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第32話「執念の聖剣」


 リーガットは聖剣を握る手に力を籠める。

 これを合図に聖剣が一層強く光り輝き、刀身にこびりついたルシエラの血が蒸発した。

 間違いない、あれはあらゆる魔族の大敵――神性の光だ。


「はっは、まったく運命を感じるよな、まさか俺の手の内に再びこれが戻ってくるなんて、魂で繋がってるっつーか? なんかそんな感じだよな」


 彼はおもむろに剣を振るう。

 刀身からにじみ出る神性に、びりびりと肌が痺れた。


「コイツもコイツでとんだ間抜けだぜ」


 リーガットは、地べたに倒れ伏したルシエラを足蹴にした。

 まだ息があるようだが、傷は深い。

 なんせ背中から腹にかけてを聖剣で貫かれたのだ。

 放っておけば、いずれ死に至る。


「俺を嵌めるつもりで聖剣を渡したんだろうが……残念! ご丁寧に元の持ち主に返しただけさ! おかげで前世の記憶も取り戻せた、魔族の間抜けさに感謝ってな!」


「お前は、まさか……!」


「あん? なんだ“まさか”って、もう分かり切ってんだろうが」


 はははっ! とリーガットがこちらを見下したように笑う。

 いや、アイツはもはや村長の孫、ガキ大将のリーガットではない!

 ヤツは――!


「そうとも、俺こそがガテル村に生まれるとされた勇者の転生体――かつての魔王をぶっ殺した、勇者ベルンハルト様さ!」


 リーガット改め勇者ベルンハルトは高らかに笑い、自らの復活を宣言した。

 アルラウネが「やっぱりあの時殺しておけばよかったんじゃない……!」と憎々しげに呟いた。


「どうして……どうして貴様が転生を……!」


「はっ、こいつのおかげさ」


 そう言って、ベルンハルトはルシエラの手の内にあった短刀“黄昏”を拾い上げる。


「魔王を倒す旅の途中、これと同じもんをとあるダンジョンの隠し通路で見つけたんだよ。売っ払うのも勿体なくてなんとなく懐に入れておいたんだが……はは! 備えあれば憂いなしだな!」


 そう言って、ベルンハルトは“黄昏”をへし折った。

 短刀を纏う妖しい光が消え失せ、それは正真正銘ただのモノに成り下がる。


「――もういらねえがな、来世まで持ち越しなんてまだるっこしい真似はナシだ」


「はっ……! 自ら退路を塞ぐとは、百年経っても学習していないと見える!」


「あん? 何勘違いしてんだ泣き虫、塞いだのはテメェらの退路だ。今、この時がテメェらの墓場だぜ」


「口ばかりは達者だな、もう一度花火にしてやろう」


「ははっ! なんなら試してみるか? 花火になるのはどっちか……!」


 空気が変わる。

 聖剣を纏う神性の光が、爆発的に膨れ上がったのだ。


 これは……違う!

 相対しただけで分かる!

 以前戦ったベルンハルトとは、文字通りレベルが違う!


「この百年……俺の聖剣、そして俺の魂は一瞬たりともお前を忘れたことはなかったぜ、ナルゴアァァァ……!」


「な、なにこのプレッシャー……!? 息が……!」


「うぐ……っ!?」


「お前たち! 俺の陰に隠れろ! あの光は魔族には毒だ!」


 千手を展開し、刺すような閃光から彼らを守る。


「ははっ! 薄汚え魔族を庇うのか! 百年前と一緒だな泣き虫!」


「くっ……!?」


 凄まじい神性に目も開けていられない。


 そして確信する。

 今の人間となってしまった俺では、ヤツを倒すことはできないのだと――!


「どうやらお前は守るのが好きみてえだなあ! だったら望みどおりの墓を用意してやるぜ、ナルゴアァ!!」


 ベルンハルトが、剣を頭上高くかざす。

 その瞬間、聖剣の煌めきは最高潮に達し――そして天高く、光の柱が屹立した。

 光の柱は頭上に立ち込める雲さえ貫き、そして一本の道を創り出す。


「な、なにが起こってるんすかナルゴアさぁん!?」


「これは……!」


 俺は雲の切れ目を見上げ、そして言葉を失っていた。

 なんと光の道を伝って、降りてくる者たちの姿があるではないか。

 頭上に浮かぶ光輪、そして純白の翼。


 彼女らは、まるで階段でも降りるような気軽さで降臨し、そしてベルンハルトの膝元に傅く。

 あれは――ヴァルキリー!

 人に使役できる中でも、最高位の天使族モンスターだ!


「――第一戦乙女部隊長、ニルス、ここに」


「――だっ、第二戦乙女部隊長、クラーナ! ただいま参りましたっ!」


「――第三戦乙女部隊長、ノア……」


 数人の天使たちを引き連れ、三体の上位天使が彼の下へ集結する。

 ヴァルキリーたちのレベルアベレージは――50強。

 これは正統なドラゴンとすら渡り合える数値だ。

 彼女らを率いる三体の戦乙女部隊長とやらはもっとだろう。


 しかし更に驚くべきことに、天使たちはベルンハルトが作り出した光の道を伝って、未だ途絶えることなく降臨し続けているのだ。


 これはヤツの執念のなせる業か。

 以前のベルンハルトならば、こんな芸当できなかったはずだ!


 ベルンハルトはこちらの焦りを見て取って「はっはぁ!」と嘲笑する。


「俺はな……許せねえんだよナルゴア……! 俺を騙してたこの薄汚え魔族も、お前も……あの馬鹿な村人どもも! 俺を舐めやがったヤツら全てがな!」


「き、貴様! 一体何をするつもり……」


「やれ! ヴァルキリー!」


「――かしこまりました」


 第一戦乙女部隊長、ニルスが巨大な槍を構える。

 俺たちは咄嗟に身構えたが、どういうわけか、彼女はこちらを見向きもしなかった。

 彼女の構えた槍の矛先には、俺たちの生まれ育ったガテル村が――


「……まさか貴様!? やめ――!」


 俺は手の一つを飛ばし、彼女を止めようとする。

 しかし、遅かった。

 ニルスの槍の先端から、ガテル村めがけて鋭い光線が放たれたのだ。


 放たれた光線は地面を抉り、木々をなぎ倒し、更に遠くの小山を削った。

 さながら戦略兵器、桁外れの威力である。

 そして彼はきっとわざと外させたのだろう。

 光線は、村の側スレスレを通っていた。


「はっはぁ! 村のヤツら今頃腰を抜かしてるだろうぜ! 近くで見れなかったのが残念だったけどなぁ!」


「ベルンハルト……お前は……!」


「――まぁ、これから直接見に行くわけだけどよ」


 彼の瞳に宿るただならぬ憎悪に、俺は思わず口をつぐむ。

 ベルンハルトは不敵に笑いながら言った。


「あと一時間だ、一時間でヴァルキリーの軍勢が揃う、その数は五百をゆうに超えるだろうよ……俺はこの天使どもを率いて、ガテル村を襲撃する」


「つ、罪のない村人たちを虐殺するつもりか!?」


「罪はある――俺を勇者として崇め奉らず、あまつさえお前みてえな薄汚え魔族の生まれ変わりを勇者として扱った大罪だ」


「貴様……そんな勝手を許すと思うか!?」


 俺はベルンハルトの恐るべき計画を阻止するべく、千手を展開する。

 しかし、一斉に武器を構えたヴァルキリーたちを見て、すんでのところでとどまった。


「はっは、分かってねえみてえだなナルゴア? 俺はお前にチャンスを与えてるんだ、そこの薄汚い魔族を守りながら、ヴァルキリーどもと俺を相手取るつもりか?」


「くそっ……!」


「分かるかナルゴアァ、これはゲームなんだよ、他愛もない子どもの遊びさ、要するに――」


 ベルンハルトが歪んだ笑みを浮かべ、言う。


「――勇者率いるレベルアベレージ60のヴァルキリー部隊総勢500、これを攻略推奨レベル0のガテル村がいかにして撃退するのか!? そういうゲームだぜナルゴアァァ!!」


「こ……この外道がっ!!」


「抑えるのよナルゴア!!」


「やめてナルゴアさんっ!」


 反射的に飛び掛かりそうになった俺を、アルラウネと吸血コウモリが取り押さえる。


「ここは一旦退くべきっす!!」


「て、撤退! 撤退よ!」


 アルラウネが俺の身体を抱きかかえ、そして四人揃って一目散にその場から逃げ出す。

 しかし俺は去り際、四つの手の内の一つをベルンハルトの下へ飛ばし――


「……相変わらずのお人よしだぜ、テメェは」


 力なくうなだれたルシエラを回収し、ガテル村へと急いだ――


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