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第14話「千花のアルラウネ」


「なんだい、ありゃ……」


「俺たちは夢でも見てるのか……?」


 ガテル村の村民たちが一様に立ち尽くし、その異様な光景を眺めている。

 突如として地中より現れた植物のツタが、目のない竜を完全に拘束していた。

 村人たちが束になっても傷一つつけられなかったナイトウォーカーが、ここに至り、身動き一つとれずに悶えている。


 誰もが呆けていた。

 誰もが状況を呑み込めずにいた。


 そしてしばらくのちに、誰かが叫ぶ。


「ナルゴアだ……! あれは――ナルゴアの召喚獣だ!」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ――久しぶりに再会した彼女は、なんだかとても妖艶になっていた。

 頭の上に咲いた巨大な花は美しくも妖しく。

 一方で全身に絡みついたツタは、生命力に満ち満ちて、今にもはち切れそうだ。


 でも、変わらない。

 勝気な態度も、不機嫌そうな顔も、金の髪を指先でくるくるやるクセも。

 しじまの洞窟、第二階層担当のアルラウネは、あの頃と変わらない姿でそこに立っていた。


「急に呼び出して悪かったなアルラウネ、今日は非番か?」


 両の目を丸くして、まるで呆けたようにこちらを見下ろしていたアルラウネは、俺の言葉ではっと我に返る。


「……どうかしてるわ、私……あの人は勇敢にも憎っくき勇者たちと刺し違えたのよ、まさかこんな人間の子どもをあの人と間違えるなんて……」


「間違ってない、俺が千手のナルゴアだ」


「ふっ、その二つ名まで知ってるなんて……どういうつもりか知らないけど面白くない冗談ね、契約が解除されたら覚えてなさい、あの人の名前を偽るなんて、タダじゃ済まないから……!」


「……ヒカリゴケの栽培は順調か?」


「なっ……!?」


 アルラウネが驚愕に目を剥く。

 俺はさらに続けた。


「ポイズンスライムはうまく新人が教育できているか? 吸血コウモリの貧血はどうだ、あと、ゴブリン亭は――」


 ――次の瞬間、あたり一帯に凄まじい風が吹き抜けた。

 俺を殴りつけようとしたアルラウネが、召喚獣の盟約に縛られて寸止めせざるを得ず、その時に生じた衝撃の余波である。


「きゃああっ!?」


「うわあああっ!」


 ティモラやリーガット、またその取り巻きが悲鳴をあげる。

 一方で拳を向けられた俺は、微動だにしなかった。

 何故か?

 それはもちろん、彼女ならば召喚獣の盟約なぞなくとも、本当に俺を殴ったりはしないだろうと確信していたからだ。


「……久しぶりだなアルラウネ」


「どれだけ待ったと思ってるのよ……馬鹿」


「すまんな、実は俺もまだ状況を把握しきれていない、この案件が片付いたら具体的な数字で教えてくれ」


「ふふ、そういうところは変わらないのね……皆、あなたが生きてるって知ったら喜ぶわ」


「……あの時は突然中ボスを押し付けてすまなかったな」


「そうよ! 大変だったんだから! 右も左も分からない内に中ボスにさせられて、皆に頼られるし!」


「苦労をかけた」


「本当よ! 色々と愚痴が溜まってるんだから、終わったら一杯付き合いなさいよね!」


「もちろんだ、なんせ俺は晴れて無職だからな、暇ならいくらでもある」


「まったく、もう……」


 アルラウネが優しげに微笑む。

 ああ、あれからどれだけ時間が経ったのかは知らないが、彼女、随分と自然な笑い方ができるようになったのだな

 しかし久しぶりの再会を喜んだのもつかの間。


「お、おおおおい!? ナルゴア! なにくっちゃべってるんだよ!?」


 さすがというかなんというか、ここに水を差したのは――やはりリーガットであった。


「そ、その女、オマエの召喚獣なんだろ!? さっさと戦わせろよ! そんで少しは時間稼ぎしろよ! 愚図! ノロマ!」


 ……この状況で、よくもまあそんなにも多彩な悪態が飛び出てくるものだ。

 相手にするのも馬鹿らしいので、いっそ無視を決め込むつもりだったが……

 どうやらその醜悪さが、彼女の癪に障ったらしい。


「何突っ立ってんだ! 早く……うぶっ!?」


 地面より伸びてきたツタに、リーガットが絡めとられる。

 俺は咄嗟にアルラウネへと振り返る。

 彼女は眉間に深いシワを刻み、嫌悪感を露わにしていた。


「……よく喋る肉塊ね、その名前はアンタが易々と口にしていいものじゃないの」


「むーっ!? むうううっ!?」


「お、おいアルラウネ……」


「いい、言わなくても分かってるわ、私の役目はこの低俗な人間を土に還すことでしょ? 汚い花が咲きそうだからあまり気は進まないけれど、あなたの頼みなら……」


「だから違う! そいつは殺すな! 倒してほしいのはあっちのナイトウォーカーだ!」


「ちっ……残念」


 彼女がぱちぃんと指を鳴らし、これを合図にリーガットの身体を拘束していた植物のツタが、まるで生き物のように土中へ引っ込む。

 リーガットはへなへなと崩れ落ちた。

 ……よく見ると、股のシミが大きくなっている。


「で? あの無粋なトカゲを倒せばいいのね?」


 アルラウネは何事もなかったかのように、ナイトウォーカーを指した。

 見ると、ヤツを拘束するツタがぶちぶちと音を立てて、千切れ始めていた。

 あと数秒ほどしたら、ヤツは晴れて自由の身だ。


「そうだ、一人でいけるか?」


「はん、誰にものを言ってるの? 私は大迷宮しじまの洞窟の中ボス、千花のアルラウネよ」


「……じゃあ、あとは任せた」


「任されたわ」


 そう言ってアルラウネは天高く手をかざした。

 これに伴い、彼女を中心として足元に花畑が展開される。

 多種多様な花々は、アルラウネの魔法によって花びらを舞い散らし、そして光を放つ。


「短縮、花詠唱(はなことば)――プラスマジック、ダブルスペル、コンセントレイト、アクセル、プロテクション、エンチャントポイズン、ドレインライフ……」


「……なんと」


 この光景には、さすがの俺も度肝を抜かれた。

 彼女、魔法名を並べ立てているだけで――詠唱していない。

 にも拘わらず魔法は発動し、彼女の身体に数えきれないほどのバフが付与されていく。

 恐らくはあの花びらが魔法の触媒となっているのだろうが、なんにせよそれはまったく新しい魔法体系――


 直後、凄まじい音が立って、ナイトウォーカーを拘束するツタが弾け飛んだ。

 ヤツは強化魔法の光を帯びたアルラウネめがけて、一直線に突っ込んでくる。


 リーガットとその取り巻きどもが悲鳴をあげた。

 遠巻きに見ていた大人たちも同様だ。


 しかし、アルラウネは不敵に笑って


「――ブルーム」


 ただ一度、そう唱えた。


 ――瞬間、ナイトウォーカーの動きが止まり、彼の外殻が爆発的に膨れ上がる。

 そして


「ギッ」


 パァン! と何かの破裂するような音がして、ナイトウォーカーの体表を食い破り、無数の花が咲き誇った。

 ヤツの漆黒の外殻は、どこを切り取っても一面の花畑。


 アルラウネは一仕事終えたように、ふうと一つ息を吐く。


「アンタがいなくなってから私それなりに頑張ったのよ、それこそ一人で勇者パーティを倒せるぐらいに」


「……頑張りすぎだろ、アルラウネ」


 アルラウネが柔らかに微笑む。

 それはまさしく夜空に咲いた一凛の花のようで……


 かくして全身花畑へと変貌したナイトウォーカーは、ぐらりと傾き、そして夜に沈んだ。


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