第50話「美食の町カナル」
カナルの町、またの名を美食の町。
肥沃な大地に温暖な気候環境。
加えて勇壮なる山々に囲まれたかの地では、歴史的文献を紐解いてみても自然災害による被害が極端に少ない。
そんな土地柄であるからして食物は豊富、近辺に生息するモンスターも比較的穏やかな気質で……要するに、絵に描いたように平和な町だ。
当然、この神に愛されたのごとし土地の恩恵は、人間諸君も多分に享受できているわけで――
「――すごーい!! あれもこれも全部食べ物屋さんだよ!」
カナルの町メインストリート、通称「満腹通り」。
武闘家に扮するきゅーちゃんが、目をきらきらと輝かせながら言った。
アルラウネ――もとい魔法使いアルは「ちょっと田舎者だと思われるからやめなさいよ!」と口では言っているものの、露骨にそわそわしている。
なんだかんだ言って、彼女もまた初めての町に興奮しているのだ。
「へええ、どんな田舎かと思ったら随分と活気に溢れた町っすねえ」
俺の背負った背嚢から、僅かに軍曹が顔を覗かせて言った。
「ここは南方からやってきた行商人がグランザール王国に向かう際に必ず通る――いわば中継地点だ、なんでもそのあまりの居心地の良さに定住してしまう商人が後を絶たなかったとか」
「へー、だから皆さん、なんというか、商魂たくましいんですね」
軍曹がなにやら含みを持たせた口調で言うので、俺はちらとあたりを見渡した。
こちらが「おのぼりさん」だと即座に見抜き、声を張り上げる威勢のいい商人たち。
そんな彼らの背景を彩るように並べられた看板の数々は、はっきり言って情報過多だ。
それでもなんとかその一つに目を通してみる。
『絶品!ドラゴンの尻尾焼き』
当然のことながら本物のドラゴンが食卓に並ぶことなどありえないので、大方アルヴィーナ・ゲッコー(大ヤモリ)の尻尾でも使っているのだろう。
……商魂、たくましいな。
「――そこの坊ちゃん! 奇跡の料理に興味はないかい!?」
などと思っていると、ひときわ商魂たくましい商人風の男が声をかけてきた。
「奇跡の料理?」
思わず繰り返すと、男はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに
「トーフ、というんだ!」
そう、答えた。
「トー……フ? 知っているかアル?」
「初めて聞いたわね、どこの料理かしら」
「私も知らなーい、おいしいの?」
「絶品ですよ! それと言うのも今から50年前!」
男はぱんと膝を叩き、聞いてもいないのに語り始める。
「――突如としてカナルの空を覆い尽くす分厚い黒雲! その正体は……聞いて驚くな! 異常気象で大発生した貪りイナゴの群だ! ヤツら町の食い物を麦の一本も残さずに食らっていきやがったんだ! もうダメかと思ったその時、カナルの町に現れる謎の少年!」
男はそこで更に膝を二度、ぱぱんと打ち鳴らす。
語りにも熱が入ってきたようだ。
「聖人君子か、はたまた神様の使いか! 少年は一銭の金もとらず空腹に喘ぐ人々にある料理を振舞って回り、これにより人々は飢餓を乗り切ることが叶った! 見目汚れなき純白にて歯触りは雲を切り取ったように柔らかく、それでいて力強い味わい! それが!」
それが! の部分で男はひときわ強く膝を叩き、それを差し出す。
「――トーフさ!」
「ほう、これが……」
三人で、男が差し出した皿の上のトーフとやらを覗き込む。
そこにはペースト状になって平たく伸ばされた物体があるのだが……なるほど白い。
純白、というには少し濁っている気がするが、確かにこんな料理は見たことがない。
「奇跡の料理だって! どんな味がするのかなぁ!」
「きゅーちゃん、まさか本気で信じてるの? あんなのデマに決まってるじゃない」
「まぁまぁ伝説の真偽はともかく、いかにもなエピソード付きの名産品だ、これもまた旅の醍醐味だろう、店主、これはいくらだ?」
「銀貨3枚ですね」
「――たっっっっか!?!?」
ちなみに今のは俺の背嚢に収まった軍曹の声である。
アルラウネが背嚢に肘打ちをかます。
「ん? 今なんか変な声が……」
「あ、いや、すまない、今のは俺だ、その、あまりにいい値段がするので、声が裏返ってしまった」
ごほんごほんと咳払い、フォローは完璧だ。
「いえいえ、こんなもんですって、どこに行ったってね」
「……田舎者だと思って完全にボりにきてるじゃない」
「どーするナルゴアさん? やっちゃう?」
「なにをやるつもりか知らんが……やめておけ、俺たちは観光客だ、こういう経験も楽しむべきだろう」
俺は懐から取り出した3枚の銀貨を、ニヤケ面の男に差し出す。
「まいど!」
男は待ち構えていたかのように銀貨をひったくると、食い気味にトーフを押し付けてきた。ご丁寧にも三人分のスプーンを添えて。
「マジで払ったわね……」
アルラウネが口を尖らせながら、スプーンでひとすくい。
「わー! これが奇跡の食べ物! やわらかーい!」
続いてきゅーちゃん。
「見れば見るほど不思議な料理だな、なにでできているのだ?」
最後に俺がスプーンでトーフをすくい取って。
「とりあえず、いただきますだな」
三人揃って、ぱくりと一口。
そして
「ぶーーーっ!?!?」
アルラウネときゅーちゃんが口に含んだ次の瞬間、勢いよくトーフを噴き出したではないか。
俺もまた、噴き出しはしないものの眉間にシワを寄せる。
……ふむ。
「少し味付けが薄いな」
「そーいうレベルの問題じゃないでしょこの不味さは!? な、なによこれ、まっっずぅぅぅ……生ゴミ……? 生ゴミ食わされたの……?」
「ぺっ! ぺっ! 生臭い! 不健康の味がする!」
アルラウネときゅーちゃんが口の中のソレを吐き捨て、ゲェゲェえづく。
そんな様子を眺めて、男はふむと頷き。
「うーん、やっぱりネルコ豚の脂身では無理があったかぁ」
「……騙したのか?」
「んん? 人聞きが悪いな、俺はトーフの伝承を話したが、これがそのトーフだとは一言も言ってないぜ。これはあくまで伝承を参考にして作ったトーフ風料理だ、レシピは企業秘密だが……」
「なるほど、これは文字通り一杯食わされたな」
などと言いつつ、俺はトーフを更に一口。
残したら、もったいないからな。
「うぇぇ、口直し、口直し……」
後ろの方できゅーちゃんが自前の水筒に口をつけ、ぐびくびと喉を鳴らしていた。
きゅーちゃんがいかにも美味そうにそれを飲むので、どうやら男は興味を惹かれたようで
「お嬢ちゃん、そいつぁなんだい? 水じゃなさそうだが」
「んー? これはね、奇跡の飲み物だよ」
「奇跡の飲み物ォ?」
はん、と男が鼻を鳴らす。
「意趣返しのつもりかい? 残念だがここじゃ騙される方が悪い……」
「えー興味ないんだ、勿体無いな、私特製の岩苔ジュースなのに」
「岩苔……ジュース……?」
両目を見開く男。
きゅーちゃんは、水筒の中身を僅かに手のひらへ垂らす。
どろりとした深緑色の液体だ。
「厳選した岩苔と数十の薬草を、独自の製法で混ぜ合わせて飲み物にしたの、一日水筒一本分飲むだけで身体中の老廃物が排出されて代謝向上、肌質改善、アンチエイジングで体臭ともおさらば……」
「ほう……?」
「もちろん100パーセント天然由来だから、お肌に直接塗っても効果は絶大……一ヶ月も続ければそこには別人になったあなたが……」
「……でも、高いんだろう?」
「希少な岩苔を使ってるからね、銀貨5枚でも原価ギリギリなんだけど、ここはお近づきのしるしに、初回限定一本銀貨3枚でご提供……」
あとの展開は、言わずもがな。
俺たちは銀貨3枚を取り戻すことに成功し、余談だがあの男は――3日ほど市場から姿を消したという。
「いいことするとお腹が減るね! お店さがそーよ!」
満面の笑みを浮かべて手の内でじゃらじゃらと3枚の銀貨を鳴らすきゅーちゃん。
……たぶん、彼女が一番のやり手である。
なんと「中ボスさんレベル99」スニーカー文庫さまから書籍化決定いたしました!
これもまたひとえに応援してくださったみなさまのおかげです!
書籍版でも、最強の中間管理職ナルゴアの活躍に乞うご期待!
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