第5話「中ボス失格」
当ダンジョン始まって以来の異常事態。
これは瞬く間に各階層のあらゆるモンスターたちへ伝わった。
「魔王ガルヘリオス様が倒された!」
「いや、それだけじゃない! 魔王を倒した勇者パーティがしじまの洞窟に向かってきている!」
「パーティの平均レベルは……72!? 嘘だろ! ウチの攻略推奨レベルを遥かに上回ってやがる!?」
「そりゃそうよ! 魔王を討ち倒すほどのパーティだもの! 私たちじゃどうしようもない……!」
「ピクシーたちから続報が入った! 勇者パーティ到達まであと……30分!」
「さ、30分だと!?」
「もうおしまいだよぉ!」
混迷、ここに極まれり。
こういった不測の事態にも対応できるようマニュアルは組んでいたのだが、ここに至ってそれは全く意味をなさない!
「中ボスさん! これどーなってるんすかぁ!?」
ポイズンスライムが慌ててこちらへ駆け寄ってくる。
彼は一年前から随分とシェイプアップして、今では見事なスライムボディを……いや、今そんなことはどうでもいい!
「しじまの洞窟に、レベル10以上の勇者がくることなんてありえないって、そういう話じゃなかったんすか!?」
「ああ、そうだ、そう思っていた! しかしとんだ誤算だった! 勇者たちはしじまの洞窟をスルーしたのだ!」
「す、スルー!? こんなにも勇者どもの本拠地から近いのに!?」
「ああ! 単純に存在すら知らなかったのか、それとも脅威ですらないと判断され放置されていたのかは分からないが……ともかく勇者はしじまの洞窟をスルーして、冒険を終わらせてしまったのだ!」
「そんなムチャクチャな! どーするんすか!? レベル70オーバーの勇者なんて、ウチのスライム隊じゃ足止めにもなりませんよ!」
「分かって、分かっている……!」
「中ボスさん!」
続いて吸血コウモリがばさばさと羽をはばたかせて、こちらへやってくる。
彼女もまた、一年前の死にそうな様子とは打って変わり、血色は良くなって、痩せ細っていた身体もたいへん健康的な体つきに……いや、だからそれどころではない!
「勇者がきてるんだって!? しかも70レベルオーバーのバケモノ級が!」
「ああ! あと30分でしじまの洞窟に到達するらしい!」
「時間がないね……! 私たちに勝ちの目があるとしたら、やっぱり第二階層で育てた毒草かな! 大至急第一階層のトラップにありったけのシビレ草を突っ込んで、私の率いる第三階層のアンデッド部隊での物量作戦! いけるかな!?」
「素晴らしい作戦だ、しかし望みは薄いな……!」
なんせ敵はレベル70超えの勇者パーティ。
すでに状態異常に対しての完全耐性を持っていてもおかしくはない。
なにより、パーティに賢者がいたらおしまいだ。
残存戦力の殲滅だけを目的として、ダンジョンの入り口から戦略級の魔法をぶちこまれたら、それだけでダンジョンが壊滅してしまう!
「じゃあどうするつもりよ、中ボスさん!」
最後にアルラウネが肩を怒らせて言った。
彼女の声は震えている。
恐ろしいのだ、不安なのだ。
しかしいつも通り振る舞おうと、無理に声を張り上げている。
皆が俺を見ていた。
すがるような目で、いかにしてこの状況を打破するのかと。
……実は、俺に一つプランがある。
本当はこんな手、あまり使いたくはなかったのだが……仕方ないな。
「……分かった」
「えっ……」
俺はぽんとアルラウネの肩を叩き、そして彼らに背を向ける。
「今日をもってしじまの洞窟の中ボスはアルラウネ、お前だ」
「なっ!!?」
従業員たちがざわめく。
「まさかアンタ……逃げる気か!? アル様に全部押し付けて!?」
「そうだ、所詮俺は中ボスなんて務まるような器じゃなかった」
「さ、最低だ! 信じていたのに!」
「見損なったっすよ中ボスさん!!」
「なんとでも言ってくれ、じゃああとは任せたぞ」
かつての従業員たちの罵詈雑言が、俺の背中に降りかかる。
しかし、俺はそんなこと気にしない。
ひらひらと手を振ってその場を後にする。
「……さて、行きますか」
俺は誰にも聞こえないように呟いて、一つ伸びをした。
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「信じられない! あの男、まさかこんな土壇場で逃げ出すなんて!」
「部下より先にダンジョンから逃げ出す中ボスなんて前代未聞だ!」
「畜生! あんなのに頼った俺たちがバカだったんだ!」
残された従業員たちが元中ボスさんに対しての恨み言を吐き散らす。
あれだけ信じていたのに最後の最後で裏切られた。
その事実に絶望しないものはいなかった。
ただ一人、現中ボスのアルラウネを除き。
「……アイツは、そんなつまらないヤツじゃないわ」
この言葉を耳にしたスケルトンが、怒りをあらわにする。
「現に見捨てられてんじゃねえかよぉ! あんなやつを慕っていたなんて、俺たちはとんだ大間抜け……ん? おいアルラウネ、肩になんかついてるぞ」
「えっ?」
スケルトンに指摘され、アルラウネはようやく気がついた。
自らの肩、絡みついたツタの一本に、何かが引っ掛けられていることに。
これは……鈴?
「そりゃ共鳴りの鈴だねぇ」
こういったマジックアイテムのたぐいに詳しい、グレムリンが言う。
「共鳴りの鈴?」
「ああ、その鈴は二つで一組、片方の鈴を鳴らすと、どんなに遠く離れていても、もう片方の鈴も鳴る、遥か昔は冒険者が故郷で待つ家族を心配させないように作ったものだと聞くが……」
「これを中ボスが私に……? どうして……」
そこまで言って、アルラウネははっと気がつく。
「……待って、アイツはどこにいったの?」
「どこって、そりゃどことも分からない辺境に雲隠れとかじゃないっすかぁ? はぁ、もうやってらんねっすよ……」
「どうやったら、そんなことができるの、しじまの洞窟に出入り口は一つしかないのよ」
「えっ?」
誰もが言葉を失った。
そうだ、彼はいかにも逃げ出すような素振りだったが、そんなことはそもそも不可能だ。
勇者たちはすぐそこまで迫ってきていて、出入り口は一つ。
……ここまで材料が揃えば、さすがに皆が理解した。
「ま、まさかアイツ――!?」
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数分ほどかかって、俺はしじまの洞窟に魔法結界を施した。
ガルヘリオス様ですら解除に手間取る結界だ。これで半日は外からも中からもアリ一匹出入りすることはできない。
久しぶりだったので腕が鈍ってないか心配だったが、うまくいったようだ。
「まったく前代未聞だよな、ダンジョンから飛び出す中ボスなんて」
やっぱり俺は中ボスなんて務まる器ではなかったのだ、と自嘲する。
まあ、この一年間はべらぼうに楽しかったけど。
あとはアルラウネがなんとかしてくれるだろう。
彼女は要領がいいからな。
「貴様、何者だ」
背後から声が聞こえる。
どうやらヤツらが来てしまったようだ、予定よりも10分は早いぞ。
まぁいい、最後の大仕事だ。
俺は背後に振り返り、そして声高らかに宣言する。
「――ワハハハハ! よく来たな勇者ども! 我こそがしじまの洞窟を統べる者、千手のナルゴアである!」





