第21話「アフターファイブ」
ここはしじまの洞窟第一階層、従業員食堂――ゴブリン亭。
普段は人で賑わう食堂だが、今に至って照明は薄暗く、従業員の姿もない。
当たり前だ。
時刻はすでに真夜中。本来ならばゴブリン亭は営業時間外である。
モンスターたちも、夜は眠るのだ。
しかしがらんどうのゴブリン亭で、テーブルの一つを占拠する三人組の姿があった。
地下第一階層担当、ポイズンスライム。
地下第三階層担当、吸血コウモリ。
そして最後が――現しじまの洞窟中ボス、千花のアルラウネである。
「――なんでアタシじゃなくてあの三兄弟なのよ!」
アルラウネが声を張り上げ、空になった酒杯をダァン!とテーブルへ叩きつける。
二人はなんの反応も示さなかった。
何故ならば彼女が酔っぱらっていることはもはや明白だったからだ。
「飲みすぎだよ~アルちゃん」
吸血コウモリはゴブリン三兄弟に作らせた特製のトマト酒をちびちびと舐めながら言った。
ちなみにポイズンスライムは体質的に酒がNGなので、この場では毒草を食べている。
「なんでって……そりゃ適材適所でしょうねえ、アル姐さん料理作れないでしょ」
「作れるわよ! ……サラダとか!」
「……もっとこう、男心をがっと掴むようなものは作れないんすか? シチューとか」
「無理に決まってるじゃない! 私は植物だから火、苦手なの!」
「思いっきり不適材不適所っすね」
「ううううるっさいわね! 草ばっか食べてないでアンタも飲みなさいよ!」
「アルハラ! アルハラっすよ姐さん! あと何度も言ってるかもしれないっすけど自分スライムだから酒は色々ヤバいんですって!」
ぎゃあぎゃあ喚き散らすアルラウネとポイズンスライム。
吸血コウモリはそんな二人を眺めながら、トマト酒を楽しんでいた。
「でもあれだねぇ、まさか元中ボスさんが生きてるなんてねぇ、嬉しいよねぇ」
吸血コウモリが間延びした声で言う。
何を隠そう、彼女も少し酒が回り始めていたのだ。
「ホントっすよねぇ、姐さんからその話聞いたときは、とうとう元中ボスさんが好きすぎて頭おかしくなったのかと」
「は!? な、ななななに言ってんのよアンタ!? 私は別に、アイツが元上司として尊敬できる人だったから、ただそれだけで……!」
「だって姐さん、あの日中ボスさんからもらった鈴、百年経った今でも肌身離さず持ってるんですもん、たまにそれを見つめて物思いに耽ってるし、さながら未亡人でぶぁっ」
全てを言い終える前にポイズンスライムが爆散した。
アルラウネの平手打ちが、彼のゼラチン質な身体を粉々に弾き飛ばしてしまったのだ。
吸血コウモリはグラスの中に彼の破片が入らないよう、少しだけ横にずれた。
しばらくするとバラバラになった彼の身体が動き出して、融合し、再びポイズンスライムを形作る。
「……いきなり何するんすか! 死にかけましたよ自分!」
「アンタが変なこと言うからでしょ!?」
「二人とも喧嘩しないでよ~」
とは言いつつも、吸血コウモリは本気で彼女らを止めようとはしていない。
いい具合に酒が回ってきて、あまり動きたくなかったのだ。
二人がぎゃあぎゃあと口論をする傍ら、彼女はグラスの中のトマト酒を飲み干して、近くのボトルを手に取ろうとした。
しかし、
「手酌は出世できんぞ、注いでやろう」
「あ、ごめんね~、わざわざ……」
吸血コウモリは反射的にグラスを差し出し、そして固まった。
二人も口論をやめ、まるで幽霊か何かでも見るように、ぎょっと目を丸くしている。
それはそうだ。
何故ならば吸血コウモリの隣に、何食わぬ顔で人間の少年が座っていて、そして何食わぬ顔で吸血コウモリに酌をしているのだから。
次の瞬間、ポイズンスライムと吸血コウモリが飛びのく。
「ななな、なんだぁっ!? に、人間の子どもぉ!? このしじまの洞窟に!?」
「け、警備の満月コウモリたちは何やってるの!? 敵襲! 敵しゅ――!」
軽いパニック状態に陥る二人であったが、アルラウネだけは違った。
「――ナルゴアぁ!」
彼女は一目散に少年の下へと向かっていって、彼を抱きしめる。
これには二人も目を丸くするばかりだ。
「え、ナルゴア……? ってことは、まさか……」
恐らく酒のせいであろう。
普段よりも少し――いや、かなり大胆になったアルラウネに抱き留められながら、少年は頷く。
「久しぶりだな、皆」
その柔らかな微笑みを見て、二人は確信した。
――千手のナルゴアがしじまの洞窟に戻ってきたのだと。





