第25話「暁の小舟」
魔法剣士ジルハートとヒーラーのエルマ。
二人は港町リューデンブルグ出身の勇者コンビであった。
幼くして海魔を狩り、豪傑ぞろいの船乗りたちから一目置かれていた彼らは、齢20に差し掛かると同時に啓示を受け、勇者となった。
誰が呼んだか「暁の小舟」。
水棲モンスターの扱いならお手の物。
船を沈めるようなクラーケンの幼体でさえ、彼らにかかればその日の内に食卓に並んでしまう。
しかし――それゆえ彼らは“森”のモンスターに慣れていない。
「……なんだあれ」
ジルハートは頭上を見上げて、訝しげに眉をひそめた。
いざまどわしの森へ踏み込もうとしたところ、森の木々の合間を、なにやら“光”が飛び交っていることに気付いたのだ。
光は薄暗く入り組んだ森を照らし、進むべき道を示してくれている。
「――ああ! 私聞いたことがあります! カンテラバットですよ!」
エルマがぽんと手を打った。
「カンテラバット? なんだそりゃ?」
「コウモリのモンスターの一種です! なんでも求愛行動で発光する性質があるとか……」
「モンスターなのか、なら先手必勝だな!」
「ま、待ってください!」
一度剣を構えようとしたジルハートを、エルマが制した。
「カンテラバットは無害なモンスターです! 戦闘能力はありませんし、こちらを攻撃してくることもありません! むしろ冒険者たちの間では吉兆とされているんですよ!」
「そうなのか?」
「ええ、旅人の行く先を照らしてくれる幸運の象徴です!」
「そうか、そいつはいい! 松明を持つ手間が省けた! なんて気前のいいダンジョンだよ!」
わはははは、と高らかに笑いながら森の中へ突き進んでいくジルハート。
エルマもにこにこと微笑みながらこれについていって、おもむろに頭上を飛び交うカンテラバットの一匹に言った。
「神のご加護を」
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「――残念ながら、そんなものはない」
ニンフ嬢が水面に映し出した勇者たちの映像を眺めながら、俺はほくそ笑む。
カンテラバットが吉兆? 幸運の象徴?
――冒険者というのは実におめでたい連中だ。
確かにカンテラバットに戦闘能力はない。
しかし、彼らは曲がりなりにもこのまどわしの森の従業員なのだ。
彼らが冒険者の行く先を照らしているのは、その方が都合がいいからである。
しかし、この意図の伝わらない者が一人。
『お、おい! ナルゴア! 言われた通りにカンテラバットたちを差し向けたが、何故わざわざヤツらを助けるような真似をする!?』
「……はぁ」
深い、本当に深い溜息を吐いた。
こいつは……なんだ?
中ボス研修の時に寝ていたのか?
とてもじゃないが、同じ中ボスとは思えない。
「……このダンジョンの強みはなんだ、オウルベア」
『ホホウ! それはもちろん! 陽も射しこまないぐらいに鬱蒼と生い茂った木々! そして侵入者の方向感覚を狂わすシャザの木に決まっている!』
「そうだな、それは外から見た俺でも分かる」
要するにこのダンジョンの強みとは密生したシャザの木だ。
比較的寒冷な地方に群生する針葉樹であり、人間たちの間では良質な木材として重宝されている。
というのもこの木々、驚くほどに均一的なのだ。
これは木材を加工する上でこの上ない特性だが、似たり寄ったりのシャザの木が等間隔で並ぶ森は、旅人を惑わす。
それに夜の暗闇が合わされば、ちょっとしたものである。
しかし――
『ならばなおさら何故! カンテラバットを……』
「――では、このダンジョンの防火設備はどうなっている?」
『ホッ……』
途端、オウルベアの目が泳ぎ出す。
やはりな。
「十中八九、なんの対策もとってはいまい、全く、森のダンジョンならば真っ先に対処するところを……怠慢だぞオウルベア」
『今それは関係ないだろう!?』
「ある、この暗がりにまどわしの森の攻略は不可能だと見切って、森の外から火を放てばどうなる? それだけでダンジョンは壊滅だ」
『こ、このまどわしの森は人間たちにとっても有益な資源の宝庫! それを易々と焼き払うとは……!』
「ヤツらは流れ者だ、絶対にないとは言い切れない」
『た、確かに……』
「だったらむしろ招き入れてやればいいのだ、まさか自分たちが炎にまかれる危険を冒してまで、ダンジョンを火の海にはしたくあるまい」
『なるほど……! だからカンテラバットを使ってヤツらを油断させたのか!』
「……まぁそれ以外にも目的はあるが」
『ホ? それはどんな?』
「見れば分かる。――さあいよいよ勇者パーティがまどわしの森に入ったぞ! ニンフ!」
「は、はぁい!」
水精ニンフがびしりと敬礼のポーズを作る。
「キミは今回の計画の要の一つ、期待してるぞ!」
「あ、ありがとうございます! 頑張りまぁす!」
「よし! 聞こえるかアラクネ! 具合はどうだ!」
「……うぷ、マジ気持ち悪いんですけど、これホントに全部食べなきゃダメ……?」
見ると、アラクネが青い顔をして山のように積まれた茹で卵をかじっていた。
蜘蛛の腹が、ぷっくりと膨れている。
「こんなお腹じゃお嫁にいけないんですけど……つーかマジ吐きそ……」
「そんなことはない、キミは十分に魅力的だ、貰い手などいくらでもいるさ」
「……え? もしかしてウチ、今口説かれてる? と、とりあえず連絡先を……」
「よく分からんが、後で仕事用の連絡先を教えよう」
「ふ、フラれたんですけど!? でもそんなつれなさも大人の男って感じでぶっちゃけタイプだし! ウチ頑張る!」
『幸せなヤツだなお前は……』
気合十分に卵を頬張るアラクネを見て、オウルベアが呆れた風に言う。
うむ、こちらも問題はなさそうだ。
「オールド・ボア! 準備はどうだ!」
「ええ、ばっちりですよ、なんせ私にはこれしか取り柄がありません、精一杯働かせてもらいます」
「……すまんな、有休消化中に」
「いいですよ、ナルゴアさんの頼みです、それに――」
オールド・ボアが優しげに微笑んで言う。
「――なんだかんだ言って、まどわしの森には長いことお世話になったんです、恩返しの一つもしませんとね」
『ホ、ホウ……オールド・ボア、お前……』
「……ところでオウルベア、これって当然、残業手当つきますよね?」
『きゅ、休日手当もつけてやる!』
「約束ですからね」
オールド・ボアが悪戯っぽく言って、それにつられるように従業員たちが笑う。
……なんだ。オウルベアのやつ、意外と中ボスできているじゃないか。
俺はかつてのしじまの洞窟を思い出し、頬を緩ませた。
では、気を取り直して――
「――ならば作戦開始だ! オペレーション“セイレーン”! あの勇者たちを追い払う! オウルベア! 指示を!」
『ああ、分かった! 行くぞ!』
その時、オウルベアの低い鳴き声が、まどわしの森に響き渡った。





