」
アルラウネが問いかけた、しかし老女はかぶりを振って
「二年ぐらい前、路頭に迷っていたのをアタシが引き取ったのさ、多分、身寄りがないんだよ」
「多分とは?」
「言葉が喋れないのさ、ケインっていうのもアタシが勝手につけた名前でねえ」
「なるほど……」
確かに、少年はあまりこのあたりでは見慣れない顔立ちをしている。
「たまに気に入ったお客さんが来ると、こうして料理を振舞うのさ、もちろんお金は取らないから食べてあげてやっておくれ」
「ほう、これはそこの少年が……ちなみになんという料理なのだ?」
「それはね、トー……」
「――失礼いたします」
老女の言葉を遮って、凛とした女性の声が店内に響き渡った。
俺たちは一斉に振り返る。
そこには、やたら大きな木製の帽子を目深にかぶった、見慣れない出で立ちの女性の姿がある。
「いらっしゃい、好きなところに座っておくれ」
「……」
女性は老女の言葉を無視して、つかつかと店内に入ってくる。
そして迷いのない足取りで、何故かこちらまでやってくると、俺のことを見下ろして――
「む?」
がっ、と。
おもむろに俺の両脇に腕を回し、軽々と持ち上げて、それから小脇に抱え
「――御免!」
の一言を残し、店から飛び出した。
もちろん、俺のことは抱えたまま。
「……」
去り際、ぽかんとした表情でこちらを見つめる皆の姿が映った。
そして俺を抱えた女性が店を出て、一つ目の路地へ滑り込んだところで
「「「ナルゴアさんがさらわれた!?」」」
こじんまりとした大衆食堂から聞こえてきた声は、カナルの町の大通りに響き渡った。
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