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第24話「ミーティング」


 とあるエルフの遊牧民族から“這う者”と呼ばれ、恐れられるモンスターがいる。

 正式名称はアルヴィーナ・ゲッコー。

 レベルアベレージは23。


 知能は低く、見た目はヤモリに似ている。

 しかしその巨大さとくれば、羊を頭から丸呑みにできるほど。

 新米冒険者が彼をドラゴンと空目し、仲間内で笑い種になるのはもはや恒例だそうで。

 とにかく、それぐらいでかい。


「きしぃぃぃぃ」


 這う者が獲物を前に甲高い咆哮をあげた。

 自らが草原における食物連鎖の頂点であると誇示する一声。

 要するに「いただきます」である。


 しかし、結果としてこれは彼の辞世の句となる。


「き」


 ずるりと音を立て、這う者が“ズレ”た。

 眉間から黄色い腹にかけてを一閃――文字通りの一刀両断。

 そして夜の草原に崩れ落ちる肉の塊を眺めながら、男は叫んだ。


「――やっぱ魔剣ってサイコーだなぁ!」


 赤茶けた頭髪をつんつんに尖らせた青年は、心底楽しそうに言って得物にこびりついた青い血を振り払う。

 彼が手にしたその剣は、なるほど確かに魔剣であった。

 黒より黒い刀身は、おそらく今までに数えきれないほどの血を吸ってきたためだろう。

 禍々しい、その一言に尽きる。


「見ろよエルマ! 真っ二つだ!」


「うわあ! すごいですぅジルハートぉ!」


 鼻高々の青年剣士――ジルハートに拍手を送るのは、神官風の少女エルマ。

 他に仲間と思しき者の姿はない。

 どうやら剣士とヒーラーの二人パーティのようだ。


「この剣があればドラゴンだってイチコロだ! ドラゴン、ドラゴンだぞ!?」


「そ、そしたら、いよいよリューデンブルグの一等地で私たち念願のマイホームが……」


「半年は遊んで暮らせるな!」


 その時、エルマの口端がぴくりと引きつったのを、俺は見逃さなかった。


「そ……そうですよね! 遊んで暮らせますね! でも、その前にマイホームを……」


「ドラゴンなんて倒したらまずは昔の仲間たちを呼んで、馴染みの酒場で酒盛りだな! 今日は俺の奢りだ~なんて言っちゃったりしてさ! 皆盛り上がるぞ!」


「その、マイホーム……」


「そうと決まればまずはダンジョンで試し斬りだ! 景気づけにさくっと攻略しちまおう! 行くぞエルマ!」


「……はい!」


 魔剣を高く掲げ、意気揚々とまどわしの森へ向かうジルハート。

 そしてひどく難しい表情で彼の後ろについていくエルマ。

 映像はここで途切れた。


「――ごめん、もう魔力が限界!」


 水面に勇者パーティの映像を映し出していた水の精、ニンフが「疲れたー!」と、その場にへたり込んだ。

 俺たちはゆっくりと顔を見合わせる。


「アルヴィーナ・ゲッコーを一撃で……」


「まどわしの森に、あのヤモリよりレベルの高い人いたっけ……?」


「しかも魔剣って……絶対ウチみたいな小規模ダンジョンの手に負える部類じゃないよ……」


 オウルベアをはじめとして、オールド・ボアにアラクネ、そして名前も知らない従業員(モンスター)が数名。

 勇者パーティの襲来という未曽有の事態に際し、急遽湖のほとりに集まった彼らだが、その表情は重く沈んでいた。

 オウルベアに至っては……今にも泡を噴き出しそうだ。


『ニンフよ! これでは情報が少なすぎる! もっと頑張れ!』


「えぇー、やだぁー、遠見の術ってすっごい疲れるんだもん」


『そ、そそそそんなことを言っている場合か! まどわしの森存続の危機なんだぞ!?』


「そうは言っても~……」


 取り乱すオウルベアにぶうたれるニンフ。

 他の部下たちはどうしていいのか、しどろもどろするばかりだ。

 ……さすがに見ていられない。


「その必要はないぞ、オウルベア」


 俺の発言を受けて、視線が一斉にこちらへ集まる。


『ホ!? 何故だ! 敵の戦力を見極めることは基本中の基本で……』


「だから、今ので十分だと言っている」


『なにを血迷ったことを! あれだけで何が分かる……』


「――男はレベル34の魔法剣士、女がレベル29……いやレベル28のヒーラーだ」


 オウルベアが、ただでさえ丸い目を更に丸くして、こちらを見た。

 他の従業員(モンスター)も同様だ。


『い、今の映像だけでそんなことが分かるものか!』


「分かるとも、まずヤツらはドラゴンの相場を知っている」


 算盤があれば、もっと確実な数字が叩き出せるのが、ここは暗算で失礼する。


「リューデンブルグはそれなりに栄えた港町だ、あそこの一等地に居を構えるとなれば、確かにドラゴン一体分の報酬が妥当だろう」


『なぜお前は人間の家の相場を知っているのだ!?』


「ある程度は予測で割り出せるからな、それに加えてヤツはドラゴンを倒せば半年は遊んで暮らせると言っていた、ドラゴン討伐の報酬で半年となればなかなか良い暮らしをしている。最後の決め手が太刀筋だ」


『た、太刀筋?』


「ああ、アルヴィーナ・ゲッコーは腹に毒袋を持っている、大した毒ではないが、目にかかれば失明の恐れもある、あの男は明らかに毒袋を避けて斬りつけていた、狩り慣れている証拠だ、あとは二人の立ち回りを見れば大体のレベルや職業が割り出せる」


 おお! と声が上がった。

 従業員(モンスター)はともかく、オウルベア、なんでお前まで驚いた風なんだ。

 中ボスならこれぐらいの観察眼は必須だろう。


「アラクネの見立てではレベルアベレージ30だったな、おおむねアタリだ、いい目をしている」


「そ、そう?」


 アラクネはどこか照れ臭そうに頰をかいた。


「その、仕事で褒められるなんて初めてだったから恥ずかしーっつーか……」


『そ、そんなことはどうでもいいだろう!? 依然私たちの絶望的状況は変わらないのだぞ!?』


「……ちっ、空気読めしクソフクロウ」


『そのあだ名どこまで広まってるんだ!? あ、いや! それこそどうでもいい! お前は知っているのか!? ウチの攻略推奨レベルは……!』


「8、だろう? このダンジョンの現状を見れば、大体予想がつく……あのヒーラーの女がソロで攻略できるな」


『そ、そこまで分かっているなら……!』


「――しかし相手は二人、ならばこちらにも勝機がある」


 俺の発言に、まどわしの森の面々がざわついた。

 オウルベアに至っては、クチバシをぱくぱくさせて、言葉を失っている。


『お、お前は足し算もできないのか!? 一人よりも二人の方が強いに決まっているだろう!?』


「そういうお前は、引き算ができないようだな、必ずしも敵が多いほど厄介とも限らんのだぞ。……俺に一つ策がある」


「……ナルゴアさん、それは一体どのような?」


 オールド・ボアが心細そうに尋ねかけてくる。

 見ると、他の従業員(モンスター)たちも同様、すがるような目つきでこちらを見つめていた。


 ……本来ならば、他のダンジョンについて口出しするべきではない。

 ましてや俺は中ボスを引退した身だ。


 だが、このままでは間違いなく、まどわしの森が攻略されてしまう。

 そうなればどうだ、責任者であるオウルベアはともかくとしても、何の罪もない従業員(モンスター)たちが犠牲になってしまう。

 

 ならばやるべきことは一つ。

 これは、あの時の失敗を挽回するチャンスだ。


「オウルベア」


『な、なんだ!?』


 混乱を極め、目をキョロキョロと泳がせる彼の名を呼んだ。

 そして俺は、宣言する。


「――今からレベルアベレージ30の勇者パーティを撃退するため、先輩として少しアドバイスをしよう、部下に指示を下すのはお前だオウルベア」


『……………ホ?』


 オウルベアが素っ頓狂な声をあげて、首を傾げた。


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