第39話「第四階層“ナルゴア”」
「嘘……だろ……?」
ルシエラは遠見鏡に映った光景を見て、思わず声を漏らす。
それは信じられない光景であった。
一体一体がドラゴンにすら匹敵する力を持ったヴァルキリーたち。
それが、あれよあれよといううちに戦線を離脱し、天界へと逃げ帰っていく。
気付けば、500体はいたヴァルキリーが今では指で数えるほど。
勝ってしまったのだ。
こんな弱小ダンジョンが、ヴァルキリーの軍勢に――
『ホウ、だから言っただろう』
オウルベアは、何故か自分のことのように胸を張っている。
ルシエラには何度見てもそれが信じられない。
「どうしてこんな弱小ダンジョンに、ヴァルキリーたちが……在り得ない! 戦力差は絶望的だった!」
『その戦力差を覆すのが、中ボスの仕事だ』
「バカな……」
ルシエラはとうとう言葉を失ってしまう。
オウルベアは、そんな彼女の様子を見て、ホッホッホと笑う。
『やはりまだまだ青いな、それにまだ戦いは終わってないぞ、見ろ』
オウルベアが第二階層を映し出す遠見鏡を指した。
そこには、仲間のほとんどを失っても、未だしぶとく交戦を続ける第三戦乙女部隊長ノアの姿が。
『おそらくこのままでは終わるまい、ヤツもそのつもりだ』
そして次にオウルベアは、地面に何かを書き込み続けるナルゴアを指した。
ルシエラもまた、彼の方を見やる。
そこで初めて気が付いた。
あまりにもつくりが複雑だったのでこの段階に至るまで気付かなかったのだが、ナルゴアが書いているのは――魔方陣である。
「なんだよあの複雑な魔方陣……センパイは一体何を召喚するつもりなんだ……?」
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「アンタ、もうそろそろ降参した方がいいんじゃない?」
「だ、誰が……ばっくしょいっ!」
第二階層、ノアが何度目になるのかも分からないくしゃみをした。
両目は充血して鼻はぐずぐず。
おまけに全身のいたるところがかぶれていて、とてもじゃないが戦えるような状態には見えない。
部下たちは、とうに全員退去した。
残るは彼女だけである。
「ボクは誇り高き第三戦乙女部隊長……っ! これしきのことでぇぇ……」
「そんな鼻声で誇り高きとか言われても……今降参するなら鼻づまりに効く薬草をあげるわよ」
「ふざけるなっ!」
ノアが大槍を構えて一直線にアルラウネの下へ突っ込んでくる。
フェアリーたちがトリモチ爆弾で応戦するが、どうやらノアは覚悟を決めたらしい。
一切怯まず、まっすぐにこちらへ向かってくる。
「ぎゃーっ!? アイツバケモンだし! どうすんのアル!?」
「……まったく、往生際が悪いわね」
悲鳴をあげるアラクネの傍ら、アルラウネは手のひらをかざす。
彼女の魔力に反応して舞い散る花びらが、色とりどりの光を放った。
「短縮、花詠唱――プラスマジック、ダブルスペル、コンセントレイト、アクセル、プロテクション、エンチャントポイズン、ドレインライフ……」
「死ね! 弱小モンスター!」
「――ブルーム」
ノアがアルラウネに飛び掛かる。
しかし、すでにアルラウネは詠唱を終えていた。
地中から飛び出した無数の草花が、巨大な拳の形を作り、そして――
「あがあっ!?」
ノアを殴り飛ばした。
後方へ吹き飛んだノアは、地面と平行に飛んで行って、やがてすさまじい音を立てて壁に激突する。
アルラウネは一仕事終えたように、ぱんぱんと手を払った。
「アンタ一人ぐらいならアタシでも十分倒せるのよ」
「やったぁ! アル様つよーい!」
「やるじゃんアル!」
フェアリーズとアラクネが歓喜の叫びをあげる。
これで決着だ。誰もがそれを疑ってはいなかった。
しかし――
「ふふ、狙い通りだよ、馬鹿どもめ……」
巻きあがった砂塵の中から、ノアの声が聞こえてくる。
その時、初めてアルラウネは自らの過ちに気付いた。
「……やられた」
砂塵が晴れる。
そこには、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、空の雫を握りしめるノア。
そして結界から解き放たれ、晴れて自由の身となったベルンハルトの姿が。
ノアは、自分が殴り飛ばされることを計算に入れて、あえてアルラウネに向かっていったのだ。
ベルンハルトを拘束する結界を破壊するために――
「ったく、遅すぎんぞ」
「申し訳ありませんでした、雇い主様……またのご利用を」
「もう二度と呼ぶか、役立たずども」
ベルンハルトが吐き捨てるように言って、その直後、ノアが天界へ帰還する。
これによって正真正銘しじまの洞窟からは全ての戦乙女が退去した。
しかしその代償として、最強最悪の勇者が解き放たれてしまったのだ。
「で、どうするつもりだお前ら? 俺にもそのふざけたモチをぶつけてみるか?」
ベルンハルトがフェアリーたちを見渡す。
その眼光の鋭さたるや、フェアリーたちが怯え切ってしまうほどである。
そんな時、アルラウネは
「――道を開けて、みんな」
フェアリーたちをダンジョンの隅へ避けさせる。
これにより、下の階層へ降りるための道のりが開けた。
「あん? なんだオマエ、やけに気前がいいな? 素通りさせてくれんのかよ」
「ええ、さっさと行きなさい、ナルゴアは第四階層よ」
「ははあ? どういうつもりだ?」
「――悔しいけど私たちじゃアンタには勝てないから」
ほう、とベルンハルトは目を丸くした。
「こいつは意外だ、オマエなんかはなんとしてでも俺を食い止めてナルゴアを守る~とか言いそうなもんだと思ったが」
「昔の私ならそう言ったかもね、でも――中ボスさんは私たちを信用してくれたの、なら私たちも信用するのが筋ってもんでしょ」
「はっはぁ! ゲロ吐くぐらいくだらねえ!」
ベルンハルトが嘲笑する。
そして次の瞬間
「――じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ」
ベルンハルトの姿が掻き消えた。
いや、違う。
目にも止まらぬ雷光のごとき勢いで駆け出したのだ。
ベルンハルトは影さえ踏ませない勢いで第二階層を踏破すると、階段を飛び降り、第三階層へ足を踏み入れる。
第三階層には、すでに人の影一つなかった。
「はっはぁ! 楽で助かるぜ!」
更にベルンハルトは第三階層を突破。
階段を発見し、これを飛び降りて――そして、たどり着いた。
「……ぴったり一時間持ちこたえてくれたようだな、やはり俺の部下は優秀だ」
階層の中心を陣取る少年が、ゆっくりと顔を上げて、ベルンハルトを見た。
ベルンハルトは邪悪に口元を歪め、にたりと笑う。
「――よくぞたどり着いたな勇者よ、我こそがしじまの洞窟を統べる者、千手のナルゴアである」
「ナル、ゴ、アァァ……っ!!!」
聖剣がベルンハルトの憎悪と共鳴して、目も眩まんばかりの輝きを放つ。
「この時を百年待ったぜナルゴア……!! オマエをぶっ殺して、再び勇者を名乗るこの日をよぉ!!」
「殊勝なことだ、俺はお前のことなぞ忘れかけていたが」
「はっはぁ! だったら思い出させてやるぜ!」
ベルンハルトの聖剣を包む神性が更に膨れあがる。
もはや太陽光による神性の供給はないというのに、肌を焼くほどに膨大な神性。
その全てが、ベルンハルトの内から湧き出るものであった。
その時、ナルゴアは確信する。
やはり今の自分にベルンハルトを倒すことは不可能なのだ、と。
「……ルシエラとかいう魔物はどこにやった?」
「この階層にいるぞ、今は隠蔽の魔法をかけているがな」
「つまりテメェを殺せば、そのしゃらくせえ魔法も解けるってこった……! 一番にぶっ殺してやるよ! もちろん魔族だけじゃねえ!」
ベルンハルトが憎悪に染まった目で、こちらを睨みつける。
「このダンジョンにいるヤツは村人どもも含めて皆殺しだ! 女も子どもも年寄りも! 綺麗に掃除してやるぜ!」
「そういうのは取らぬ狸の皮算用というのだ、御託は良いからさっさと始めよう」
「言われなくてもすぐにぶっ殺してやるよ!!」
直後、ベルンハルトの姿が掻き消える。
そして次の瞬間、ベルンハルトは剣を大上段に構えて、ナルゴアの目の前に姿を現した。
瞬間移動と見紛うほど強烈な踏み込み。
「――終わりだぜ! ナルゴアァ!!」
ベルンハルトが剣を振り下ろす。
――その時、ベルンハルトはようやく気が付いた。
ナルゴアを起点として地面に描かれた、巨大な魔方陣の存在に。
「な、なんだこの魔方陣は……!?」
「……知っているかベルンハルト、召喚術師とは太古の昔、死霊術師の派生で生まれた職業、つまりどちらも同じく死者の蘇生を起源として持つ技術体系なのだ」
「だからなんだってんだ! 今頃どんなモンスターを召喚しようが俺は止められねえ! 死ねナルゴア!!」
「勉強不足だな――再召喚、触媒は俺自身だ」
ベルンハルトの剣が目と鼻の先まで迫ったその時、魔方陣が激しく光り輝く。
光はナルゴアの全身を包み込み、そして――
「なっ……!?」
ベルンハルトは驚愕した。
何故ならば自らの振り下ろした剣が、素手で受け止められたからだ。
「泣き虫がっ……テメェ、まさか……!」
「泣き虫ではない」
ナルゴアは幾分か高くなった視点から、ベルンハルトを睨みつけた。
ナルゴアが召喚したのは他でもない。
「俺は――千手のナルゴアだ」
魔法陣から現れたのは、百年前に殺された自分自身であった。





