第40話「二周目突入!」
ベルンハルトが咄嗟に飛びのいて、こちらとの距離をとった。
彼の瞳の奥には、黒々とした憎悪の炎が渦巻いている。
「……はっはぁ、テメェもなかなか気の利いたことをするじゃねえか、千手のナルゴア」
そう言って、彼は聖剣を握る手に力を込める。
聖剣はここで過去最高の神性の光を帯びた。
今の彼ならば神殺しさえ成るだろう。
「見ろよ、あの時と全く同じだ。俺とお前の一騎打ち、リベンジにゃあもってこいのシチュエーションってなもんさ」
「……お前は勘違いをしているようだな勇者ベルンハルト、これはあの時とはまるで真逆ではないか」
「なに?」
ベルンハルトが眉間にシワを寄せた。
……ああ、本当に分からないのか。
悲しいヤツだよ、お前は。
……あの時、お前にはともに戦う仲間がいた。
対して俺は独り。
だが、今はどうだ。
お前にはただの一人の仲間もいない。
翻って俺にはこんなにも沢山の仲間がいる。
そんな簡単なことにも気付けないから――お前は負けるのだ。
俺はここにきて四つの手を召喚した。
そしてあの時と全く同じ質問を、ヤツに投げかける。
「――降伏はするか?」
「誰がするか! この薄汚え魔族がよぉっ!!」
ベルンハルトがほとんど光そのものと化した聖剣を振りかざし、こちらへ飛び掛かってきた。
振りかざした剣は光速の壁を破り、因果律を捻じ曲げて――増える。
右上段、左上段、右下段、左下段。
計四つの剣筋が、全く同時に俺に襲い掛かる。
「これが俺の全力だ! 避けれるもんなら避けてみろ!」
「その必要はない」
俺の展開した千手が即座に動き出し、剣を防ぐ。
右上段、左上段、右下段、左下段――その全てを、俺の千手が受け止めた。
大技を防がれ、ベルンハルトが空中で硬直する。
全てがスローモーションに動く世界で、俺はベルンハルトに問いかけた。
「……最期に何か言い残すことはあるか、ベルンハルト」
「最期、ねえ……勉強不足だぜナルゴア」
ベルンハルトは最期のその時まで、不敵な笑みを崩さなかった。
「――勇者っていうのはなんべん殺されたって地獄の底から蘇ってくるもんなんだよ」
「それを何度も追い返すのが俺の仕事でな――さらばだ、勇者ベルンハルト」
俺の振りかぶった拳が、ベルンハルトへ向けて放たれる。
まっすぐに突き出された拳は聖剣を打ち砕き――そのまま勢いを殺さず、ベルンハルトの顔面に突き刺さる。
ベルンハルトの身体が大きく仰け反るのと同時に、俺は千手を使役した。
四つの握り拳が、ベルンハルトの身体を四度、八度、十二度と打ち据える。
そして三十六度に渡る拳での殴打により、勇者ベルンハルトは絶命した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
地平線の彼方、昇りかけた朝陽が、俺たちの行く先を燦燦と照らし上げていた。
どこまでも続く草原を、柔らかな風がなぞる。
道のりは果てしなく長く、俺は若干げんなりしかけたが――しかし、問題ではなかった。
何故ならば、俺の周りには彼女たちがいる。
「結局、村は追い出されちゃったわね」
おもむろに、俺の隣を歩くアルラウネが言った。
「追い出されたではなく、送り出された、が正しい。村を救った正真正銘の勇者として」
「ナルゴアが勇者だなんて、おかしな話もあるものね」
「自分、あの村気に入ってたからもう二、三泊したかったんすけど……静かだし、野草が美味しいし……」
「でも昨日のパーティはすんごい盛り上がったよねー!」
吸血コウモリは、満面の笑みを浮かべて言う。
ああ、確かに盛り上がったとも。
しじまの洞窟とまどわしの森の面々に、ガテル村の村民たちを合わせた戦乙女撃退記念パーティ。
ひいては、俺の勇者としての門出を祝う宴会である。
ゴブリン三兄弟の料理に舌鼓を打ちながら、人魔入り乱れた宴だ。
見る者が見れば卒倒してしまう光景であったろう。
オウルベアは早々に潰れて、オールド・ボアがこれを介抱し。
酔っぱらったアルラウネとアラクネに随分と絡まれて。
きゅーちゃんのキレッキレのダンスやポイズンスライムの一発芸で盛り上がったり。
そんなこんなで宴は夜通し続いた。
そのおかげでまだ疲れが抜けないが、その間ずっと働き詰めだったゴブリン三兄弟はもっとだろう。
ゴブリンたちには、あとでしかるべき報酬を支払わなければならないな……
「アルちゃん、村の男の人たちにすんごい人気だったよね~!」
「ふん、そんなの興味ないわよ、そういうアンタは奥様方に人気だったじゃない」
「なんかダイエットの方法を教えてほしいってお願いされたの!」
「自分は子どもに人気でしたよ、おかげで四六時中もみくちゃにされましたけど……」
「……お前たち、人間嫌いじゃなかったのか?」
アルラウネに至っては、あの人を殺した憎き人間とまで言っていた気がするが。
しかし、彼女らは実にけろりと。
「まぁ、確かに好きではないっすけど」
「でも、村の人たちはナルゴアさんを育ててくれたわけだし!」
「……少しぐらいは感謝してるわよ、今回の作戦だって村人たちが花の種を植えてくれたおかげで成功したようなもんだしね」
「……そうか」
俺はしみじみと呟いた。
どうやら、彼女らも丸くなったらしい。
思わず、頬が綻んだ。
「とはいえ、これから大変っすねえ」
ポイズンスライムが溜息混じりに呟く。
「ナルゴアさんに呼び出された他の連中はともかく、自分らはしじまの洞窟から直接走ってきたわけだから、帰りは徒歩ですもんねえ」
「ナルゴアさんがいるから行きと同じ無茶はできないし」
「悪いな、俺のせいで」
「別に責めてるわけじゃないわよ、ゆっくり帰りましょ、寄り道でもしながらね」
「……そういえばお前ら、仕事は?」
俺が尋ねると、彼女らは三人揃ってにやりと笑い。
「――三人揃って長期休暇よ、溜まってた有休も合わせて、ちょっとした旅行気分ね」
「さ、三人とも長休!?」
くらり、と眩暈がした。
もしも俺がまだ中ボスであったなら、その場で卒倒していたはずだ。
「なによ、休みの日までとやかく言われる筋合いはないって言ったでしょ? 今は思いっきり休暇を楽しみましょ!」
「いえーい! アル姐さん太っ腹!」
「私、色んな町を見て回りたいなぁ!」
「は、はは……」
思わず乾いた笑いが漏れた。
しじまの洞窟、本当に大丈夫なのか……?
一抹の不安が脳裏をよぎる――その時であった。
「……すまん、お前らちょっと先に行っててもらっていいか」
「? どうしたのよ、急に」
「頼む、すぐに追いかけるから」
「わ、分かったわよ、あんまり遅くなると置いていくからね!」
それだけ言い残して、三人は先へ進む。
そして遠ざかっていく彼女らの背中がやがて見えなくなると、俺は視線を横にずらした。
……ああそうか、こんなところにあったのか。
「世界の柱――」
「あーあ、とうとう見つけちゃいましたね、センパイ」
一体いつから後を尾けてきていたのか、ルシエラがすぐ傍で、俺と同じように世界の柱を見つめていた。
世界の柱――それは我らが社長の創り上げた世界最後のダンジョン。
きたるべき“災厄”に備えて創造された、魔族最後の砦。
そして俺とルシエラの、前の職場だ。
「……そういえばおぼろげな記憶だが、確かにしじまの洞窟へ転勤になった時にここを通った気がするよ、しかし、まさかこんな近くにあったとは」
「神話クラスの隠蔽魔法で生半可な人間や魔族では見つけることすらできませんからね、センパイは千手を取り戻した影響で見えるようになったみたいですけど」
「……ところでお前はこんなところで何をしているんだルシエラ」
「いえ別に? なーんにもすることがなくなってしまったので自分探しの旅にでも出ようかと。……今回の一件で、ボクにも色々思うところがありまして」
「殊勝なことだ」
「……ボクのこと、怒ってないんですか?」
ルシエラが恐る恐るといった様子で尋ねかけてくる。
こいつはふざけたヤツで思い込みも激しいが、一応は反省しているようだな……
「少しだけな、しかし不出来な後輩のやらかしたことにいちいち目くじらを立てていては、中ボスなんぞ務まらん」
「ははは、やっぱり優しいですね、センパイは」
「……そんなことよりも、これについて説明してほしい」
「あ、とうとうそれ聞いちゃいます?」
ルシエラが悪戯っぽく笑う。
しかし、その奥に隠れた表情は真剣そのものであった。
俺とルシエラは、ほとんど同時に世界の柱を見やる。
――いや、正確には“元”世界の柱を。
「――何故、世界の柱が倒れている?」
俺は眼前に横たわる巨大な塔の残骸を眺めて、いよいよその疑問を彼女へ投げかけた。
「さあ、百年前は間違いなくなんともなかったはずですが……ボクも気付いたのはほんの数日前です」
「階層守護者たちは? ……いや、そもそも社長は?」
「見ての通りのもぬけの殻です、あるのはただの残骸だけ、ご丁寧に隠蔽魔法だけは機能し続けているようですが……」
「……何が起ころうとしているんだ」
「案外、これが社長の言っていた“災厄”なのかもしれませんね」
ルシエラがよっこいしょ、と腰を上げる。
「ボクは少しこの件について調べてみます。ナルゴアさんはどうしますか?」
「俺は……」
逡巡する。
これは間違いなく、俺の知らないところで何か良くないことが起ころうとしている。
もしや魔族の存亡に関わることかもしれない。
いや、それだけならまだいい。
もしかしたら、もっと恐ろしいことの前触れやも……
俺は考えに考え、そして一つの結論を導き出す。
「悪いなルシエラ、俺は行けないよ」
「……どうしてです?」
ルシエラが、寂しげに問いかけてくる。
きっと彼女は俺がなんと答えるか、初めから分かっていたのだ。
「――仲間たちがいるからさ、あいつらを置いてはいけない」
「……そですか」
ルシエラはそう言って、くるりと踵を返した。
「あーあ、分かってはいましたけど、フラれちゃいましたね」
「……悪いな、ルシエラ」
「謝らないでください、いつか絶対にセンパイを振り向かせてみせますからね」
またどこかで会いましょう。
ルシエラは最後にそう言ってはにかみ、その場から姿を消す。
俺はルシエラを見送ると、すぐに身体を翻して彼女らを追いかけた。
「すまない、待たせたな」
「――もう! 遅いわよナルゴア! 何やってたの!? 危うく置いていくところだったわ!」
「自分が一番心配してたくせに……へばぁっ!?」
「もー、スライム汚いから飛び散らないで!」
「理不尽すぎません……?」
俺は思わず頬を緩めてしまう。
きっと何も心配はいらないのだ。
辛いことも苦しいことも、関係ない。
俺はどんな障害も乗り越えていけるはず。
――何故ならば俺は、二周目の人生においても最高の仲間たちに囲まれているのだから。
これにて第一章完結です!
ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました!
第二章は準備ができ次第開始させていただきますので、これからもお付き合いください!
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