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第20話「しごとのおはなし」


「よう久しぶりだな」


 数時間ぶりに再会する彼は、こちらの姿を認めるなり、さああっと顔を青ざめさせた。

 フクロウの頭にクマの身体。

 自称森の賢人、他称ブラック経営者。

 要するに――オウルベア、である。


『ホ!? な、ななななんだオマエ!? まだ何か用があるのか!?』


 なんとまあひどい驚きようである。

 別段取って食われるわけでもなかろうに。


「そんな他人行儀な……同業者同士、仲良くしようじゃないか」


『だからお前人間ではないか!』


「今はな、どういう因果か人間に転生させられてしまったが」


『て、転生……?』


 オウルベアが首を90度傾ける。

 ふむ、かつての部下以外には初めて言ったな。

 まあこいつが黒幕ってことは天地がひっくり返ってもあり得ないから構わない。

 こっちの方が話が進めやすいからな。


「そう、おかげで今は脆弱な人間の身体だ」


『脆弱とは……?』


 ホー、と心底不思議そうに首を傾げるオウルベア。


『にわかには信じがたいが……まああれだけ内部事情に詳しいのだ、関係者ということだけは分かる』


「話が早いな、そういえばオールド・ボアはどこにいった?」


「私ならここに」


 がさりと、後ろの茂みからオールド・ボアが顔を出した。


「なんだいたのか、待たせて済まなかったな」


「いえいえ、どのみち私には残務処理が残っていますし、あと未消化の有休があるので当分はここを出られません、ねえクソフクロウ……間違えた、オウルベアさん」


『お前裏でそんな風に呼んでたのか……?』


 ホー……と露骨にショックを受けた顔のオウルベア。

 対してオールド・ボアはにこにこと微笑みを崩さない。


「それにしてもナルゴアさんは転生者だったんですね、なるほどそれならば前の職場という言い回しも納得です」


「悪いな、そういう事情があって、あなたを職場に紹介するにはもう少し時間がかかりそうだ。……恥ずかしながら、職場がどこにあるのかも分からない」


「ええ、いくらでも待ちますよ、まぁ立ち話もなんですから、どうぞお座りください」


『お前ウチ辞めたんだよな……?』


 オウルベアはこの際無視して、俺は彼の御言葉に甘えることとする。

 近くにあった手頃な切り株に腰をかけると、オウルベアもまた、近くの岩に腰をかけた。


『……それで、元同業者とやらがなんの用で』


「うん、ここはひとつ森の賢人を名乗るお前に、聞いておきたいことがあってな」


『ホウ?』


「――しじまの洞窟を知っているか?」


 その名を聞いて、オウルベアはぴくりと肩を震わせた。


『しじまの洞窟……ホホウ! もちろん知っているとも! なんせ嫌というほど聞かされたからな!』


「……嫌というほど、聞かされた?」


『研修の時にな! なんでもたったの一年で攻略推奨レベルを20以上引き上げ、更には先代魔王様を討った伝説の勇者パーティを仕留めたという輝かしい功績を持つダンジョンだと!』


「ほう、それは……」


 思わずにたりと口元が緩む。

 悪い気はしない。というかむしろ良い。

 自分の元職場が褒められるのはいい気分だ。


魔王城(ほんしゃ)から最も遠く、物資に人員、何もかも足りない尽くしの中で類を見ないほどの成功を収めたダンジョン、それがしじまの洞窟……』


「そ、そうか、実はそれは俺の……」


『――全くいい迷惑だ!』


 ……ん?


『そんな成功例を作ってしまえば、上は更に予算を削るに決まっているではないか! まったく余計なことをしてくれたものだ!』


「……あの」


『聞けば、きっかけはとある中ボスが赴任してきたことが原因だそうではないか!? 自ら職場改善に奮闘し、便所掃除まで行ったというあの社畜……名前は忘れてしまったが』


「それ、あの……」


『ともかく、このご時世になんと古臭い中ボスがいたものだ! 恐らくしじまの洞窟の中ボスは頭が固くて、前時代的な頑固ジジイだったのだろう!』


「……」


『そんな上司に感化される部下も部下だ! 全くアホらしい! 今時作り話だってもっと……ホ』


 俺の“手”が、オウルベアの小さなフクロウ頭を指でつまんでいた。

 ……危ない危ない。

 少し力加減を間違えばちょっとグロテスクなことになっていたぞ。

 まぁ、これからなるかもしれないが。


「頭が固くて、悪かったな」


『え……? あ……!? まさか……っ!?』


 先ほどまで饒舌に語っていたオウルベアが、さああっと青ざめた。

 ようやく気付いたようだが、もう遅い。


「……やっぱデコピン、いってみるか」


『すみませんすみませんすみません!!!』


 必死で謝るオウルベアを解放したのは、それから数分後のことだ。


 では、気を取り直して。


『え、ええ……しじまの洞窟なら、知っています……ここから遥か東の地に……』


 ぜはぁぜはぁと息を荒くしながらオウルベアが答える。

 なるほど、東か……


「どれぐらいかかる?」


『最短距離なら三日です……ですがその場合“火竜の巣穴”を通らなくてはなりません……』


「火竜の巣穴……攻略推奨レベル40オーバーの上級ダンジョンだな」


『今のナルゴアさんは人間です、穏便に通ることは不可能かと……』


「そこを避けて通るルートは?」


『相当な大回りになります、十日はかかるかと』


「あまり現実的ではないな……」


 モンスター時代なら多少無茶な方法で移動時間を短縮することもできたのだが……今の俺は脆弱な人間の子どもだ。

 おそらく、この身体の方が保たない。


 そして三日、あまつさえ十日も家を空けてみろ。

 ティモラや両親、村の皆に心配をかけてしまう。

 リーガットは……万歳三唱で喜びそうだが。


 はぁ、と深い溜息を吐いた。


「……仕方がない、アレを試すか」


『アレ?』


 首を傾げるオウルベアの傍ら、俺は地面に膝をついて手近な木の枝で地面を削り始める。

 描くのは、例によって魔方陣だ。


召喚術師(サモナー)というのは、モンスターを召喚するだけの芸のない連中だと思っていたが、どうも違うらしい」


「と、言いますと」


「実際になってみれば分かることもある、何事も応用だ、……オールド・ボア、すまないが、俺がいない間この魔方陣を見張っててくれないか、誰にも消されないように」


「それはいいですけど、どこかに行くんですか?」


「ちょっと昔の職場にな」


「へ?」


「すぐ戻る、――反召喚(アン・サモン)


 直後、俺の身体は魔方陣より溢れ出した光に包まれる。


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