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第22話「再会」


 100年ぶりのゴブリン亭は、すっかり様変わりしてしまっていた。

 食堂は隅々まで清掃が行き届いており、ところどころからここで食事をする者たちに対しての気遣いが感じられる。

 しかしながらゴブリン亭らしい気取らなさは健在で、なんだか椅子に座っているだけで腹が減るようだ。

 どうやらゴブリン三兄弟はうまくやっているらしい。


 なにはともあれ反召喚(アン・サモン)は成功したようだ。

 “絆”を辿って、自らに縁のある地へ自らを召喚する技法。

 いわば召喚(サモン)の応用だ。


 実験的な意味合いが強かったのが、まさか一回で成功するとは思わなかった。

 それも彼女ら三人が集まっているところに……

 思わず顔が綻んでしまう。


「ポイズンスライム」


「はっ、はい!!」


 ポイズンスライムが紫色の身体をびしりと引き締める。

 この百年で彼はだいぶ若返ったようだ。

 身体は弾力に富み、ハリがあって、なおかつ生まれたてのスライムのように透き通っている。

 更に相当な“毒”も溜め込んでいるようで、今の俺では触れただけで即死だろう。


「新人の教育はどんな感じだ?」


「ナルゴアさんのおかげで伸び伸びやらせてもらってるっす! 従業員の数もこの百年で倍近くになり、反対に早期離職率はほぼゼロにまで下がりました!」


「そうかしこまるな、素晴らしいことじゃないか、……吸血コウモリ」


「は、はぁい!」


「随分と、その……鍛え直したようだな」


 元中間管理職としてはセクハラなどのたぐいは最も恐れるところである。

 なので、なんとか言葉を選んで発言したのだが……正解だったらしい。

 吸血コウモリは「にひひ」とはにかんだ。


「昔ナルゴアさんが作ってくれた料理……あれ食べてからなんだか調子が良くなってね! 内臓嫌いも克服できたし、最近じゃ毎日身体を鍛えてるの! ほら!」


 吸血コウモリは構えをとり、目で追えないほどのジャブを数度、それから風を斬るような蹴りを披露する。

 一流の武道家にも負けないキレのある動き。

 青白い顔でふらふらとダンジョン内をさまよい、死にそうな声で喋っていたあの頃の彼女は最早どこにもいなかった。

 ほどよくついた筋肉が実に健康的だ。


「きゅーちゃん、どうやらナルゴアさんの料理で健康志向に目覚めちまったらしくて困ってるんすよ」


「なんで! 健康で悪いことなんてないじゃん!」


「きゅーちゃんが指揮してるのはアンデッドじゃないっすか、この前きゅーちゃんがしつこく野菜を勧めてくるって愚痴られたっすよ」


「だって皆お肉ばっかりで絶対健康によくないもん! 顔色も悪いし!」


「そりゃ死んでるんだから当たり前っすよ……」


 羽をばさばさやりながら頬を膨らませる吸血コウモリと、深い溜息を吐くポイズンスライム。

 ややあって


「……あの時は本当にすみませんでした、中ボスさん」


「まさか私たちのためにたった一人で立ち向かうなんて……自分が不甲斐ないよ」


「これも全部自分たちの未熟さゆえ、謝って許されることじゃないのは重々承知っす、でも……」


「謝ることではない、未熟なのは俺だ。……俺がもう少し中ボスとしてふさわしければ、しじまの洞窟を勇者パーティすら退ける大迷宮にできていたかもしれなかったのに」


「そんな! ナルゴアさんは自分たちのために、めちゃくちゃ良くしてくれたっす!」


「そうだよ! しじまの洞窟はこの百年で見違えるぐらいの大迷宮になった! けどきっかけはナルゴアさんだったんだよ!」


「……ありがとうな」


 社交辞令とはいえ、その言葉は胸に沁みた。

 まったく、かつての俺は良い部下を持ったものだ。

 まぁ、それはともかくとして……


「そろそろ離してくれないか、アルラウネ」


「……」


 アルラウネは応えない。

 無言で俺の腰に腕を回したまま、ぴったりとくっついて離れない。


「あー……ナルゴアさん、悪いけどそのままにしておいてあげてくれる? アルちゃん、だいぶ我慢してたみたいだから」


「そうなのか」


 言葉の意味は分からないが、とりあえず頷いた。

 アルラウネのやつ、日頃のストレスやらなんやら色々と溜まっていたようだな。

 酒を飲みすぎたせいか全身真っ赤になっているし、焼けるように熱いんだが


「これ酔いが醒めたらたいへんな事になるんだろうな……」


 とは、ポイズンスライムの言。

 やはりなんのことかは分からない。


 が、なにはともあれ。


「すまない、反召喚(アン・サモン)には時間制限があるゆえ、簡単に説明する」


 ――かくして俺は腰にアルラウネを巻き付けたまま、三人に事のあらましを説明し始めた。


 あの日、勇者パーティに単身立ち向かった俺は、紛れ込んでいたとある魔物によって不意を突かれ、殺されたこと。

 かと思えば記憶を失った状態で人間の少年に転生しており、あれから100年の時が経っていたこと。

 つい先刻、“手”の召喚をきっかけに記憶を取り戻したこと。

 そして今は反召喚(アン・サモン)によって、一時的に自らを召喚しているだけということ。


 彼らは驚きながらも、しかし俺の話を疑わなかった。

 話が早くて助かる。

 なんせ、ここからが本題なのだから。


「――俺は、しばらく人間の少年としてガテル村で過ごそうと思う」


「なっ!?」


 これには、アルラウネを含めた三人が一様に驚きを示していた。


「どういうことっすかナルゴアさん!?」


「せっかく記憶が戻ったのに……!」


「なんで……なんで人間のフリなんかするの!? あなたは千手のナルゴア! ずっとここにいればいいじゃない! しじまの洞窟の中ボスとして! 皆があなたの帰りを――」


「だからこそ、だ」


 俺は、アルラウネの言葉を遮る。


「……気持ちは嬉しいが、未だに黒幕の目的も正体さえ分からない、これを突き止めるまではお前たちを危険に晒すわけにはいかない」


「あなたは、また一人でそうやって抱え込んで……」


 彼女は今にも泣き出しそうな表情だ。

 ……まったく驚くほどのお人よしだ。

 こんな俺のために、そんな顔をしてくれるなんて。


「俺は記憶を取り戻した、これが黒幕にとって好都合なのか不都合なのかは分からない、しかしこれを機に黒幕がなんらかのアクションを起こす可能性は否めないんだ」


「……だったら、だったら私が守るわよ! 何百回でも、何千回でも――!」


 アルラウネがそこまで言いかけたその矢先、俺の足元に魔方陣が現れ、俺の身体が光になり始める。

 ……時間か。


「ありがとうアルラウネ、でもお前が守るのはしじまの洞窟だ、引き続き頼むぞ」


「ええ……ええ! 分かったわよ! アンタは昔からそういう人だもの! でも困ったらすぐに私を呼びなさい! どんな敵だってすぐに蹴散らしてあげるんだから!」


「じ、自分も呼んでくださいっす! 微力ながら力になります!」


「私も呼んでね! 蝙蝠拳法、披露しちゃうんだから!」


「……ありがとう皆、本当に困ったら、そん時は頼らせてもらうよ……じゃあな」


 俺ははにかみながら、彼らにしばしの別れを告げる。


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