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中ボスさんレベル99、最強の部下たちとともに二周目突入!  作者: 猿渡かざみ
第二章 攻略!ブラックダンジョン編
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第47話「冷酷無比」


「……今すぐ私の部下を解放し、森から出ていきなさい」


「おいおいおい、怖え顔で冗談抜かすなよ歌姫(ディーヴァ)サマ、こんなせっかくのチャンス逃すバカがどこにいるってんだ?」


 ハイ・オークはやはり芝居がかった仕草で両手を広げ、空を仰ぎ見た。


「毎日汗水たらして働いて、一日三度のお祈りを欠かさなかった甲斐はあったってわけだ! なんせ俺たちの足元には今、数えきれねえぐらいの金塊が転がってるんだ!」


 彼の言葉に、豚たちは湧き上がった。

 豚特有の甲高い咆哮に、歌姫(ディーヴァ)は嫌悪感を露わにする。


「……汗水垂らしてとは、火事場泥棒がよく言えたものですね」


「漁夫の利さ、いつこんな状況になってもいいよう、毎日律儀に見張ってた甲斐があったってもんだ」


「下衆め……!」


 いかにもオークどもの考えそうな、安直で短絡的で、卑劣な手である。

 だが、だからこそ歌姫(ディーヴァ)は一番にこれを警戒するべきだったのだ。

 ――“セイレーンの歌”すら攻略してのける強者が森へ攻め入ってきた際、必ずこの隙に付け込んでくるであろうオークたちの存在に。


「俺ぁ、最近改めて人間どもの趣き深さ? ってやつを再認識したよ」


 ハイ・オークは部下に点けさせた葉巻をふかしながら、ねばついた口調で語り始める。


「とりわけ金持ちは雅でねえ、同じ人間の女だけじゃ満足できねえんだと、角とか尻尾が生えてたり、羽のあったりする方が興奮するんだそうだ、ちょうどこんな風にな」


「……まさか」


「そう聞くと、俺も金持ちになったら人間の女の一つや二つ抱きたくなるのか、試してみたくなるのが人情ってもんだよな、ええ?」


「人間に売るつもりですか、私の部下を……!」


 オークたちはこれに答える代わりに、にたりと口元を歪めた。


歌姫(ディーヴァ)! こいつらは外道です!」


「私たちのことなど気にせず、この豚どもに鉄槌を!」


「誇り高き歌姫(ディーヴァ)の名に泥を塗り、生き恥を晒すぐらいならいっそ今ここで……!」


 ハルピュイアのうち一人が、なにやら意を決したような表情で口を閉じた。

 歌姫(ディーヴァ)は一瞬で彼女の意図を察する。

 ――自らの舌を噛み切るつもりだ。


「や、やめ……っ!」


「――おっと、そういうの困るからやめてくれよ」


 歌姫(ディーヴァ)の制止よりも早く、ハイ・オークがハルピュイアの腹を蹴り上げる。

 ハルピュイアが声にならないうめき声を漏らし、悶えた。

 それだけでなくハイ・オークは自らの葉巻をソーセージみたいに引き千切り、それを強引にハルピュイアの口の中へ突っ込んだではないか。


「ガキじゃあるまいし、これでもしゃぶって大人しくしとけよ」


「!!? げほっ!! おえぇ……っ!」


 ハルピュイアは口の中を蹂躙する強烈な刺激に、何度もえづいて、細切れの葉を吐き散らした。

 オークたちがそんな様を嘲笑う。

 まるで無様にのたうつ死にかけの魚でも眺めるかのように。

 ――それが、歌姫(ディーヴァ)の逆鱗に触れた。


「もう、許しません」


 歌姫(ディーヴァ)は深く息を吸い込み、両翼を大きく広げると、その声帯を震わせて一つの“歌”を紡いだ。

 最もベーシックなアレンジ版“セイレーンの歌”。

 部下たちのカバーバージョンとは比べるべくもない。

 歌姫(ディーヴァ)による魔性の歌は、ハルピュイアたちも含め、その場にいる全員の意識を問答無用に刈り取る――はずであった。


 しかし


「――バカが! 対策済みだそんなもん!」


 ハイ・オークがぶぎぃっと一度鳴くと、これに従って部下のオークたちが懐から何か、笛のようなものを取り出した。

 そしてオークたちは、これを力任せに吹き鳴らす。

 ――断末魔の叫びにも似た凄まじい音の奔流が、歌姫(ディーヴァ)の歌を相殺した。


「なっ……!?」


歌姫(ディーヴァ)の歌が……!」


 驚愕するハルピュイアたちを見下ろして、ハイ・オークはくちゃりと口元を歪める。

 どこまでも醜悪で、下卑た笑みであった。


「人間の商人から買い付けたマンドラゴラの身体をくり抜いて作った笛だよ、さすがに生のマンドラゴラと比べりゃいくらか威力は落ちるが……そんでも魔力は乗ってる、お前のか細い歌をかき消すぐらいは造作もねえ」


「くっ……!?」


 これは歌姫(ディーヴァ)にとって誤算であった。

 まさか、ヤツらにそこまで知恵が回るとは、考えもしなかったのだ。


「歌は客の前で存分に歌ってくれ、クイーン・ハルピュイアともなればさぞや高値で売れるだろうなぁ」


 笛の効果を確かめたオークたちは、勝ち誇った笑みを浮かべ、じりじりと歌姫(ディーヴァ)を取り囲んでいく。

 セイレーンの歌を封じられ、状況は絶望的。

 だが、歌姫(ディーヴァ)には奥の手がある。


「――歌姫(ディーヴァ)! シャウトです! シャウトで、この下劣な豚たちを打ち倒してください!」


 それはハルピュイアたちも承知であった。

 シャウトとは歌姫(ディーヴァ)の切り札である。

 歌ではない。鍛え上げられたハルピュイアの肺活量をもった大声量で大気を揺るがし、目に映る全てを物理的に破壊する最終手段だ。


 しかし、歌姫(ディーヴァ)にはこの選択ができない。

 何故ならば


「できるわけねえよなぁ、んなこと」


 とうとうハイ・オークが歌姫(ディーヴァ)の目前に歩み出た。

 ハイ・オークのでっぷり太った巨躯は、折れそうなほどに華奢な歌姫(ディーヴァ)の倍はある。

 彼を見上げる歌姫(ディーヴァ)の瞳は、震えていた。

 ハイ・オークは嗜虐的な笑みを浮かべる。


「どうした? 冷酷無比の歌姫(ディーヴァ)サマ、歌と言わずとも、その鋭い爪で俺の喉を掻き切っちゃどうだ? 問題なく、届く距離だろう?」


「……っ!?」


 歌姫(ディーヴァ)は動かない。

 凍ったように、指先一つ動かせないでいる。


歌姫(ディーヴァ)……!? どうして!?」


「早く! 薄汚い豚を殺してください!」


「――だぁから無理なんだよ、このチキン野郎にはそんなこと!」


 おもむろに振るわれたハイ・オークの拳が、歌姫(ディーヴァ)の顔面を打ち据える。

 歌姫(ディーヴァ)は悲鳴をあげ、いつもの毅然とした態度が嘘のように、弱々しく地べたに倒れ伏した。


「でぃ、歌姫(ディーヴァ)が地に膝を……!」


「何故やり返さないのです!?」


「どこまでもおめでたい奴らだな! こいつはハナからそんな器じゃねえんだよ!」


 絶望に染まったハルピュイアたちの頭上に、嘲笑が響き渡る。

 ハイ・オークが、歌姫(ディーヴァ)の髪をひっつかんで、その苦悶に満ちた表情をハルピュイアたちに見せつける。


「冷酷無比の歌姫(ディーヴァ)!? 馬鹿を言え、コイツの目を見てみろ! 腰抜けの目だ! 甘ったれの雌鶏だ! 少し人質をとられただけで、こんな顔になっちまう!」


「そ、そんな……! 歌姫(ディーヴァ)を侮辱するな!」


歌姫(ディーヴァ)! 反撃を! 豚の喉を引き裂いてください!」


「私たちなど、どうなってもいいですから――!」


「うぐっ……」


 ハルピュイアたちは懇願するように言う。

 しかし、歌姫(ディーヴァ)はそれでもなお、無抵抗を貫いた。

 そして虫の羽音のようにか細い声で、ただ一言……


「そんな物騒なこと……できるわけ……ないじゃないですか……みんな大切な……仲間なんですから……!」


「……歌姫(ディーヴァ)


 ハルピュイアたちは、とうとうそこで言葉を失ってしまう。

 彼女に向けられるソレは失望か、落胆か……いずれにせよ、歌姫(ディーヴァ)に後悔はなかった。


「はっはあ! じゃあよかったじゃねえか、大切なお仲間と一緒に金持ちのペットになれるぜ! ……まぁ何体かは立派なお召し物になってるかもしれねえがな!」


 豚たちの甲高い笑い声がハルピュイアたちを蹂躙する。

 もはや誰もがこれから待ち受ける未来に、絶望しきっていた。

 そんな彼女らを嘲笑うように、ハイ・オークが言う。


「せいぜい可愛がられて、良い声で啼くといいさ!」


「――その発言はセクハラにあたる、俺の部下でなくてよかったな」


「は?」


 ハイ・オークは突如背後から聞こえてきた声に、思わず間の抜けな顔を晒した。

 そしてゆっくりと声の下へ振り返ろうとして――それは叶わない。

 何故なら、次の瞬間には飛来してきた巨大な拳のようなものが自らを殴り飛ばしたからだ。


「ぶぎぃっ!?」


 オークの巨体がまるでゴミクズのように吹っ飛んだ。

 激しく回転しながら、並ぶ木々をへし折って、なおも勢いを殺せず、上空に跳ね上がり、しばらく経って落ちてくる。

 そこで彼は、もう一度豚のような悲鳴をあげた。


「ぶぉっ!? ボス!?」


「だ、誰だ!?」


 部下のオークたちが叫び、自分たちのボスを殴り飛ばした張本人の下へ視線を集める。

 歌姫(ディーヴァ)をはじめとした、ハルピュイアたちも同時に視線を一点へ注ぎ――そして見た。

 宙に浮かんだ四つの手を操る少年を筆頭とし、立ちはだかる三人の冒険者たちの姿を。


 少年はぴくぴくと震えるハイ・オークを見やって、実に落ち着き払った口調で言った。


「俺の部下なら降格、場合によっては解雇すらありうる、殴り飛ばされる程度で済んでよかったな」


「……どっちがマシでしょうね」


 少年の背負う不自然に膨らんだ背嚢の中から妙な声が聞こえたような気がしたが、ついぞ誰も指摘はしなかった。


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