第43話「グッドモーニング」
ハルピュイア。
上半身は人間の女性に似て、腕は翼、下半身は鳥類という半人半鳥のモンスターである。
むろん翼があるからして、空を自由に飛び回り、木上に小規模な集落を形成することで知られている。
狩りの際にはその鋭い爪を用いて上空から奇襲をかけるのが主だとされていたが――
「なるほど、これはシンプルながらなかなか理に叶っているぞ!」
俺は絶えず上空から飛来してくる石飛礫の雨を千手で弾きながら感嘆の声をあげた。
「上空からの投石による波状攻撃! 極めて原始的だが、なかなかどうして! 反撃はおろか前進も後退もままならない!」
「感心してる場合っすかナルゴアさぁん!?」
「そして極めつけはこの歌だ!」
どこからともなく聞こえてくる意識を揺さぶる魔性の歌声。
俺は再びウェイクアップの呪文を唱えさせ、意識を覚醒させる。
恐らく、空襲部隊とはまた別のハルピュイアたちがどこかに控えているのだろう。
「あまりにも様変わりしているので気付くのが遅れたが、今思い出したぞ! これはセイレーンの歌だ!」
「セイレーンというと歌で人を惑わし、船を沈めるとされた海のモンスターの!? なんでそんなものをハルピュイアたちが……!」
「会得した経緯は知らんが、セイレーンとハルピュイアは元々同一の存在とされていた! 恐らく起源が同じなのだろう!」
「勉強になりました! できれば今後の人生でも活かしたいっすねぇ!」
直後、投石の一つが軍曹に命中し、彼のゼラチン質な身体が弾ける。
彼にダメージはないが、これでは確かにジリ貧だ!
「うぐっ……ナルゴアさん! いい加減反撃しましょう! もう話し合いとかそういう段階じゃないっすよコレ!」
「ああ! しかし俺は投石から身を守るので手いっぱいだ! せめてアルラウネが目を覚ましてくれれば……!」
「そうだ! 妙案が浮かびましたよ!」
「なんだ軍曹!」
「ナルゴアさん! アル姐さんの名前を呼びかけてください!」
「俺が!? 軍曹があれだけ呼びかけても目を覚まさなかったのにか!?」
「ナルゴアさんなら目を覚まします! 耳元で! 囁くように! できればなるべく良い声で!」
「よく分からんが、分かった!」
俺は自らの頭上に展開した千手を移動させ、これを傘に見立てて、アルラウネの近くへ滑り込む。
アルラウネは地べたに身体を横たえている。
僅かに頰が上気しており、苦しげに吐息を漏らしているところを見るに、恐らく悪夢を見ているのだろう。
待っていろ今助け出す!
「耳元で……こうか!?」
俺はその場に膝をついて、彼女の耳元へ顔を寄せる。
「そうっす! ついでにアル呼びでお願いします!」
「分かった……やってみよう!」
耳元で、囁くように、そしてできるだけ良い声で……
「アル」
――次の瞬間、軍曹があれだけ呼びかけても反応のなかったアルラウネが、かっと両目を見開いた。
「ああああああああっ!!!?」
彼女はまるで背中に冷や水でも浴びせられたかのように悲鳴をあげ、飛び跳ねて、そしてその場にうずくまる。
「すごいな軍曹!? なんだか知らんが効果覿面だぞ!?」
「よし! 今日ばっかりはナルゴアさんの鈍さに感謝っす! ほら姐さんいつまでも悶えてないで早く立ち上がってください! 敵ですよ敵!!」
「み、耳に赤ちゃんできるかと思った……」
「アル姐さんマジでキモいっすね!」
なんだかよく分からないが、ともかくここにきてアルラウネが復活したのは僥倖だ!
「――アルラウネ! 寝起きに悪いが覚醒作用のあるハーブをありったけ、それとパラネイラだ! パラネイラを咲かせてくれ!」
「アル姐さんいつまでも呆けてないで! 早く!」
「わわわ分かったわようるさいわね! 行くわ! ――ブルーム!」
アルラウネが全身に巻きついたツタを操り、これを地面に接続する。
するとどうだ。瞬く間に無数の植物が芽吹き、見渡す限りのハーブガーデンが展開されたではないか。
たちどころに胸のすくような清涼感のある芳香が周囲を満たす。
アルラウネの魔力が宿った覚醒作用のあるハーブの芳香――これでセイレーンの歌は封じた!
続いて第二段階!
「今だアルラウネ! パラネイラの種を飛ばせ!」
「分かったわ! ブルーム!」
アルラウネの送り込んだ魔力に呼応して、ハーブ群に紛れ込んだひときわ背の高い植物がめきめきと音を立てて更に成長、ついには見上げんばかりに。
まもなく、ぷっくりと膨れ上がった果実が――破裂。
爆音とともに鞘が弾け飛んで、無数の種子が天高く打ち上げられる。さながら大砲だ。
「なっ!? し、信じられません! 地上からの攻撃を確認しました!」
「投石止め!! 回避行動! 回避行動!」
「着弾まであと……ああっ、間に合いません! 直撃しますっ!」
天然の対空放火にヤツらよっぽど意表を突かれたと見える。
ある者は泡食って逃げ出し、ある者は混乱してその場にとどまり、またある者は運悪く拳大の種に直撃し、あえなく墜落する。
だが、彼女らの中にもそこそこ頭の回る者がいるようで
「――うろたえるな! どんな手を使ったか知らんが所詮は植物! 殺傷力も低く狙いは正確ではない! 爆撃の手を休めるな!」
「ほう」
この状況でなかなか冷静な判断である。
彼女の鶴の一声で他のハルピュイアたちも我に返る。
だが悲しいかな、パラネイラの本領発揮はここからだ。
――ばんっ、と音が鳴って、空に花が咲いた。
「なっ!?」
正確には花ではない。
天高く打ち上げられたパラネイラの表皮が分離し、種の本体と繊維で繋がった状態のまま次々と展開された。
要するに、パラシュートだ。
数え切れないほどのパラシュートが、あっという間に空を埋め尽くしてしまったのだ。
「へっ……!? なにこれ!?」
「こ、これは……回避できません!」
我が物顔で空を飛び回っていた彼女らは長く伸びた繊維状の物質に絡め取られ、体の自由を奪われていく。
「うぎぎぎ……! ダメです! 行動不能! 戦線を離脱します!」
「こ、こちらも行動不能! ご武運を!」
「歌姫に栄光あれ!」
ハルピュイアたちのほとんどはパラシュートの揚力に敗北し、風に流されるがままどこかへ飛んで行ってしまう。
僅かにこれを逃がれたハルピュイアたちも、もはや自由に空を舞うことはできない。
制空権は完全に奪った。
「よくやったアルラウネ」
「ふん、これぐらい当然よ」
俺とアルラウネはハイタッチを交わす。
もっとも今の俺の背丈では、彼女にロータッチを強いる羽目となってしまうのだが。
そして俺はハイタッチがてら頭上を埋め尽くすパラネイラの種子を見上げた。
――パラネイラ。
ここより遥か南方の地に分布する植物であり、成熟しきると同時に先端の果実を破裂させ、中の種子を広く上空へ拡散させる。
この時射出される種の勢いとくれば、中型の猛禽類ぐらいであれば一撃で仕留めてしまうほどだという。
しかしなにより特徴的なのは、種子と表皮が分離してパラシュート状に変化することだ。
それは単に種の生息域を広げるためだとも、空を飛ぶ獲物を絡め取って養分にするためだとも言われているが、真偽のほどは定かではない。生命の神秘である。
「ふわあああ……あーーよく寝た!」
なんてやっていたら、ハーブの覚醒効果が作用して、ようやくきゅーちゃんが目を覚ましたようだ。
彼女は寝起きにも拘わらず、いつも通りに元気溌剌である。
「お目覚めか、きゅーちゃん」
「あ、ナルゴアさんおはよ~! って、あれ? 外? 昨日野宿したんだっけ? 朝ご飯は?」
前言撤回、どうやらまだ少し寝惚けているらしい。
そうこうしている内にも、生き残ったハルピュイアたちが体勢を立て直し、こちらへ狙いを定めている。
どうやら残りのハルピュイアたちで突貫をかける腹積もりのようで。
要するに――これで“詰み”だ。
「悪いなきゅーちゃん、朝食の前に一つ頼まれてくれるか」
「なあにナルゴアさん?」
「歌を歌ってくれ、思いっきりな」
「いいよー!」
どうして歌を? とかそういう疑問を持たないらしい。
彼女は二つ返事で快諾して、すううと、大きく息を吸い込んだ。
俺とアルラウネは咄嗟に耳を塞ぎ、同時にハルピュイアたちがこちらめがけて突っ込んでくる。
「歌姫に栄光あれえええええ!!」
彼女らの鋭い爪が、ぎらりと光る。
しかし、遅い。
――次の瞬間、圧倒的な音の暴力があたり一帯を蹂躙した。
世界さえ震わす、吸血コウモリのハウリング。
歌っている本人は実に楽しげだが、これを喰らった側は、たまったものではない。
「――――あ――――ぁ――っ!?」
「――なに―――これ――――!?」
「――――行動――――不能っ……――!」
かくして、これをマトモに聴いてしまったハルピュイアたちは一匹残らず地に堕ち、気が付けば例の歌も止んでいた。
あとに立っているのは、やけに晴れ晴れとした表情のきゅーちゃんだけである。
「あー気持ちよかった! 私、朝ごはんはフルーツがいいなあ!」
「すまん……何を言っているのか聞こえない……」
「耳が……」
ちなみに耳を塞ぐ手を持たない軍曹は、やはり、いつものごとく、破裂していた。
年末年始がとっても忙しくて若干更新が不定期気味です、ゴメンネ!
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