第34話「オペレーション“ナルゴア”」
「――ナルゴアは一体何を考えているんだ!」
村人の一人がとうとう堪えきれず、手に持った革袋を地面に叩きつけた。
袋の口が緩んで、そこからいくつかの“種”がこぼれ落ちる。
おそらく集まった村人の内数人は、癇癪を起こした彼と同じことを考えていたのだろう。
ここに至って、手が止まっていた。
「おいキータ! 何故持ち場を離れる!? それに貴重な種になんてことをするんじゃ!」
村長のルドアが彼に詰め寄る。
キータは一瞬気圧されたように見えたが、すぐに反論した。
「何が貴重だ! こんなのがなんの役に立つって言うんだ!?」
「それは……知らんが」
「だろう!? やっぱりナルゴアは頭がおかしくなっちまったんだよ! ――突然戻ってくるなり皆で村中に花の種を植えてくれ、だなんて!!」
とうとう黙々と花の種を植えていた他の村人たちの手まで止まってしまった。
皆、当然のごとく思っていたのだ。
どうしてこんな状況で花の種なんぞを植えなくてはならないのだ、と。
「……やっぱそうだよなぁ」
「意味ねえよ、こんなの」
「これでヴァルキリーたちが撃退できるなんて、なあ……」
皆が種植えのために屈めた腰を、ゆっくりと起こし始めた。
もはやほとんどの村人たちが諦めムードだ。
ただ二人、彼らを除いて。
「辞めるのね、じゃあその種をこっちに頂戴」
声をあげたのはナルゴアの母、イレーナであった。
村人たちの注目が彼女に集まる。
見ると、彼女のすぐそばで夫のグナンが、こちらの騒ぎなど意にも介さない様子で、種を植え続けていた。
「い、イレーナさん……息子を信じたいアンタたちの気持ちは分かるが、しかしこれは……」
「信じたいじゃなくて信じてるの、ねえパパ?」
「ああ」
「だが……」
「あなた知らないの? あの子が私たちに頼みごとをするなんて、実は初めてのことなのよ」
その一言で、誰もが口をつぐんだ。
「あの子は、一体誰に似たのかすごく責任感の強い子だから、昔っからなんでも一人で抱え込んじゃうの」
「そうだな、ナルゴアはどれだけ嫌なことがあっても一人で我慢してたもんな……俺はなにもしてやれなかった、父親失格だ」
「――そんなあの子が、あんなにも真剣に私たちに頼みごとをしてきてくれたの、手を貸してくれって……だったら信じるしかないじゃない? 私たち、大人なんだから」
「イレーナさん……」
気がつくと、青年は地面に落とした花の種を拾い集めていた。
一度は手の止まった村人たちも、再び動き出す。
「……ああ、イレーナさんの言う通りだ」
「俺たちは大人だからな、俺たちが信じなきゃ、誰が信じてやるんだって話だ」
「それに、ナルゴアには恩があるからな! ここで投げ出しちゃあ、道理が通らねえよ!」
もはや彼らの胸中に迷いはなかった。
こうして彼らは花の種を植え続ける。
ナルゴアから指示された場所へ、正確に。
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「戻ったよ! ナルゴアさん!」
「指示通り、伝達オーケーっす!」
きゅーちゃんとポイズンスライムが自らの役目を終えてこちらへ戻ってくる。
いいタイミングだ、ここまでは全て順調に進んでいる。
「御苦労、こちらも準備は完了した」
「準備? 他にもまだ何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとした伝手があってな、ヘルプを要請してきた」
「へぇ! ナルゴアさん頼もしい!」
「――私も戻ったわよナルゴア、もう種は出さなくていいのね?」
見ると、アルラウネの姿もあった。
どうやらこちらも手筈通り、村人たちに種を配り終わったようだ。
「ああ、計算通りならもう必要はない、村人たちの進捗はどんなものだ?」
「最初はあんまり芳しくなかったけど、後半でペースが上がって今は80パーセントってところね、ヴァルキリーたちの襲撃までには十分間に合うわ」
「よし、では三人とも、あとはヤツらを待つのみだ、しっかり体力を温存してくれ」
「……上手くいくの?」
アルラウネが心配そうに尋ねかけてきて、しかしこちらの返答を待たず
「いえ、野暮なことを聞いたわ、あなたの作戦だもの、上手くいくのよね、絶対」
「ああ、絶対に成功させる」
俺は力強く彼女の言葉を肯定した。
「しかしまあ、ナルゴアさんもとんでもないことを考えるよねぇ!」
「ええ、自分最初は何かの冗談かと思いましたもん」
「すまないな、冗談はあまり得意じゃない」
「相変わらずね」
そう言って、アルラウネは遥か彼方に屹立する光の柱を見やる。
「……ナルゴア」
「どうした?」
「あの日のこと、謝りたいの……ごめんなさい、私たちがもっと早くあなたの考えに気付けば、あなたは死ななくても済んだかもしれない」
「いや、あれは俺の独断専行だ、責められるいわれこそあれ、謝られるなど……」
「あんまり悲しいこと言わないでよ」
俺はアルラウネの横顔をちらと見やる。
彼女は、微笑んでいた。
「私たち、同じ職場の仲間じゃない、そんな冷たいこと言わないで」
「……悪かったな」
俺もまた彼女に微笑み返す。
そして、きゅーちゃんとポイズンスライムに視線を送った。
「期待してるよ! 中ボスさん!」
「ガツンと決めちゃいましょうよ中ボスさん!」
彼女らのおかげで、俺は二週目の人生においても道を踏み外さずにいられた。
彼女らのおかげで、俺はあの日の失態を取り戻すことができる。
何度でも、何度でも言おう。
――俺は今、最高の仲間たちに囲まれている。
「今ここに、ガテル村の中ボスたる俺が作戦の開始を宣言する!!」
俺は体を翻して彼女らに向かい、高らかに宣言した。
「――これよりオペレーション“ナルゴア”を始動する! 対するは勇者率いる戦乙女の軍勢! これを速やかに撃退し、ガテル村の完全防衛を果たすぞ!!」
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光の柱出現からきっかり一時間後のこと。
今まさに、総勢500のヴァルキリーたちがガテル村を完全に包囲していた。
ヴァルキリーたちの連携は、やはり見事なものである。
アリ一匹出入りすることのできない、完全なる包囲網が完成していた。
それを率いるのは、もはや言うまでもないだろう。
聖剣を手にした勇者、ベルンハルトだ。
「――逃げようなんてつまらない真似をしなかったこと、まずは褒めてやるよ」
ベルンハルトが邪悪な笑みを浮かべる。
彼が率いるのは500体のヴァルキリーたち。
これに相対するのは、アルラウネ、きゅーちゃん、ポイズンスライムに俺を含めた四人。
その戦力差は絶望的であった。
「どうせ逃げ出すような素振りを見せたら村ごと蒸発させるつもりだったのだろう」
「はっはぁ! さすがいじめられっ子! 俺のことがよく分かってんじゃねえか!」
ベルンハルトが高らかに笑う。
そして彼はひとしきり笑うと、濁った眼でこちらを見据えた。
「……連中をどこへやった?」
「村のはずれに集めた、ここにはいない」
「ってことは、テメーら覚悟を決めたって解釈でいいんだよなぁ?」
ベルンハルトが聖剣を構える。
これを合図にヴァルキリーたちが一斉に武器を構え、神性の光を纏った。
「俺の考えてた中じゃ二番目につまんねえ筋書きだ……村人たちを守るために自滅覚悟で挑んでくるなんてよ」
「……」
「はっ、返す言葉もねえってか、俺は優しいから辞世の句ぐらいは聞いてやるぜ?」
ヴァルキリーたちを包む神性が限界まで膨れ上がる。
まさに一触即発。
ベルンハルトの指示さえあれば、一瞬にしてガテル村が焦土と化すことだろう。
そんな中、俺はゆっくりと口を開いて
「リーガット・アルクロアは村のため勇敢にもヴァルキリーたちに戦いを挑み、そして死んだ」
「……なんだと?」
「これが残された者たちに伝えるリーガット少年の最期……そして俺がお前にかける最後の情けだ」
「……ゲロ吐くぐらいつまんねえぜ、ナルゴア」
その言葉を合図に、ヴァルキリーたちを包む神性の光が最高潮に達した。
それは彼女らの総攻撃の合図であり。
――同時に、こちらの作戦の開始を告げる合図でもある。
「今だ! やれアルラウネ!」
「――短縮花詠唱!! フル・ブルーム!!」
「なっ!?」
アルラウネの超短縮詠唱により、地中を伝って村全体に彼女の魔力が行き渡る。
そして彼女の魔力は植物の急成長を促した。
村人たちが植えた花の種が発芽して、蕾が実り、あっという間に花が開いて――そして一面の花畑が出来上がってしまったのだ。
「な、なんだこりゃ……!? 花が!?」
ベルンハルトはもちろんヴァルキリーたちは余計困惑していた。
お堅い戦乙女たちのことだ、彼女らはマニュアルにない不測の事態というやつにめっぽう弱い。
ことここに至って、彼女らの思考は完全に停止してしまった。
そこに隙ができる。
「魔法陣に寸分の狂いなし……いい仕事だ」
「ま、まさかこれはっ……!? ヴァルキリーども! あの花を攻撃しろ!!」
「もう遅い、――召喚」
おきまりの文句に従い、魔力を帯びた花々がひときわ激しい光を放つ。
その光は、ガテル村全土に渡る巨大な魔法陣を描いていた。
――さて、ここで俺の召喚についておさらいしよう。
召喚とは魔法陣の大きさに伴った対象を召喚する魔法だ。
そして以前ゴブリン三兄弟を召喚した時、いくつかの発見があった。
まず一つ、召喚で召喚されたゴブリンたちは衣服はもちろんのこと調理器具も合わせて召喚された。
それはすなわち。召喚の対象は生命体に限らない、ということ。
そしてもう一つ、俺にはゴブリン三兄弟の同時召喚が叶った。
しかるべきコストを支払いさえすれば、同時に複数の対象を召喚できるということだ。
これらの要素を統合し、解釈を拡大すれば、理論上はこのような芸当も可能なのである。
「な、何が起こっている!?」
「は、はわわわわ!? け、景色が! 村が……!」
「これは……!」
戦乙女たちが驚愕を露わにし、混迷を極めている。
無理もない。
突然にして目に映る世界の全てが、すり替わったとすれば。
「……ははっ、なんの冗談だ、こいつは……?」
ヒカリゴケに囲まれたベルンハルトが乾いた笑みを浮かべる。
彼らは知る由もない。
ならば、教えてやろう。
俺が召喚したのはモンスターではない、モノでもない。
――ダンジョンそのものだ。
「ようこそ、しじまの洞窟へ」
しじまの洞窟第四階層中ボスの間にて、俺は不敵に笑ってその台詞を吐いた。





