第33話「勇者及び戦乙女軍対策本部」
案の定、村はたいへんな騒ぎであった。
ヴァルキリーによるただの一度の攻撃が、ガテル村から平穏の二文字を剥ぎ取ってしまったのだ。
「な、なんだよさっきのは!? またドラゴンか!?」
「大地が、大地が抉れておる……おお、なんと……」
「あの光の柱と何か関係があんのか!?」
「知るか! でも間違いねえ! モンスターだ! また何かのモンスターが攻めてきやがったんだ!」
「ああああ! なんだってこんな田舎村に立て続けに……!」
皆、一様にパニックに陥っていた。
それは、俺たち五人が村へ立ち入ったにも拘らず、しばらくの間気付かれなかったことからも明白である。
「――ああ! ナルゴア!」
「無事だったか!」
やはりいの一番に俺を見つけたのは、両親であった。
彼らは本気で俺の身を案じて、こちらへ駆け寄ってくる。
「ナルゴア怪我はない!? ああ、母さん心配で、心配で……!」
「ナルゴアのお母様!? ど、どうも初めまして私アルラウネと……」
「おーーい、アル姐さん状況考えてくださーーい」
「か、彼女らはナルゴアの召喚獣か?」
父さんが恐る恐る尋ねかけてくる。
正確には違うが………見ると、いつの間にか他の村人たちもこちらへ注目していた。
これは、好都合だ。
「そうだ、しかし今はそんなことよりも――皆! 聞いてくれ!」
俺は声を張り上げて、言う。
「先の光線! あれはヴァルキリーの攻撃だ!」
「ヴァルキリーだって!? 誇り高き戦乙女たちが、何故……」
「事情は詳しく話せないが、とにかくヤツらは敵だ! ――そして今から一時間後! レベルアベレージ60! 総勢500のヴァルキリー軍団がこの村へ攻め込んでくる!!」
なっ、と誰かが声をあげた。
一瞬の静寂、そして――
「総勢500のヴァルキリーだと!!?」
「それもレベル60ゥ!? 一体でもどうにもならねえってのに!!?」
「そんなの、城だって落とせるじゃねえか!!?」
「ガテル村は終わりだぁ!!!」
混迷、ここに極まれり。
ガテル村は一瞬にして狂騒に包まれた。
この状況では、もはや誰一人として冷静さを保てない。
阿鼻叫喚の嵐の中、俺はきゅーちゃんの名を呼ぶ。
「きゅーちゃん! 頼んだ!」
「任せて!」
すうう、ときゅーちゃんが息を吸い込む。
俺とアルラウネは咄嗟に耳を覆った。
――ハウリング。
凄まじい咆哮が無理矢理に騒動を鎮圧し、言わずもがなポイズンスライムは弾け飛んだ。
「な、なんだ……今の……?」
「み、耳が……」
「――落ち着いて聞いてくれ! さっき言ったことは紛れも無い事実! だが、俺たちがなんとかする! ルドア爺さん!」
「…………え? 今ワシの名前呼んだか?」
かなり遅れてルドア爺さんが返事をした。
……しまった、ハウリングが効きすぎてしまったようだ。
だが、この際それは関係ない!
「ヴァルキリーは俺たちがなんとかする! だから村の皆を一箇所に集めてくれ!」
「な、なんとかするじゃと!? 一体、どうやって……!」
「それをこれから話し合うんだ! だからその間、村の皆をよろしく頼む!」
「わ、分かった! おおい、皆集まれ!」
ハウリングの影響で皆少し呆けたような表情だが、それでもルドア爺さんの言葉に従って、皆が集まり始めた。
この場はルドア爺さんに任せよう。あとは
「ナルゴア! あなたまさか、ヴァルキリーの軍勢と戦うつもり!?」
アルラウネたちを引き連れ、場所を移動しようとすると、母さんに呼び止められた。
「母さん……」
「お願い、お願いだからそれだけはやめて! いくらあなたが勇者の生まれ変わりだとしても、そんなの……!」
母さんは涙で顔を濡らして、必死で俺を引き止めようとしてくる。
母さんの気持ちは痛いほどに分かる。
しかし、俺は
「……悪いな母さん、俺は勇者の生まれ変わりじゃないんだ」
「あなた、こんな時に何を言って……!」
「――俺は、中ボスさんだ」
あとは任せてくれ。
茫然とする母さんにそれだけ言い残して、俺たちはその場を後にした。
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「――では、ここに勇者及び戦乙女軍対策本部を設置する」
村のはずれにある野原。
俺、アルラウネ、きゅーちゃん、ポイズンスライムの四人が地べたに腰を下ろし、顔を突き合わせている。
「緊急性の高い案件につき、臨時で俺がガテル村の中ボスを務める、異議はあるか?」
「異議なーし」
「結構、知っての通り状況は切迫している、意見のある者は速やかなる挙手ののち発言するように」
早速アルラウネが「はい」と挙手をして
「なんで、アイツを助けたの?」
仰向けになったルシエラを指差した。
ひととおりの治療は済ませたので命に別状はないが、さすがにダメージが大きかったらしく、気を失ったままだ。
「アルラウネ、いきなり今回のミーティングの趣旨とズレているぞ、俺たちが今考えるべきはいかにして勇者率いる戦乙女たちを退けるかで……」
「いや……いやいやいや、こればっかりは私が正しいわよ」
そっすね、とスライムが肯定する。
「その女は、ナルゴアさんを殺した張本人なんでしょ? 生かしておくのは……まぁギリギリ理解できるにしても、守ってやる必要が感じられないっす」
「いつまた裏切るか分かんないよ? どうして?」
三人の視線がこちらに集中する。
俺は一度、ルシエラの顔に横目をやり、そしてこれに答えた。
「……コイツは、俺の不出来な後輩だ、理由はそれ以上でも、それ以下でもない」
それは、とても理由とは言えない杜撰なもの。
恨むべきは自らの口下手――しかし、彼女らは。
「……ふーん、そう」
「じゃあ仕方ないっすね」
「ナルゴアさんの後輩なら、仕方ないよ」
三人はにこりと微笑んで、これを許容する。
ああ、やはり彼女らは――最高だ!
「じゃあさっさと本題に移りましょ、どうやってヴァルキリーたちを撃退するか」
「質問があるっす」
「なんだスライム?」
「勇者の聖剣はもちろん、ヴァルキリーたちの力の源も神性なんすよね?」
神性――それは大雑把に言ってしまえば、人々の信仰心などから生まれるものである。
聖なる者どもを形作るリソースにして、俺たち魔族の力の源である魔力とは対極を為すものだ。
「そうだ、ヴァルキリーはモンスターの一種だが、例外的に神性をエネルギー源とする」
「神性の大部分は陽の光から供給されるものっす」
「よく勉強しているな」
「だったら、まずこれをどうにかして遮断することが急務じゃないっすか?」
うむ、まさにその通りだ。
陽の光がある限り、ヤツらにはほとんど無限と言っていいほどの神性が供給され続ける。
当然キャパシティの問題はあるので、戦って倒せないということはないが……
どちらにせよ太陽の下にある限り、ヤツらは100%のパフォーマンスを発揮できるというわけだ。
反対に、スライムの言う通り陽の光を遮ってしまえば、ヤツらは外部から神性を取り込むことができなくなる。
戦力は半減、必然的にレベルアベレージは数段下がるだろう。
しかし……
「だからといってガテル村周辺には陽の光を遮るものが皆無だ、これは由々しき問題だな」
「はい」
「アルラウネ」
「夜になるまでなんとか持ちこたえるっていうのは?」
「それが一番現実的な線だ、だが……」
空を見上げる。
太陽は俺たちの直上に差し掛かっていた。
「……時刻は正午前、早めに見積もっても日没まで六時間はかかるな」
「自分らだけじゃ、そんな長時間この村を防衛し続けるのは不可能っす」
「それに向こうも馬鹿ではない、長期戦に持ち込むのは難しいだろう……厳しい状況だ」
地面に描かれたガテル村の簡単な地形図。
その片隅に問題点を二つ、並べてみる。
まずは人手。
500の軍勢に対し、こちらでマトモに戦えるのはアルラウネときゅーちゃんとポイズンスライム、そして俺だ。
村の防衛など、物理的に不可能な数字である。
そして陽の光。
これをどうにかしないことには、ヴァルキリーたちとは勝負にもならない。
先の光線を連発されれば、それだけでガテル村は地図上から消えてしまう。
俺は腕組みをして、ううんと唸った。
……これだけの問題がどうにかできるのか?
恐らく、その場にいた誰もがそう思っていたことだろう。
いっそ村人たちを逃がして、俺が単身決死の覚悟で立ち向かえばせめて聖剣を破壊するぐらいなら、あるいは……
そんな暗い考えが頭をよぎる。
その時だった。
「――ここがしじまの洞窟なら、全部解決しちゃうのにね」
おもむろに、きゅーちゃんがそんなことを呟いた。
「……今なんと?」
「え? だからここがしじまの洞窟なら全部解決しちゃうのに、って、あそこなら陽の光も射さないし、従業員もいっぱいいるよ?」
「きゅーちゃん、ないものねだりをしたって始まらないっすよ……まずは現状でどうするかを……」
「――いや、それは素晴らしいアイデアだ!」
俺は思わずきゅーちゃんに抱き着いてしまう。
アルラウネが「なっ!?」と驚愕の声をあげた。
「どうしたのナルゴアさん、急に?」
「ふ、ふん、まぁ私も思ってたけどね? ここがしじまの洞窟ならいいな~って」
「アル姐さん、見苦しいっすよ……で、どういうことですナルゴアさん?」
皆が不思議そうな顔でこちらを見つめている。
もしやあまりに絶望的な状況で気でもふれてしまったのではないか、そう思っているのかもしれない。
だが、俺の頭はこれ以上ないほどに冴え渡っている!
――これぞ起死回生の一手!
「俺に策がある! だから皆――俺に“手”を貸してくれ!!」





