第49話「森を抜けて」
「はい、これでおしまい!」
きゅーちゃんの鋭く尖った爪が最後の縄を断ち切る。
きつく縛られた荒縄がばらりと解ければ、ようやく全てのハルピュイアたちが解放された。
しかし晴れて自由の身となった彼女らであるが、その表情はイマイチ浮かない。
自分たちを取り囲む状況が理解できず――困惑していたのだ。
「……なぜ、私たちを助けたんですか」
彼女らを代表して、歌姫クイーン・ハルピュイアが問いを投げてくる。
「私たちは森に迷い込んだだけのあなた方を攻撃しました、それを自分たちの身分を偽ってまで……見返りが目的なのですか?」
アルラウネがわざとらしく肩をすくめる。
「さあ、私は上司に従ったまでだから」
「右に同じ、そこんとこどうなんです? ナルゴアさん」
「もちろん違う、せっかくの慰安旅行で手荷物は増やしたくないからな」
もっとも、何か手頃な土産物でもあるなら喜んで買い取るが。
思い出したように付け足したしたが、どうやら聞こえなかったらしい。
彼女はいっそう怪訝に眉根を寄せて
「では、何故……」
「同業者が困っていたら手助けのひとつでもしたくなるのが人情ではないか」
「そんな……」
至極当然の回答を述べたつもりだった。
しかし、歌姫は面食らったように目を丸くして、次にその大きな瞳を潤ませる。
「ありがとう……ございます……」
歌姫は陶器じみた冷たい美貌をほころばせ、噛み締めるように言うと、何かを決心した表情で部下たちへ向き直る。
そして、どこか呆けた表情の彼女らへ向かって、歌姫は深々と頭を垂れた。
これにより、部下たちの困惑は極まる。
「歌姫……!?」
「――ごめんなさい、騙すような真似をして、私は冷酷無比の歌姫なんかじゃない、弱虫で、泣き虫な、ただのハルピュイアなの」
彼女の吐き出すソレは、もはや歌ではない。
どこまでも真摯で嘘偽りのない、彼女の言葉であった。
「正直、あなたたちのことを部下だとは思ってない、仲間……いえ、家族だと思ってる、だからハルピュイアの里が滅ぶことになっても、あなたたちにはただの一人も傷ついてほしくない」
歌姫の演説に、ハルピュイアたちは言葉も忘れて聞き入った。
静寂の中を、彼女の声だけがどこまでもまっすぐに響き渡る。
「誰にも死んでほしくないし、できるなら誰も殺したくない、あなたたちの歌姫は、そんな甘ったれです、器じゃないんです、だから私は今日付けで中ボスを辞め――」
「――歌姫!!」
おもむろに一人のハルピュイアが彼女の名を叫び、演説を遮る。
歌姫がおそるおそると面を上げる。
彼女は、おそらく自身は部下に失望されているだろうと、糾弾されるだろうと、そう思っていたのだろう。
しかし違った。
ハルピュイアたちは、揃って幼子のように涙を堪えているのだ。
「み、みんな……?」
これが決壊の合図だった。
ハルピュイアたちは我先にと歌姫に押し寄せ、彼女の手を取り、肩を抱き、声をあげて泣き始めてしまったではないか。
これにはさすがの歌姫もたじろいでしまう。
「えっ、え!? み、みんな!? お……怒ってないの!?」
「怒るわけないじゃないですかあああっ!」
「よかったぁぁぁ……! わ、私、本当はずっと怖かったんです……うあああん!!」
「みんなが、冷酷無比の歌姫なんて呼ぶから、怖くて、びくびくしてて、話しかけることもできなくてえええっ……!」
「ひ、ひっぐ、中ボス辞めるなんて……そんな悲しいことを言わないでください……! 優しい歌姫として、これからもずっと、お願いしますよぉぉぉっ……!」
「みんな……!」
気が付けば、そこには歌姫もハルピュイアも関係なく、肩を取り合って嗚咽を漏らす一団の姿が。
すっかり置いてけぼりを食らってしまった俺たちはその輪の外から彼女らを眺め、ふう、と一つ留飲を下げた。
「一件落着だね!」
「……なに? 私たち結局この茶番に付き合わされただけってわけ?」
「アル姐さん空気読んでください、いいじゃないっすか、青春っすよ青春」
「それで殺されかけちゃ世話ないわよ、……これが狙いだったの? ナルゴア」
「いや、買いかぶりすぎだ」
ただ、と俺は続ける。
「ほんの少し言葉を交わせば――蓋を開けてみれば、案外茶番なのかもしれんな、組織というやつは」
などと先輩ぶった言葉を残しつつも、俺は僅かに頬を緩めた。
雨降って地固まる。
これをきっかけに、このダンジョンは更に伸びるはず。
その瞬間に立ち会うことができたのだ、元同業者としてはこれほど心躍ることはないだろう。
「――ナルゴアさんっ!」
おもむろに歌姫が俺の名を呼んで、ハルピュイアたちをかき分けながらこちらへ走り寄ってくる。
その表情に、以前までの冷ややかさはない。
年相応の少女のように、自然な笑みだけがあった。
「ナルゴアさん、私、なんとお礼を言っていいか!」
「行きがけの駄賃というやつだ、気にするな」
「そういうわけにもいきません!」
「だから……」
「――つきましては!」
なにやら食い気味に歌姫が声を張り上げた。
そして俺たちは気付く。
彼女らの瞳の中に灯る、妖しい光を――
「ナルゴアさん、いえ! ナルゴア様を我らハルピュイアの夫として里に招き入れようと思う所存でございます!」
「……は?」
見事に、俺たち四人の呆けた声が重なった。
それが聞き間違いの類でないというのは、彼女らの爛々と輝く眼を見れば一目瞭然。
あれは――獲物を狙う猛禽類の目である。
「私たちハルピュイアには男が生まれません! なので、長が里の外より気に入った他種族の種を取り込むしきたりなのですが……」
ここで、部下のハルピュイアが歌姫の言葉を引き継ぐ。
「恐れ多くも、我らが歌姫は大人の男性が苦手でして!」
「未成熟な男児でなければ触れることもままならない始末でして!」
「要するにショタコンでして!」
「そんな時に現れたのがあなたがたでして!」
口調こそ丁寧なものの、彼女らは凄まじい気迫を伴ってじりじりとこちらへにじり寄ってくる。
俺は思わず後ずさりをしてしまう。
「いや、その心遣いはありがたい、だが、俺は……」
「何も心配することなどありません! 食事はナルゴア様の望むままに、お菓子だって用意しますよ!」
「寂しくて眠れない夜は添い寝もしましょう! 頭も撫でましょう! 膝枕だって……!」
「なので、全て私どもにお任せください!」
有無を言わせない、とはまさにこのこと。
彼女らの熱っぽい視線が、矢のように突き刺さる。
「……ナルゴアさーん、これヤバくないっすかぁ」
軍曹が震える声で言って。
「あはは、元気が良くていいよねぇー、どうするのナルゴアさぁん」
きゅーちゃんが状況にそぐわない能天気な声で言って。
「……どうすんのよ、ナルゴア」
アルラウネが何故か不機嫌そうに言った。
どうするも、何も。
「さあ、何も怖がることはありませんよナルゴアさん、これも全て、あなたと、そして……」
「――祖国のため、でありますな!」
比較的若いハルピュイアが声高らかに言って、それを合図に――ダムは決壊した。
「逃げるぞっ!!」
俺は千手を召喚して、その一つに飛び乗る。
アルラウネ、軍曹、きゅーちゃんの三人も、それぞれが千手の上に飛び乗ってその直後、千手が五本の指をざかざかと動かして、猛烈なスピードダッシュを切った。
千手の剛指は大地をかき分け、木々を躱し、迫りくるハルピュイアたちを引き離していく。
「……見目麗しいハルピュイアのお姉さんがたに死ぬほど甘やかされて余生を過ごすっていうのも考え方次第では幸せなのかもしれませんね」
「恐ろしい冗談を言うな軍曹!」
「ナルゴアは仕事人間だから仕事してるのが一番幸せなのよ、……そ、それに甘やかすなら、私だって」
「ああ、まったくだ! 俺は添い寝や膝枕などという歳ではない!」
「……」
「あーあ、アルちゃん拗ねちゃった、よしよし」
「なんにせよ寄り道が過ぎた! さあ――!」
四つの千手がひときわ強く大地を弾いて、木立を抜ける。
柔らかな春の日差しが俺たちの下へ降り注ぐ。
どこまでも続く緑の草原と、蒼穹の狭間、小高い丘の向こう側に小さな町が見えた。
「慰安旅行の再開だ! カナルの町へ向かうぞ!」
ハルピュイアの里を後にし、千手に跨って丘を駆け降りる俺たち一行。
――この時、俺たちは知る由もなかった。
木影からこちらの様子を窺う少女の存在を。
「……あの人たちなら、あるいは」
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