第44話「歌姫の受難」
「……え? 空爆隊が全滅? 聖歌隊も?」
歌姫クイーン・ハルピュイアは部下からの報告に目を丸くした。
初めは先ほどの謎の爆音に耳をやられて聞き違えてしまったのかとも思ったのだが、どうやらそうではないらしく。
彼女の部下であるハルピュイアは、目を瞬かせながら更に報告を続けた。
「は! 先の“音”は十中八九、敵の攻撃です! これを至近距離で受けたハルピュイアたちは残らず失神し、戦闘不能!」
「し、失神……!?」
歌姫の顔がさあっと青ざめる。
「歌唱隊および後方に控えていた我々はかろうじて意識を保ちましたが……ダメージは深刻です! チューニングが完全に狂いました! これではセイレーンの歌が使えません!」
「マジですか……?」
歌姫は今までの威厳に満ちつつも透き通った声音を忘れて、素の声を漏らした。
彼女の表情から血の気などとうに引ききって、目は虚ろだ。
ついでに言うならば玉虫色の羽の一枚一枚が小刻みに震えていた。
恐らく座していなければ、今ごろ膝から崩れ落ちていたことだろう。
それはそうだ。
何故ならば数年前、当時ただの一ハルピュイアであった彼女が偶然編み出したこの戦法は、常勝無敗にして必殺。
いかな強者が相手でも、こちらが一方的に蹂躙できるという革新的な作戦である。
だからこそ彼女はこの作戦に絶対の信頼を置いていた。
……いや、もっと言えば依存していたのだ。
しかし、ここにきて神話は崩壊した。
のちの歌姫はこう語る。
――この時の衝撃とくれば思わず泣き崩れてしまいそうなほどだった。というより実際少し泣いていた。とにかく逃げ出したかった。
しかし、そんなこと部下のハルピュイアたちは知る由もない。
「歌姫! 次なる手を!」
部下の一声に、歌姫はようやく我に返る。
「そ、そうですね、では歌姫たる私が次なるオーダーを……まずは荷物をまとめ」
「――特攻でありますか!」
若いハルピュイアの一人が食い気味に言った。
むろん違う、彼女の頭の中にそんな物騒な考えはこれっぽっちもなかった。
とりあえずは生き残った者だけでも荷物をまとめて逃げ出すべきと提案しようとしたまでだ。
しかし、どういうわけか他のハルピュイアたちは何故かこの“特攻”の二文字がやけに気に入ったらしく。
「特攻!」
「侵入者もろとも玉砕!」
「我々はいつだって歌姫のために死する覚悟です!」
「え!? あっ、違う! 私が言いたいのは、まず優先すべきは自分たちの……」
「――祖国でありますな!」
またしても若いハルピュイアが歌姫の言葉を遮った。
ちなみに歌姫はそこに「命」と続けようとしたわけだが、もうそんなのは手遅れで、割れんばかりの歓声が歌姫を包み込んだ。
「祖国!」
「我らハルピュイアの魂は未来への礎となりて!」
「歌姫! 歌姫!」
「えっ……えっ……」
熱狂の渦の中、歌姫は哀れなほどに狼狽していた。
自分の発言(正確には違うが)が発端となって、どんどん取り返しのつかないことになっていく。
――このままでは非常にまずい。
空爆隊も聖歌隊も壊滅し、戦力差は絶望的。
こんな状態で特攻などかけてみろ、飛んで火に入る夏の虫という具合である。
そうなればどうだ?
私の肩書きは「歌姫」から「無責任な言動によってハルピュイアの里を滅ぼした大戦犯」に早変わりだ!
きりきりと胃が痛み、歌姫は僅かに顔を歪める。
しかしこれに気付く者はいない。
なんで、なんでいつもこうなるのだ……
私はただほんの少し他のハルピュイアより歌を歌うのが好きで、得意なだけだ。
それが気付いたら歌姫などと祀り上げられ、こんな身に余る大役を……
「歌姫! 歌姫!」
きりきり、きりきりと胃が痛む。
「歌姫に栄光あれ! 歌姫に栄光あれ!」
ああ、もう……
「歌姫の為ならば、我が身など惜しくはありません!」
――限界だ。
『――五月蠅い』
その時、歌姫が発したのはたったの四文字。
しかしながらそれは、まぎれもなく“歌”であった。
まるで天上より舞い降りし天使たちの奏でる笛の調べ、もしくはどこまでも静謐な泉に落ちた一滴の雫。
ところで音楽というのは酒に例えられることがある。
その点から言えば、歌姫の歌はまさにひと舐めで魂まで蕩かす、極上の美酒であったのだ。
興奮しきっていたハルピュイアたちが、まるで糸でも切れたかのように、どさりどさりと地に伏せる。
一瞬の出来事であった。
歌姫は、ただの一言で、あれだけいたハルピュイアたちを全て寝かしつけてしまったのだ。
「はぁ、もう……なんでこんなことになっちゃったのかなぁ……」
ただ一人残された歌姫は、彫刻じみた美貌を情けなく歪ませた。
「特攻なんてそんな物騒なことさせるわけないじゃん……ああ、もう胃が痛いよう……」
そして彼女は、最後に大きな溜息を吐き出して
「本当に怖いからヤダけど……本当にヤダけど……私一人で侵入者、倒してくるね……」
ああ、ヤダなぁヤダなぁ。
そう溜息まじりに呟きながら、歌姫は玉虫色の翼を羽ばたかせた。
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