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第35話「第二階層“アルラウネ”」


 オペレーション“ナルゴア”。

 その作戦の内容とは、規則正しく植えられたアルラウネの魔力花を使って村一つ分にもなる巨大な魔法陣を展開。

 更にしじまの洞窟の面々を触媒として使い、足りない魔力は魔力花が地中から吸い上げたものを転用する。

 そして――召喚(サモン)

 喚び出したのはしじまの洞窟、すなわちダンジョンそのものである。


「どうやら上手くバラけたようだな」


 俺は中ボスの間に取り付けられた数十枚の遠見鏡を眺めた。

 遠見鏡には、各階層の様子がモニタリングされている。


 ポイズンスライム担当する第一階層には第一戦乙女部隊長ニルス。

 アルラウネが担当する第二階層には第三戦乙女部隊長ノアと、勇者ベルンハルト。

 そしてきゅーちゃんの担当する第三階層には第二戦乙女部隊長クラーナの姿が。

 これに加えて各階層のヴァルキリーが150体ずつ、といったところか。


 まったくもって、計算通りである。


「ヴァルキリーたちの恐ろしさは社会性昆虫のごとき統率力の高さ、しかしこれは裏を返せば動きが読みやすいということだ」


 事実、彼女らがどのように村を包囲するかは分かりきっていた。

 だからこそ座標の指定も容易であったのだ。

 ヴァルキリーたちの統率力の高さに感謝である。


 さあ、お膳立ては整った。


「一時間、一時間だ!! 全てのヴァルキリーを無力化し、勇者ベルンハルトを足止めしてくれ!」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「――やるわよフェアリーズ! 手筈通りに頼むわ!」


「アル様りょーかい! いくよーみんな!」


「私たちの中ボスさんが帰ってきたんだもん!」


「いいとこ見せないとね!」


 アルラウネの号令に従い、フロア内を飛び交うフェアリーたちが魔力光を帯びる。

 そして彼女らは勝手気ままな妖精族にあるまじき統率のとれた動きで、一斉に魔法を詠唱した。

 直後、勇者ベルンハルトが光のピラミッドに囚われる。


「これは……」


「雇い主さま……!?」


 部隊長ノアが驚愕の声を上げる。

 詠唱から結界の展開までがあまりに早すぎたからだ。


 ベルンハルトが自らを包むピラミッドの壁面に触れる。

 彼は初め、これを聖剣による破壊を試みたが――やめて、その場に座り込んだ。


「……やられた、こんなガチガチの結界内側からどうにかなっかよ、こうも狭くちゃ剣もマトモに振れねえ……あらかじめ仕込んでやがったな」


「当然、なんの策もなく冒険者を迎え入れるダンジョンなんてないわ」


「雇い主さま! 今助けます!」


 第三戦乙女部隊長ノアが、慌てて大槍を構える。

 しかし


「ぶっ!」


 ノアの顔面になにやら粘着質の物体が貼りついて、それを中断させた。


「やったー! めいちゅー!」


「つぎいこつぎ!」


「このフェアリーどもっ……! と、とれないっ……!? なんだこれぇぇぇ……!?」


 ノアが顔面にへばりついたソレを必死で剥がそうとするが、ソレはノアの目鼻口、あまつさえ手にすら貼りつき、見る見るうちにとんでもないことになっていく。


「の、ノア様!?」


「それ大丈夫なんですか!?」


「ばばばぼっべびべぶ!!!」


 どう見ても大丈夫ではない。

 それもそのはず、フェアリーたちが投擲したソレは第二階層で育てられた、チレアの実、ドアロ草、カラカズラの根、ガザの樹液、等々。

 これらの極めて粘性の高い植物を混ぜ合わせ、植物の種子に閉じ込めた特製のトリモチ爆弾なのである。


「くそっ! ノア様の仇!」


 当のノア様は未だ顔からトリモチを引き剥がそうと苦戦しているが、すでに弔い合戦の様相を呈している。

 ヴァルキリーの一人が宙を舞うフェアリーたちへ槍を向けた。

 神性を束ね、槍の先端から光線を放とうとしたのだ。

 ――だが、それは叶わない。


「神性の出力が……足りない!?」


「バカ! 陽の光が届かない場所でそんな大技使える訳……ぶっ!」


「じゃ、じゃあどうやって飛んでるフェアリーたちに攻撃をぶっ!?」


「私たちも飛べば……って、神性の出力が足りなぶっ!?」


 フェアリーたちは慌てふためくヴァルキリーたちの顔面へ、容赦なくトリモチ爆弾をぶつけていく。

 それはさながら雪合戦を楽しむ幼子のようだ。

 もちろん、こんなものを顔面にぶつけられるヴァルキリーたちはたまったものではないが。


「がぼっべぶぼぼぼべ!?」


「おぼぼぼぼぼぼぼ!?」


「ぐ……も……っ!」


「あはは、おもしろーい!」


「もっともっとぶつけちゃえー!」


「さあ、フェアリーズ! どんどん投げなさい!」


 フェアリーたちの攻撃は留まるところを知らない。

 まさしく阿鼻叫喚の地獄絵だ。

 しかし、ただ一方的にやられているだけのヴァルキリーたちではない。


「――ぶはぁっ! よ、よくもやったなこの羽虫どもっ!」


 なんと驚くべきことに、ノアが顔面からトリモチを引き剥がすことに成功したのだ。


「この間抜けどもっ! お前らの盾は飾りか!? 顔を守るんだ! 顔を!」


「そ、そうか!」


「分かりましたノア様!」


 完全にパニック状態に陥っていた天使たちが、ノアの一声で冷静さを取り戻した。

 飛来したトリモチ爆弾が、盾によって次々と阻まれていく。


「クソ……! この忌々しいフェアリーどもめ! お前らなんかすぐに倒して結界を……!」


 ノアが怒りに任せて、槍を構える。

 だが……


「うっ……!?」


 突然ノアの顔色が変わった。

 いや、ノアだけではない。

 トリモチ爆弾を浴びた戦乙女たち全てが、だ。


「な、なんだ……? 顔が……手が……むずむずする……!?」


「あれ? 心なしか、か、痒い……!?」


「――い、いえ間違いありません! か、痒い!! 猛烈に痒いです!!」


 再び、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 突如として耐え難い痒みに襲われたヴァルキリーたちは、全身を掻き毟って悶える。

 こうなってしまえば、もはや戦闘どころではない。


 そんな彼女らの様子を見下ろして、アルラウネはにやりと笑った。


「――あら戦乙女様? なんだかすごーく辛そうだけど、どうしたのかしら? もしかして何かにかぶれちゃった?」


「ま、まさかさっきのネバネバに何か……!?」


 ――そのまさかである。


 トリモチ爆弾の中に含まれるガザの樹液。

 これは皮膚に付着すると、一種のアレルギー反応を引き起こし――要するに、かぶれるのだ。

 一度こうなってしまえば、大の男でさえ泣き叫ぶ強烈な痒みに襲われる。

 それはたとえレベルアベレージ60の戦乙女たちでさえ例外ではない。


「か、痒っ痒痒痒っ! ひいいいい!」


「掻いても掻いても……! あああああああっ!!」


「もう耐え切れません!!」


 そして、ヴァルキリーの内数人が、痒みに耐えかねてとうとう懐からソレを取り出した。

 それは光り輝く藍色の結晶。

 アルラウネは、にやりと口元を歪める。


「――出たわね、“空の雫”」


 空の雫。

 それは戦乙女たちが天界へと帰還するための、マジックアイテムである。

 彼女らがそれを取り出したということは、つまり……


「ま、待て!? お前たちまさかっ……!」


「――体調不良につき早退させていただきます!」


「ウチに痒み止めあったかなぁ……!?」


「今日って天界病院休みじゃない――!?」


 空の雫が一瞬光を放ったかと思うと、これを握りしめた数人の天使たちが一瞬にして姿を消した。

 彼女らは天界へと帰還した――すなわち戦線から離脱したのだ。


「あああああの腰抜けどもっ……!? マジでやりやがった! クライアントの前でなんて無様な……!」


「アンタも帰っちゃえば?」


「ぐっ……!? 下界の弱小モンスター風情が! ボクたちはあの誇り高き戦乙女部隊! こんな痒みごときでっ……!」


 ノアが痒みを押し殺して立ち上がる。

 その時、彼女の膝に何か小さな蜘蛛の糸のようなものが触れ、それが合図となった。


「へ?」


 ばさあっ! と音がして戦乙女たちの頭上から黄色い粉が降り注いだ。

 糸は、洞窟の天井に設置されたある植物の枝に結び付けられていたのだ。

 植物より降り注いだ微細の粉は、ヴァルキリーたちの鼻孔、口腔へ侵入し、粘膜に付着して、そして――


「――ばっくしょんっ!!」


「くしゅん!! くしゅん!!」


「め、目が痒いいいいいいいいっ!!?」


 三度目の阿鼻叫喚。

 ヴァルキリーたちは一様に目の痒みを訴え、止まらないくしゃみと鼻水にのたうち回る。

 しかし、それがかえって状況を悪化させた。

 何故ならば、無数に張り巡らされた糸は、その全てが植物の枝に結び付けられていたのだから。


 それは――シャザの木の枝。

 とある森のダンジョンに密生する針葉樹の一種であり、多量の花粉を拡散させることで知られている。

 つまるところヴァルキリーたちを襲うあの症状の正体は、ご存知の通りの花粉症。


「ばるきりーさんたち、すっごいくしゃみ!」


「たのしそう!」


「クモのおねーさんのおかげだね!」


「――そーよ! ウチ結構いい仕事するっしょ!」


 半人半蜘蛛の彼女は、屈託のない笑みを浮かべて言った。

 彼女はナルゴアが呼び寄せたというヘルプ。

 まどわしの森の従業員(モンスター)――アラクネである。


「ナルゴアさんには恩があるし! ウチ、気合い入れて働くから!」


「……アンタ、ナルゴアとどういう関係?」


 戦乙女たちがぐしゃぐしゃの顔を晒しながら爆発のようなくしゃみを連発する傍ら、アルラウネは手のひら大のアラクネに問いかける。

 すると、アラクネはいかにも自信ありげに胸を張って。


「どーいう関係っていうかぁ……うーん、説明できないけど、口説かれたし!」


「は、はぁぁぁ!? な、なんて!?」


「――魅力的だから、お嫁さんに貰ってもいいって!」


 事実とはだいぶ異なっている。

 しかしこれはアルラウネを揺さぶるには十分すぎる台詞であった。


「わ、私の方がナルゴアのことをよく知ってるの!」


 アルラウネが地面に魔力を送り、植物の成長を促す。

 これもまたアレルゲンを周囲にばらまく草花の数々であった。


「ウチも負けないし! 押しの強さなら負ける気しないし!」


 アラクネもアラクネで対抗心を燃やし、蜘蛛の巣で作った即席パチンコでトリモチ爆弾を撃ち込む。


 ヴァルキリーたちはもはや立っていることすらままならない。

 目をこする、くしゃみをする、身体を掻き毟る。

 この三つ以外の行動が、全て封じられてしまったのだ。


「も、もう無理……! 鼻がつばっで……」


「こんなに掻き毟ったらお肌が傷ついちゃう!」


「ノア先輩お先上がります! お疲れさまでした!」


「ま、待てお前ら……」


 ノアの制止もむなしく、次々と戦乙女たちの手の内で結晶が煌めく。

 そして戦略的撤退。

 再び数十の戦乙女たちが天界へと逃げ帰った。

 しかし、彼女らにとってはそんなことお構いなしだ。


「私は! あの人からお揃いの鈴をプレゼントしてもらったわ!」


「ウチだって(仕事用の)連絡先交換したし!」


 流れ出た体液で顔面をびしょびしょにしたノアがのたうち回る傍ら、二人は不毛な惚気合戦へと移行していた。


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