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第13話「召喚」


 ――ナイトウォーカー。

 古来より旅人たちから恐れられる渡り竜。

 ドラゴンにしては珍しく夜行性で、光に寄せられる性質を持つ。


 知能は低く、ドラゴンとしては最下級の部類だが――腐ってもドラゴンだ。

 野営中、運悪く彼の襲撃に逢い、壊滅してしまった駆け出し冒険者パーティの話を聞いたことがある。

 ……まあ要するに。

 こんな片田舎の農民たちでは逆立ちしたって勝てるような相手ではないのだ――


「う、ぐああっ!?」


 村一番の鍛冶職人、ダーナおじさんが宙を舞う。

 彼の自慢の筋肉はここに至って、全く意味をなさなかった。


「だ、ダーナ! よくも……うおあっ!?」


「きゃああっ!?」


 新婚のマルカ・クリス夫妻が、竜の前足で弾き飛ばされる。


「こ、このトカゲ……! ファイアボール!!」


 元魔法使いのミゼル婆さんが火球を放ち、ナイトウォーカーを狙撃する。

 しかし計三つのファイアーボールは、ヤツの夜を切り取ったような漆黒の外殻に阻まれ、ダメージが与えられない。

 ナイトウォーカーが、ゲッゲッゲ、と薄気味悪い声で笑った。


 ヤツはやろうと思えばいつだって皆殺しにできる。

 でも、そうはしない。

 なんと悪趣味な、まるでネコが瀕死のネズミをいたぶるように――楽しんでいるのだ、この状況を。


「……っ! ナルゴア! ティモラちゃんを連れて早く逃げなさい!」


「ここは俺たちに任せろ!」


 母親が両手をかざし、父が護身用の短刀を構えて駆け出した。

 確か昔、両親は村一番の冒険者だったと聞いた。

 しかしこれはさすがに相手が悪すぎるぞ……


「な、ナルゴア君! どうしよう!? ナルゴア君のお父さんとお母さんが……!」


 ティモラが今にも泣きそうな顔で俺の肩を揺さぶってくる。

 視線の先では今まさにナイトウォーカーに斬りかかるも、容易く尻尾で薙ぎ払われる父の姿が。

 無数の悲鳴に混じって、母の悲鳴が聞こえる。


「く、くそ……刃が通らねえ!!」


「顔だ! 顔を狙え! 一瞬でもいいから怯ませるんだ! せめて子どもたちが逃げる時間を……!」


「無茶言うな! こんな暗がりじゃとても顔なんて狙えね……ぐああっ!?」


「きゃあああっ!?」


 まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。

 今はまだ怪我人が出る程度で済んでいるが、それもヤツがあの悪趣味な遊びに飽きるまでだ。

 早急に対処しなくてはならない。

 しかし、かといって召喚した“手”でヤツを殴り飛ばせば、俺が転生者であることがバレてしまうし……どうすれば……!


 ――その時、ふいに後ろからちょいちょいと服の袖を引っ張られた。

 何かと思って振り返ってみれば、俺の影から“手”が控えめに生えていた。

 “手”は、人差し指と親指でつまんだソレを、こちらに差し出してくる。


「これは……」


 それは、小さな鈴である。

 “手”は俺がそれを受け取ると、最後に親指を立てて、ずぶずぶと影に沈んでいった。

 俺は手の内の鈴を眺めて――ようやく“手”の意図に気が付く。


「――なるほど、そういうことか!」


「ど、どうしたのナルゴア君!?」


 俺はすかさず地べたに這いつくばり、近くにあった石をペンの代わりに、地面へ魔方陣を刻んでいく。


「魔方陣……!? さっきの手を召喚するの!?」


「いや、そうじゃない! はは! なるほど俺の手もなかなか粋なことを考える!」


 俺は一心不乱に魔方陣を描き込んでいく。

 自然と頬が緩んでいるのに気付く。

 こんな状況で笑顔とは、と自らを戒めるが、こればかりはどうしようもない!

 何故なら、もうすぐ俺は会えるのだ――


 しかし、そんな至福の時間に水を差す者が一人。


「――な、ナルゴア! 全部お前のせいだ!」


 背後から聞こえてくるうわずった声に、俺は「はぁぁぁぁ……」と深い溜息を吐いた。

 露骨にげんなりした顔で振り返ってみればそこには、案の定、リーガットとその取り巻きの姿が。


「お、おおお前がまどわしの森なんかに入るから、こんなことになったんだ! お前のせいで、みんな、みんな食われちまう!! 全部お前のせいだ!」


 ……責任をなすりつけるためにそう言っているだけか。

 それともショックのあまり記憶の改ざんが起こり、本心からそう言っているのか。

 後者だとすればぞっとするので、ここは前者ということにしておこう……


「……今、魔方陣を描いているから後にしてくれないか」


「魔方陣! はっ、魔方陣だって!? お前まさかモンスターを召喚して、あのバケモノを倒そうってのかよ!」


「……そうだが」


「馬鹿言ってんじゃねえ! オマエはスライムしか喚べないヘボ召喚術師(サモナー)じゃねえか!」


 まぁ、それが泣き虫のナルゴアに対しての評価だとすれば、何も間違っちゃいない。


「スライムなんか喚ぶ暇があったら、オマエ! あのバケモノの餌になれ! そしたらあのバケモノも満足して帰るかもしれない!」


 ……馬鹿もここまでくると泣けるな。


「全部お前のせいなんだから当然だ! さあ行け!」


「ちょ、ちょっとリーガット君何言ってるの!?」


「うるせえ馬鹿!」


「きゃっ!?」


 抗議の声をあげたティモラがリーガットに突き飛ばされ、尻もちをついた。

 ぷちん、と俺の中で何かのキレる音がする。


「……おい、ボンボン」


 俺は魔方陣の構築を中断して、リーガットに詰め寄る。

 リーガットが「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。


「な、なんだよ! 文句あんのかよ! いいからさっさと餌になってこいよ! 泣き虫が! ほら! 行けよ! 早っ……ぶっ!?」


 これ以上は聞くに堪えない。

 俺はヤツの口を無理やり押さえつける。


「その作戦なら俺よりもふさわしい人間がいる、お前だリーガット、……村長の孫だと毎日威張り散らしていたな、今がその役目を果たす時だ、愛すべき村民のために死ね」


「ぶふっ……な、なんだオマエ……! 泣き虫のくせに! いいから行けって言ってんだろぉ!」


 リーガットの手が、光を帯びる。

 とうとう実力行使に出ようとなんらかの身体強化魔法を発動したようだ。

 まったく度し難い、まさかここまで愚劣とは……


 ――次の瞬間、案の定この光に反応したナイトウォーカーがこちらを見た。


「な、なんだ!? 突然竜が……!」


「まずい! そっちには子どもたちがいるんだぞ……!」


「止めろ! 早く止め……ぐああっ!?」


 ヤツはまとわりつく大人たちを振り払い、四本の足をざかざかと動かしながら、凄まじいスピードでこちらへやってくる。


「う、うわあああああああ!?!?」


 リーガットが絶叫し、その場に尻もちをつく。

 ……あろうことか、失禁していた。


「な、ナルゴア君っ!!」


 ティモラが俺の名を叫び、俺は……一つ溜息を吐いた。

 まったく、危うくこんなボンボンのせいで死ぬところだ。


 だが、間に合った。

 あとはこれを触媒にして、完成だ。


 俺は絶叫の中で、手の内に握り込んだ鈴を魔方陣の中心へと投げ放った。


 そして――


「――召喚(サモン)


 俺の言葉に呼応して、魔方陣が目も眩まんばかりの光を放つ。

 ナイトウォーカーが目と鼻の先まで迫っている。

 誰もがこれから起きる惨劇を予想して、目を覆った。


 ……静寂が、場を支配する。

 一秒、二秒……静寂は解けない。


「え……?」


 一番初めに、ティモラが目を開く。

 続いて村人たちが、そして最後にビビりのリーガットが……


 そして彼らは見た。

 ――丸太ほどの太さもある巨大な植物の“ツタ”でがんじがらめにされ、その場に繋ぎ留められたナイトウォーカーの姿を。


「……屈辱だわ、なにを触媒に使ったのか知らないけど、あの人を殺した憎き人間なんかに、この私が喚ばれるなんて」


 そしてナイトウォーカーの前には一人の女性が立っていた。

 頭には満開の花、身体には植物のツタが巻き付いた長身痩躯の美女。

 彼女はどこか苛立たしげに、金の髪を指先でくるくるといじっている。


 そして心底面倒くさそうに、こちらへ振り返った。


「ま、契約だから仕方ないわね……で? 大迷宮しじまの洞窟の主、千花のアルラウネを呼んだのはどこの命知らずかしら――」


「お前、その二つ名俺のパクリじゃねえか」


「え?」


 彼女が俺の姿を認めて、目を丸くする。

 まるで幽霊でも見るような、そんな表情で……いや、これは比喩になってないな。

 まぁ、ともかく……


「――久しぶりだなアルラウネ、髪切ったか?」


「ナル……ゴア……?」


 随分と久しぶりに会う彼女は、まるで噛み締めるように俺の名を口にした。


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