第4話「しじまの洞窟」
“千手”は俺の意のままに操れる“手”の異能だ。
手は、単独での魔法詠唱が可能。
もちろん物理的に殴ってダメージを与えることもできる。
しかしそれ以上にこういった使い方もできるのだ。
「さあ、できたぞ」
俺は四つの手を使役し、最短最速で三つの皿を完成させた。
長男ゴブリンが、感嘆の声をもらす。
「あの短時間で三皿……噂の五回行動は伊達じゃないってことですかい? 確かに見事な手際でやす、だが問題は……」
「もちろん味だ、冷めない内に食ってくれ」
俺は三つの皿を、ゴブリン三兄弟のテーブルへ順番に並べる。
「これは――!」
三兄弟が目を剥き、野次馬たちがどよめいた。
彼らの注目を一身に集める皿。
それは、透き通ったスープに浮かぶ、ぶつぎりになった六目ヤギの――臓物。
「――これは、六目ヤギの臓物煮込みじゃねえか!」
「六目ヤギの臓物煮込み、中ボス風だ」
俺は洗い物がてらに付け加える。
見た目こそ違えど、料理自体は彼らが作ったものと全く同じ。
六目ヤギの内臓をふんだんに使った、煮込み料理だ。
「うおおお!? なんだありゃ!? 三兄弟の作ったものとはまるで別物じゃねえか!?」
「なんて食欲をそそる香り……六目ヤギの臓物なんて食べれたもんじゃないと思ってたけど、こっちまでお腹が空いてきちゃう!」
「……あ、あれ? 私は一体何を……」
「きゅーちゃんが料理の匂いで息を吹き返した!?」
俺の料理に、野次馬たちは大変な騒ぎだ。
長男ゴブリンが、ぐっと顔をしかめる。
「……中ボスさんも大概意地が悪い、臭くねえ臓物煮込みを作ってあっしらに恥をかかせようって、そういう腹積もりですかい?」
「何をバカげたことを、いいから早く食ってくれ」
「はん、素人が! 臭みのねえ臓物煮込みなんて臓物煮込みじゃねえ! 俺たちの口に合うはずが……」
長男ゴブリンが、ばくりと一口ヤギの内臓を頬張る。
瞬間――長男ゴブリンが震えた。
「があっ!?」
「あ、兄貴!?」
「ぶふ、お、おおおまえ、料理に何を……!」
三男が再び肉切り包丁を構える。
しかし、これを手で制する者がいた。
他ならない、長男ゴブリンである。
「に、にに兄ちゃん、何を……」
「ち、ちげえ! これは……べらぼうに美味い!!」
「なっ!?」
次男ゴブリンと三男ゴブリンが驚愕の声をあげる。
対して長男ゴブリンは、口の中のソレを一心不乱に噛み締める。
「内臓が死んでねえ! 嫌な雑味がなくなって、むしろ殴りつけられるぐらい鮮烈に内臓の風味が際立ってやがる!? これに比べりゃ俺たちが作った臓物煮込みなんてただ臭いだけで、寝惚けた味に思えてくるほどだ!」
「ほ、本当かい兄貴!?」
次男ゴブリンと三男ゴブリンが自分の分の臓物煮込みにがっつき、そして大きく仰け反った。
この反応を見て、野次馬たちから「おおおっ!?」と声が上がる。
「あの頑固三兄弟が他人の料理に夢中になってやがる!?」
「一体どんな魔法を使ったんだ!?」
「……私、ちょっと食べてみたいかも……」
「ち、畜生! 美味え!」
長男ゴブリンは、山ほどあった内臓をあっという間に平らげると、スープさえあまさず飲み下し、そしてこちらを睨みつけた。
「て、てめえ、何か特殊な食材を使いやがったな……!?」
また見当違いなことを。
俺は四つの手で洗い物を続けながら、その問いに答える。
「特別なものなんか何も使ってない、全部この厨房にあったものだ」
「嘘を吐け! ウチの厨房にあるものだけで、こんな上等なもんが……!」
「作れるさ、本当に相手のことを考えていればな」
「なっ……!?」
「吸血コウモリ、ちょっとこっちに来てくれるか」
「わ……私……?」
野次馬の中に紛れていた吸血コウモリが困惑気味に言う。
俺は彼女のために用意した、四杯目の皿を高く掲げた。
「これはお前に食べてほしい」
「で、でも私、生臭いの苦手……」
「頼むよ」
「……う、うん」
吸血コウモリがはばたき、渋々とこちらへ近寄ってくる。
俺は彼女に料理とフォークを差し出した。
「うう……」
彼女は恐る恐るフォークを突き立て、ぱくりと内臓を一口。
すると――どうだ。
「――お、美味しい!」
まるで春先に花が開くように、彼女の表情がぱあっと明るくなる。
これを見て、野次馬たちはまるで信じられないものでも見るように、目を見張った。
「な、なに今の声!? まさかきゅーちゃんが!? きゅーちゃんってあんな声出せたの!?」
「いっつも死にそうな声でぼそぼそ喋るのに……!」
「美味しい! 美味しい!」
吸血コウモリが先ほどまでの沈んだ様子とは打って変わり、羽をぱたぱたさせながら臓物煮込みにがっついている。
俺は皆の注目を集めながら、ゆっくりと語り始めた。
「――彼女は慢性的な貧血に悩まされていた、そりゃそうだろう、ここじゃ血を吸う相手もいなければ、食い物も偏る一方だ。翻って六目ヤギの臓物には豊富な栄養分が含まれていて、貧血を回復する効果もある」
「じゃ、じゃああんた、もしやハナから内臓嫌いのきゅーちゃんのために臭みのない臓物煮込みを……!?」
「まぁそういうことになる、……いいか三兄弟」
俺は彼らに歩み寄って、言う。
「料理の腕に自信を持つのは結構、伝統を大事にするのもおおいに結構、しかし食べさせる相手のことを忘れちゃ駄目だ」
「アンタ、俺たちにわざわざソレを教えるために……だが、俺たちにゃ、もう……」
「大丈夫さ、なんせお前ら三兄弟には手が六つもある、もっと美味いもんが作れるさ」
「か、かたじけねえ……!」
三兄弟が、おいおいと涙を流し始めた。
野次馬たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
ふむ、これでゴブリン亭の改革も完了!
「中ボスさん、俺たち兄弟はアンタの男気に惚れた! まさかあの臓物煮込みを汁まで平らげちまってまで一芝居打つなんて……決めた! 俺たちはもう二度とゴブリン風は作らねえ!」
「……ん? なんで? メニューには残しておいてくれよ」
「えっ?」
三兄弟を含め、野次馬連中が一斉に間の抜けた声をあげた。
なに、この反応?
「あれ、言わなかったっけ、俺は嫌いじゃないって……」
どこからか「うわ……」と本気で引いた時の声が聞こえた。
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俺がこのしじまの洞窟に着任してから――はや一年。
しじまの洞窟の静寂は破られた。
今では毎日が慌ただしく、そして活気に満ち溢れている。
「――中ボスさぁん! 第二階層で栽培していた新種の毒草が量産に成功したよ! これを第一階層に持っていけばいいんだよね?」
「ああ、半分はポイズンスライム率いるスライム隊に、もう半分はグレムリンたちが新作トラップに試したいと言っていた、悪いが運んでおいてくれ」
「中ボスさん、また面接希望のモンスターがやってきました! いかがなさいます?」
「30分後に俺がまとめて面接する、それまで茶でも出しておいてくれ」
「中ボスさん! 従業員が増えてゴブリン亭がパンク寸前だ! 頼むなんとかしてくれ!」
「そうだと思ってコボルトたちに工事を発注しておいた、明日には取り掛かってくれるはずだ」
ひっきりなしにやってくる従業員たちの要望に応えながら、召喚した四つの手で、別の業務をこなしていく。
全く、手がいくつあっても足りないぞ……
「アンタ、ホントにいっつも働いてるわね、あの日からずっと」
声がしたので見てみると、俺のすぐ側に彼女が立っていた。
頭に咲いた花は、出会った時のように枯れてはおらず、凛として咲き誇っている。
「アルラウネか、いきなりどうした?」
「私だって感傷に浸りたくなる時もあるの、もう一年だもの」
くりくりと髪を指に絡ませながら、アルラウネはどこか気恥ずかしそうに言った。
そのクセだけは、一年経った今でも相変わらずだ。
「一年……か、あっという間だったな」
「ここも随分と変わったわね」
「ああ、俺がここへ来た当初は、迷い込んだ子どもですら無傷で生還できる……そんなお粗末なダンジョンだったが、見てみろよこれ」
俺はこのダンジョンを総合的にまとめたデータを、テーブル上に広げる。
「これはガイアール城を出立した勇者パーティがここへたどり着くまでの予測レベルを割り出したもの、6~8レベルがいいところだろう」
「うん」
「で、こっちが今のしじまの洞窟の攻略推奨レベル、なんと30を超えている」
「30!? 中堅冒険者パーティでようやくってこと!?」
「そうともさ」
「初見殺しもいいところね」
そう言って、彼女は笑った。
彼女は最近になって、とても自然に笑う。
「あとは勇者が来るのを待つだけだな」
「それにしても勇者、遅いわね」
「きっと相当な臆病者で、未だガイアール城下町でくすぶっているんだろう、全く、これでは魔王軍のダンジョン監査の方が先に来てしまうぞ」
「……あれ、ちょっと待って、ダンジョン監査って暦上は一か月前になってない?」
「え?」
アルラウネに言われて、俺は慌てて資料を漁る。
……本当だ。
「おかしいな、ダンジョンに監査がこないなんてそんなことあるはずないんだが……」
「案外、魔王様はウチのダンジョンのことなんて忘れてたりしてね」
「まさか」
「まさかよね」
ははははは、とお互いに顔を見合わせて笑う。
そんな時だった。
「――た、大変だよぉ! 中ボスさぁん!!」
ばぁんと勢いよく扉が開け放たれ、フェアリーが飛び込んでくる。
「ちょ、ちょっとノックもしないで……」
「まあ待てアルラウネ、どうした? 落ち着いて話してみろ」
「そ、それが……」
フェアリーが小さな胸を上下させ、なんとか息を整える。
そして――
「――魔王……魔王ガルへリオス様が勇者パーティに倒されちゃった!!」
「へ?」
「そして今、勇者たちがしじまの洞窟に向かってるの! パーティの平均レベルは――72!!」
「えっ?」





