第14話「千花のアルラウネ」
「なんだい、ありゃ……」
「俺たちは夢でも見てるのか……?」
ガテル村の村民たちが一様に立ち尽くし、その異様な光景を眺めている。
突如として地中より現れた植物のツタが、目のない竜を完全に拘束していた。
村人たちが束になっても傷一つつけられなかったナイトウォーカーが、ここに至り、身動き一つとれずに悶えている。
誰もが呆けていた。
誰もが状況を呑み込めずにいた。
そしてしばらくのちに、誰かが叫ぶ。
「ナルゴアだ……! あれは――ナルゴアの召喚獣だ!」
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――久しぶりに再会した彼女は、なんだかとても妖艶になっていた。
頭の上に咲いた巨大な花は美しくも妖しく。
一方で全身に絡みついたツタは、生命力に満ち満ちて、今にもはち切れそうだ。
でも、変わらない。
勝気な態度も、不機嫌そうな顔も、金の髪を指先でくるくるやるクセも。
しじまの洞窟、第二階層担当のアルラウネは、あの頃と変わらない姿でそこに立っていた。
「急に呼び出して悪かったなアルラウネ、今日は非番か?」
両の目を丸くして、まるで呆けたようにこちらを見下ろしていたアルラウネは、俺の言葉ではっと我に返る。
「……どうかしてるわ、私……あの人は勇敢にも憎っくき勇者たちと刺し違えたのよ、まさかこんな人間の子どもをあの人と間違えるなんて……」
「間違ってない、俺が千手のナルゴアだ」
「ふっ、その二つ名まで知ってるなんて……どういうつもりか知らないけど面白くない冗談ね、契約が解除されたら覚えてなさい、あの人の名前を偽るなんて、タダじゃ済まないから……!」
「……ヒカリゴケの栽培は順調か?」
「なっ……!?」
アルラウネが驚愕に目を剥く。
俺はさらに続けた。
「ポイズンスライムはうまく新人が教育できているか? 吸血コウモリの貧血はどうだ、あと、ゴブリン亭は――」
――次の瞬間、あたり一帯に凄まじい風が吹き抜けた。
俺を殴りつけようとしたアルラウネが、召喚獣の盟約に縛られて寸止めせざるを得ず、その時に生じた衝撃の余波である。
「きゃああっ!?」
「うわあああっ!」
ティモラやリーガット、またその取り巻きが悲鳴をあげる。
一方で拳を向けられた俺は、微動だにしなかった。
何故か?
それはもちろん、彼女ならば召喚獣の盟約なぞなくとも、本当に俺を殴ったりはしないだろうと確信していたからだ。
「……久しぶりだなアルラウネ」
「どれだけ待ったと思ってるのよ……馬鹿」
「すまんな、実は俺もまだ状況を把握しきれていない、この案件が片付いたら具体的な数字で教えてくれ」
「ふふ、そういうところは変わらないのね……皆、あなたが生きてるって知ったら喜ぶわ」
「……あの時は突然中ボスを押し付けてすまなかったな」
「そうよ! 大変だったんだから! 右も左も分からない内に中ボスにさせられて、皆に頼られるし!」
「苦労をかけた」
「本当よ! 色々と愚痴が溜まってるんだから、終わったら一杯付き合いなさいよね!」
「もちろんだ、なんせ俺は晴れて無職だからな、暇ならいくらでもある」
「まったく、もう……」
アルラウネが優しげに微笑む。
ああ、あれからどれだけ時間が経ったのかは知らないが、彼女、随分と自然な笑い方ができるようになったのだな
しかし久しぶりの再会を喜んだのもつかの間。
「お、おおおおい!? ナルゴア! なにくっちゃべってるんだよ!?」
さすがというかなんというか、ここに水を差したのは――やはりリーガットであった。
「そ、その女、オマエの召喚獣なんだろ!? さっさと戦わせろよ! そんで少しは時間稼ぎしろよ! 愚図! ノロマ!」
……この状況で、よくもまあそんなにも多彩な悪態が飛び出てくるものだ。
相手にするのも馬鹿らしいので、いっそ無視を決め込むつもりだったが……
どうやらその醜悪さが、彼女の癪に障ったらしい。
「何突っ立ってんだ! 早く……うぶっ!?」
地面より伸びてきたツタに、リーガットが絡めとられる。
俺は咄嗟にアルラウネへと振り返る。
彼女は眉間に深いシワを刻み、嫌悪感を露わにしていた。
「……よく喋る肉塊ね、その名前はアンタが易々と口にしていいものじゃないの」
「むーっ!? むうううっ!?」
「お、おいアルラウネ……」
「いい、言わなくても分かってるわ、私の役目はこの低俗な人間を土に還すことでしょ? 汚い花が咲きそうだからあまり気は進まないけれど、あなたの頼みなら……」
「だから違う! そいつは殺すな! 倒してほしいのはあっちのナイトウォーカーだ!」
「ちっ……残念」
彼女がぱちぃんと指を鳴らし、これを合図にリーガットの身体を拘束していた植物のツタが、まるで生き物のように土中へ引っ込む。
リーガットはへなへなと崩れ落ちた。
……よく見ると、股のシミが大きくなっている。
「で? あの無粋なトカゲを倒せばいいのね?」
アルラウネは何事もなかったかのように、ナイトウォーカーを指した。
見ると、ヤツを拘束するツタがぶちぶちと音を立てて、千切れ始めていた。
あと数秒ほどしたら、ヤツは晴れて自由の身だ。
「そうだ、一人でいけるか?」
「はん、誰にものを言ってるの? 私は大迷宮しじまの洞窟の中ボス、千花のアルラウネよ」
「……じゃあ、あとは任せた」
「任されたわ」
そう言ってアルラウネは天高く手をかざした。
これに伴い、彼女を中心として足元に花畑が展開される。
多種多様な花々は、アルラウネの魔法によって花びらを舞い散らし、そして光を放つ。
「短縮、花詠唱――プラスマジック、ダブルスペル、コンセントレイト、アクセル、プロテクション、エンチャントポイズン、ドレインライフ……」
「……なんと」
この光景には、さすがの俺も度肝を抜かれた。
彼女、魔法名を並べ立てているだけで――詠唱していない。
にも拘わらず魔法は発動し、彼女の身体に数えきれないほどのバフが付与されていく。
恐らくはあの花びらが魔法の触媒となっているのだろうが、なんにせよそれはまったく新しい魔法体系――
直後、凄まじい音が立って、ナイトウォーカーを拘束するツタが弾け飛んだ。
ヤツは強化魔法の光を帯びたアルラウネめがけて、一直線に突っ込んでくる。
リーガットとその取り巻きどもが悲鳴をあげた。
遠巻きに見ていた大人たちも同様だ。
しかし、アルラウネは不敵に笑って
「――ブルーム」
ただ一度、そう唱えた。
――瞬間、ナイトウォーカーの動きが止まり、彼の外殻が爆発的に膨れ上がる。
そして
「ギッ」
パァン! と何かの破裂するような音がして、ナイトウォーカーの体表を食い破り、無数の花が咲き誇った。
ヤツの漆黒の外殻は、どこを切り取っても一面の花畑。
アルラウネは一仕事終えたように、ふうと一つ息を吐く。
「アンタがいなくなってから私それなりに頑張ったのよ、それこそ一人で勇者パーティを倒せるぐらいに」
「……頑張りすぎだろ、アルラウネ」
アルラウネが柔らかに微笑む。
それはまさしく夜空に咲いた一凛の花のようで……
かくして全身花畑へと変貌したナイトウォーカーは、ぐらりと傾き、そして夜に沈んだ。





