第15話「夜のしじま」
夜の闇に色とりどりの花びらが舞い散る。
花びらは魔力によってか一枚一枚が淡く光を帯びており、これがまたこの上なく幻想的な光景である。
「おい、嘘だろ……」
「倒しちまったよドラゴンを……十歳の子どもが……」
宙を舞う花びらを眺めながら、大人たちが夢見心地に呟いた。
さて、彼らが我に返るまで少々の時間があることだし、今はただ――喜ぼうではないか。
かつての部下との再会を。
「……随分と腕を上げたなアルラウネ」
「あなたがいなくなってから、それこそ色々な経験を積んだもの、今じゃレベルも51よ」
「あの頃から30以上も上がってるじゃないか! そのレベルなら本物のドラゴンとだって互角に戦えるぞ!?」
「いいえ、確実に仕留められるわ、私には魔法の超短縮詠唱――花詠唱があるからね」
「……ドラゴンにも勝る植物妖魔なんてな」
「あなたが教えてくれたのよ」
「俺が何か教えたか?」
「努力の方向性さえ間違わなきゃ、あとは頑張り次第でたいていのことはなんとかなるってこと」
「……頑張りすぎだ、お前は」
「ありがと」
アルラウネが屈託のない笑みを浮かべる。
まったく、彼女ほどの努力家は見たことがない。
「まあ、なんにせよお疲れ様だアルラウネ、助かったぞ」
俺はつい中ボス時代の癖で、彼女の肩をぽんと叩き、労をねぎらう。
アルラウネもまた気恥ずかしそうにはにかんで――直後、彼女の足元に魔方陣が出現した。
「……へ? なによこれ?」
呆けた声をあげるアルラウネ。
しかしそんなことはお構いなしに、アルラウネの全身がきらきらと光を放ち始めた。
……いや、違う!
アルラウネ自身が“光”になりつつあるのだ!
「ま、まさか先ほどの言葉が合図となって、召喚獣の契約が完遂されたのか……?」
「えっ!? じゃあなに!? 私もう強制送還ってこと!?」
「……そうなるな」
「ふ、ふざけないで! 私まだまだあなたに聞きたいことがあるのよ! 勇者と刺し違えたんじゃなかったのかとか、そもそもなんで人間の姿になってるのとか……!」
などと言っている内にも、アルラウネの身体が透け始めた。
「ちょっ、消える消える!? ナルゴア! あなたすぐに私を召喚し直しなさい! すぐによ!?」
「……それは難しい注文だ」
俺は辺りの様子を見渡した。
村人の視線が俺たちに集まっている。
こんな状況で、もう一度彼女とおしゃべりをする暇は、どうにも作れそうにない。
「ああ、もう! じゃあ約束して!」
もうほとんど光の粒子と化したアルラウネが、詰め寄ってくる。
「――必ずしじまの洞窟に戻ってくること! 皆があなたの帰りを待ってるんだから――!」
その言葉を最後に、アルラウネの像が闇に溶けた。
役目を終えた魔方陣が消え、後には残るは夜の静寂。
「……やった」
誰かが呟くように言う。
そしてこれが合図となって、沈黙は破られた。
「――やった! ナルゴアがやってくれたぞ!! ナルゴアがドラゴンを倒したんだ!!」
堰を切ったように沸き立つ歓声が夜に響く。
怒涛のように押し寄せてきた人の波が、たちまち俺を取り囲んでしまった。
「ナルゴア! まさかお前にあんな上級モンスターが召喚できただなんて! なんで今まで黙ってたんだ!?」
「モンスターが詠唱もなしに魔法を発動させるなんて、あたしゃ長いこと魔法使いをやってたが、あんなの見たことも聞いたこともないよ!?」
「随分と長いこと何か話し込んでいたようだったが……」
「た、頼む! あの別嬪さんをもう一度呼んでくれ! 後生だナルゴア……!」
なにやらどさくさに紛れておかしなことを口走ったダーナおじさんが、女将さんに頭をひっぱたかれていた。
「す、すごいよナルゴア君!!」
人の波に揉まれていると、感極まったティモラが抱き着いてきた。
引っ込み思案のティモラにしては随分と大胆な行動に、大人たちが「おお!?」と声をあげる。
「いいね熱いねお二人さん!」
「ははは! うらやましいな! 村一番の美女が祝福してくれるとは!」
「頼むナルゴアもう一度あの別嬪さんを……! 今度はちゃんと目に焼き付けるから……!」
大人たちが囃し立てる中、やはり妙なことを口走るダーナおじさんが女将さんに殴り倒された。
……なんかシャレにならない音が聞こえた気がするが、見なかったことにしよう。
そう思って目を逸らすと、人ごみから離れた場所で地べたに這いつくばるリーガットと目が合った。
ズボンの一部を湿らせた彼は、途端に泣きそうな顔になってしまう。
「ナルゴア……よくも……よくもっ……!」
……なにが“よくも”なのかは知らないが、ここまでくると哀れだ。
俺は彼のこともまた、見て見ぬふりをした。
色々あったが……これにて一件落着だな。
やらなければならないことは山積みだが、今ぐらいは余韻に浸ったってバチは当たらないだろう。





