第41話「いななきの霊山」
魔法剣士ジルハートとヒーラーのエルマ。
二人は港町リューデンブルグ出身の勇者コンビであった。
幼くして海魔を狩り、豪傑ぞろいの船乗りたちから一目置かれていた彼らは、齢20に差し掛かると同時に啓示を受け、勇者となった。
誰が呼んだか「暁の小舟」。
水棲モンスターの扱いならお手の物。
船を一巻きにするようなシーサーペントでさえ、彼らにかかればその日の内に食卓に並んでしまう。
某弱小ダンジョンでの屈辱的敗北から幾日。
諸々の手続きを終え、ようやく冒険者としての活動を再開した彼らは、早速とあるダンジョンの攻略へと乗り出した。
攻略推奨レベル15、“いななきの霊山”。
レベルアベレージ30を超える彼らならば、問題なく攻略できるダンジョンである。
できるはず、できるはずであった。
だが――
「ぐっ!?」
ばきぃんっ、と激しい金属音が打ち鳴らされ、ジルハートは大きく後退した。
乾いた音とともに木の葉が舞い、すかさずエルマがフォローに入る。
「大丈夫ですかジルハート!? 待っていてください、今……!」
ツギハギだらけの聖法衣をまとったエルマは杖を高く掲げ、回復魔法の詠唱を開始する。
しかしジルハートはこれを制して
「回復魔法はいい! 身体強化魔法をかけてくれ!」
「またですか!? これ以上の重ね掛けは身体に影響が出ますよ!?」
「くそ、そこまでしてるのに……どうして倒れない!?」
ジルハートとエルマは同時に、行く先に立ちはだかった獣耳の彼女を見やる。
幾度となく打ち据え、地に膝をつかせても亡者のごとく立ち上がってくる彼女を。
刃を通さぬほど頑強なのか?
違う、彼女の柔肌は青黒いアザと数え切れないほどの小さな傷が埋め尽くしている。
疲れを知らぬほど無尽蔵の体力を備えているのか?
違う、彼女はすでに倒れる寸前だ。
しかし、倒れない。
まるで見えない糸で吊られているかのように、あと少しのところで踏みとどまっている。
こんな状態がかれこれ一時間近くも続いているのだ。
たとえモンスターとはいえ、こんなものは常軌を逸している――
「無理っていうのは……嘘吐きの言葉にゃあ……」
獣耳の彼女がうなされるように呟く。
「ダンジョンの喜びはウチの喜び……働かざるもの食うべからず……粉骨砕身、誠心誠意、我武者羅、遮二無二……」
武器である竹槍を構えながら、ぶつぶつとまるで念仏でも唱えるかのような彼女。
そのあまりの不気味さにエルマは「ひぃっ!?」と短い悲鳴をあげた。
これが合図となり、彼女の二又に別れた尾が、ぴぃぃんと逆立つ。
「――乾坤一擲! ウチはオーバー300! 不退転のネコマタ! たとえこの身が砕けようと、お前らはここでぶっ殺してやるにゃあ!」
この時、ジルハートとエルマには目の前の彼女が一本の槍に映った。
ただ自分たちを刺し貫くまで折れぬ、一本の研ぎ澄まされた槍に。
――勝敗は決した。
得体の知れない恐怖を前にして、二人の心が折れたのだ。
「こ、ここは退くぞエルマ!」
「そうですねジルハート!」
かくして二人は身を翻し、いななきの霊山から逃げ出した。
追撃はない。彼女もまた限界だったのだ。
「勇者パーティの撃退……これで15分休憩がもらえるにゃあ……」
ネコマタと名乗った彼女はまるで糸が切れたように崩れ落ちた。
その表情はどこまでも穏やかである。
――そして、遥か高みからここでの一部始終を眺めていた当ダンジョンの中ボスは、恍惚として笑みを浮かべた。
「ふふふ……また勇者パーティを追い払ってしまったわ、パーフェクト……パーフェクトすぎるわ、私のダンジョン……」
彼女は震えていた。
自らの経営者としての才能を確信し、恐れさえ感じていたのだ。
「低コストで最高のパフォーマンス……ふふふ、この調子ならいずれ勝てる……憎っくきアイツらにも……!」
とうとう堪えきれず、彼女はあーはっはっは、と高笑いをあげた。
全能感が彼女を支配していた、端的に言って有頂天だった。
ゆえに気付かなかったのだ。
木陰からこちらを見つめる少女の存在に――
「……このダンジョンはもう駄目ですね」
少女はそう言葉を残して、人知れずいななきの霊山から姿を消した。
大変お待たせいたしました! 第二章開幕でございます!
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